授業開始
彼はシドスというらしい。
さっきいっていた通り、ディーダ族の伝統的な魔法を人間の間に広めるために族長の命令でテシス王国に来たとのこと。
色々知りたいことがあるので、いくつか質問させてもらうことにした。
「どうしてこんな辺鄙な場所に?町で探した方がよかったのでは?」
「町は物価が高い。それに、少し落ち着かない。」
静かなところが好きらしい。
確かに、この辺にはほとんど家が見えない。この山も土が痩せているらしく、立っている木は元気がない。
土地代は安くすみそうだ。
「どうしてシドスさんが代表に選ばれたのですか?」
「俺だけではない。同じく魔法を広めている仲間は各地にいる。」
どうやら大きな計画だったようだ。
「師匠と呼んでいいですか?」
「まだ教えていない。長続きしたら許可しよう。」
シドスさんを師匠と呼べるよう頑張ろう。
「もう大丈夫です。」
「わかった。早速、明日から始めよう。父君も、それでいいな。」
「大丈夫です。僕はタンプです。」
「では、もう帰るといい。家まで送る。」
「え?遠いですよ。」
「長箒がある。乗っていくといい。」
シドスさんの箒は速かった。一時間で帰ることができた。
そしてなんと、馬まで乗った。いや、正確には吊るしただが。
シドスさんはセンスがかなり良いようだ。
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翌日。
なんとシドスさんが箒で迎えに来てくれた。
それを毎日やるのはきつくないか、と思ったが、なんと、森に新しく家を建てたらしい。
森と言えば、北にある、魔獣がでると教えられた森だ。やっぱり木が近くにあったほうがいいらしい。
さて、そんなシドスさんの最初の授業は、なんと地理だった。
シドスさんはどこか見慣れた地図を指差して、説明を始めた。
「ここがお前のいるテシス王国。ティデット大陸にある。ここは俺の故郷がある場所。サンス大陸だ。」
前世の記憶で地図はある程度覚えているが、やっぱり所々の読み方や単語が違う。
地形も違う。島が多いし、河川も多くなっている。
「ディビット大陸、リドリ大陸に住む種族は人間が多い。ゆえに、最も発達している。だから、人間の国家へ出稼ぎに行く他種族もいる。尤も、最初から人間の国家にいる他種族もいる。
テシス王国は最も発達した国の一つだな。軍事力はあまり高くないが、作物がよく育つ。
また、テシスの東、ランズ帝国は、世界最高魔法国家と呼ばれている。」
その日は丸一日地理の勉強だった。シドスさん曰く、語学は、色々なことと結びつけながらやると効果が出やすいし、やる気も出やすいとのこと。 それが本当なのかは知らないが、母国語の謎が分かった。
なんでも、レン語が人間語として人間の国家での共通言語となって、そのときに若干レン語から少し字体や発音を変えたらしい。
シドスさんは何でも知っている。知らないことはあるのかと聞いたら、サンス大陸のことはあまり知らないらしい。なぜ故郷の方を知らないのかと聞いたら、言いにくそうな顔をされた。何かあるのだろう。
俺が魔法を習いたいと言ったら、明日からだと言われた。楽しみ過ぎて眠れない。
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「まずは座学からだ。魔法は威力で初級、中級、上級、将級、仙級、王級、神級にランク分けされている。初級が一番簡単で、神級が一番難しい。俺が使えるのは将級までだ。」
「神級って、どれだけ難しいんですか?」
「一世代に一人いるかいないかぐらいだ。続けるぞ。そして、魔法には種類がある。属性魔法、重力魔法、攻撃魔法、防御魔法、治癒魔法、固有魔法の六つだ。」
そのまま聞いていたが、基本は魔術と変わらない。やはりシーナ教関連で違うのだろうか。
「あの、シドスさん。」
「なんだ。」
「魔術っていうのを聞いたことがあるのですが、それとの違いはなんですが?」
「‥‥‥違いはシーナ教ならば魔術、そうでないならば魔法というようだ。先にできたのが魔術で、後にできたのが魔法だ。」
やはりシーナ教関連か。
魔術と魔法では、詠唱のやり方が違う。魔術は主、シーナに力を求めるような感じだ。定型はあったが、そんな感じなら、大丈夫だったはず。
「だが、実際やり方も違うらしい。」
「どう違うのですか?」
「その辺りはあまり知らない。すまん。」
シドスさんに知らないものがあった。じゃなくて、他にもあるのか。その謎の解明も目標だな。
「続きだ。この六つは‥‥‥。」
シドスさんはそのあとも色々教えてくれた。知ってること、知らないこと。
知っていたのは魔法の比率について、各級の難易度、名前。
魔法は初級が一番多く、中級から上級までは三つずつある。将級からは一つしかない。治癒魔法と固有魔法は例外で、固有魔法は説明するまでもなく、治癒魔法はレベルの違いで区別がされているだけで、すべて一緒の魔法である。詠唱は変わるが。
名前。ちょっと変わったものもあるが、基本的には一緒だ。
そして知らなかったこと。魔法には流派があり、有名どころは魔法学校で教えているのだとか。タンプさんがやっていた詠唱を伝えると、それはゴードン式で、一番一般的だと教えられた。ただ、詠唱が違うだけで本質は同じものが多いとか。
「シドスさんが教えてくれるのもそうなのですか?」
「それもあるが、固有魔法もあるぞ。少しずつ教えよう。というわけで実践だ。」
最初は、ディーダ族式の詠唱で初級魔法を使う実践。シギンさんの動きの隅から隅まで見て真似をする。
「いくぞ。魔力よ。私は炎の顕現を望む。望みに応えてみよ。ファイヤーリング。」
シドスさんの前に、赤く燃える炎が出現する。炎の形は変化し、やがて輪の形となった。その炎の輪は俺が最初に使ったファイヤーリングより、はるかに大きかった。
本来、ファイヤーリングは最小限のサイズで出してから大きさを調整するものだ。この詠唱では、それを省略できるのか。
「ディーダ族の魔法は一番一般的なゴードン式よりも威力を重要視する。だからお前が知っているものより大きくなる。やってみろ。」
そう言われて、慌てて前に出る。
詠唱は覚えている。発音もそれなりに。
目指すはシドスさんと同じ大きさ。先程の光景を目に浮かばせる。
「いくぞ。魔力よ。私は炎の顕現を望む。望みに応えてみよ。ファイヤーリング。」
輪の炎ができた。その大きさは、シドスさんが作ったものと同じくらいだ。
やっぱり成功すると嬉しい。口角が上がっていくのが分かる。
そんな笑みを浮かべながらシドスさんを見た。
彼は目を見開いていた。
「まさか一発で成功とは。」
「ふふん、どんなもんだいです。」
「すごいな、おまえは。」
シドスさんは笑みを浮かべて、俺の頭を撫でた。その感触は、タンプさんやカーネさんと同じだった。
「でも、いくぞは詠唱じゃないぞ。」
「‥‥‥はい。」
それはわかっていたが、一応だ。
「よし、次は水属性だ。」
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その日は属性魔法の練習だけだった。俺は全属性シドスさんの言われた通りにできた。これなら、師匠と呼べるまでそうそう時間はかからないな。
「明日は攻撃魔法だ。」
シドスさんは調子にのっていた俺の考えを打ち砕くことを発した。
「魔力が残っているなら、今日の復習、攻撃魔法の予習をして‥‥‥?どうした?不安そうな顔をして。」
「あ‥‥‥いえ。なんでもないです。」
誤魔化してしまった。