無詠唱
家に帰るやいなやタンプさんが、
『シギンが魔法使った!』
と大きな声でカーネに伝えた。おかげで鼓膜が破れるかと思った。カーネさんは
『本当に!』
と大喜びだった。包丁握りしめたまま抱きしめられかけたので、必死に抵抗した。包丁を握っていることを忘れていたらしい。
「二歳で魔法を使った!シギンは天才なんじゃないのか?」
「どうだろ。どこまで伸びるかな~もしかしたら、魔法学校に行けるまでになるかもね~。」
「おお、もしかするとあるかも知れない。頑張れシギン!」
「がっこう!?」
学校。俺の前世で遠すぎる存在だった。憧れていた。しかし、現世でも俺は平民だ。行ける金はあるのだろうか。
うん?待って。
「がっこう!?魔法の!?」
「おお、そうだぞ。」
魔法学校。魔法の学校。前世で魔法学校なんて無かった。何それ。めっちゃ気になる。
「せんもんで魔法、ならうの?」
「そうだよ。一番近いところだと、クラン校かな。」
しかも結構あるようだ。素敵な時代になったものだ。
ハア……。夢が膨らむ。
よし、最初の疑問に戻ろう。
「おかねはあうの?」
「そんなにかからないけど‥‥‥かなり試験が難しいって聞くよ。教える人もいないし。」
「じゃあどくがくでがんばる。」
「「え」」
俺は独学で憧れの魔法学校を目指すことにした。
翌日。早速魔法の特訓を始めた。いや、魔術のほうがあっているか。
まずは属性魔術の各属性を使えるか試してみよう。各属性の入門魔術を使ってみよう。
まずは風の属性魔法だ。カムウィンド。前に風を出現させて、消滅するまで対象に向かって進む魔術。入門魔術だからすぐに消える。今回相手はいないから、自分を対象にするか。
「カムウィンド。」
詠唱ほとんど無しでやってしまった。
しかし、すぐに前からそよ風が吹いた。多分成功だ。
一応もう一回。
「カムウィンド。」
またすぐにそよ風が吹いた。よし、風属性は使える。
次は水属性。フロウウオーター。空中にボール状の流水を出現させる魔術。魔力をこめ続けないとすぐに落ちる。
「……フロウウオーター。」
今度はあえてほとんど無詠唱でやった。
俺の前に水がじゃんじゃん出てきた。水属性も使える。
次は光属性。ライト。言葉通り光源が出現する。フロウウオーターと同じように魔力をこめ続けないとすぐに小さくなって消える。
「‥‥‥。」
完全な無詠唱でやってしまった。
これは自身があった。
光が俺の前で渦巻いている。光属性も使える。
俺は属性魔術全属性使えるらしい。
次は一つの魔術を使い続けてみよう。分かりやすいのはフロウウオーターか。
無詠唱で出てきた。さあ、いつまで宙に浮かべられるかな。
……なんかさっきからフラフラする。まあいいか。
あれ、体のバランスがとれな、い。
後ろ向きに倒れてしまった。痛い。
ていうかなんかふわふわする。頭があまり働かない。ていうか前にもあったような。なんだっけこれ。
「キャー!お父さーん、シギンがー!」
カーネさんの悲鳴を最後に、俺の意識は途絶えた。
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曇天の下に人々が寝かされている。その人たちは、怪我をしているようだった。そのそばに青年が立っいてて、彼は左手に、大きな杖を持っている。
なるほど、これは夢だな。
『力なきものに大いなる慈悲を。立ち塞がる理不尽に、もう一度立ち向かえるように。』
彼は杖を振り回し、何かを唱え始めた。
『世を諦めた、失いし者たちよ。我の力で、再びこの世に希望を持て。再度の祝福。』
その瞬間、倒れていた者たちの傷が一気に治った。
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「ええ!」
「あ、シギン起きた!」
「大丈夫、シギン?」
カーネさんとタンプさんが心配そうに俺を見ている。
「あれ、いえ?」
「シギン倒れたんだよ。」
「診療所にも行ったんだけど、魔力切れで倒れただけだから、大丈夫だって。」
「と言われても、魔法使えない俺らはどういうことなのかよく分からなくて。とりあえず家のベッドに寝かせたんだよ。」
魔力切れ。忘れてた。前世のノリで魔術を使っていた。
「ごめんなさい。」
「謝ることじゃないさ。魔法学校に行きたくて、無理しちゃったんだろ?」
「うん。」
「やる気があることはいいことだ。でも、やりすぎはよくないよ。」
「はい。」
初めてタンプさんに父親らしいことを言われた。そして正論なので何も返せない。
「今日はもう寝よう。な?」
窓の外を見る。もう日は落ちている。さっきまで寝てたのに、また寝るのか。
でも、俺ももう眠い。タンプさんに頷いたら、カーネさんがロウソクの火を消した。
「おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
「おやすみ~。」
二人もそれぞれのベットに潜り込む。寒いは合わせて三人で震えあって、二人がアレをする日は俺だけ居間に寝かされる。まあ二人の声が大きいから、全然寂しくないけど。
二人はいい人だな。生活リズムを俺に合わせてくれる。
と思っていたら、寝息が二つ聞こえた。二人が寝たかっただけだった。
あの夢で青年が使ったのは治癒魔法だろうか。
明日は治癒魔術を使ってみよう。
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さて、治癒魔術、使ってみるか。
しかし、傷や病気がなければどうしようもない。
どうするか。
「あ。」
見つけてしまった。台所で料理をしているカーネさんに握りしめられた、ナイフを。
よし、アレを使おう。
朝食後、二人も仕事に行った。さて、やるとしよう。
棚に近づき、開ける。そこには日の光を受けて銀色に光るナイフがあった。ナイフを俺の小指に立てる。よし、やるぞ……。
しかし、ナイフを押し当てても切れない。勢いが足りなかったか?よし、今度は高く振り上げてやってみよう。
ザクッ
切れた。しかし、だいぶ深い。どう見ても表面だけじゃない。このままだとヤバい。早く治癒魔術をかけないと。
あれ、なんて言うんだっけ。えーと、えーと……。
あ、思い出した!
「わわわがぬしよよよここここのおおかなもののいずをどどうかなおおひていたただけうか。」
ヤバい。最後の名前が出てこない。そもそもそこまでもめっちゃかみまくり動揺しまくりだったし。
もう一度、もっとよくイメージして……。
そう、このあふれ出る血が止まり、なにもかもが元通りに。手に力を入れて、魔力をそこに全力でながして、よし、もう一度。
「……え?」
俺が目をつぶっている間に、いつの間にか血は止まって、切れた皮膚も元通りになっていた。
あの詠唱でどうにかできたとは思えない。だとすると、俺は治癒魔術も無詠唱で使えるのか。
嬉しさがこみ上げてきた。前世で治癒魔術は無詠唱では使えなかった。確定したわけではない。
でも、ほぼ確定だろう。
「……しっ!」
声を殺してガッツポーズをする。でもそれだけでは足りず、飛び回る。
ザクッ
しまった。ナイフを持ったまま舞い上がっていた。手の甲から血が出ている。
でも、さっきよりも浅い。よし、もう一度。さっきと同じように……。
できた。ちゃんと治った。治癒魔術が無詠唱で使える。確定になった。それにまた舞い上がった。今度はちゃんとナイフを置いて。すると
「シギン、家を駆け回らないでよ。って、あれ?ナイフ?」
カーネさんにばれた。よし、ありのままを話そう。