はじめての魔法
転生を自覚してからしばらく経った。
体の外のことも分かってきた。
まず、俺の母親と父親。母親はカーネ、父親はタンプという名前だ。二人はごくごく普通の農民だ。恋愛結婚らしい。
次に地域。テシス王国のフィガーという場所に二人は住んでいる。公用語は俺の前世と同じ、レン語だ。
フィガーは内陸の土地で、肥沃ではないが生活に困らないほどには農業ができる土地のようだ。
テシス王国は無宗教の国で、自由に宗教活動ができる。二人も無宗教だ。
前世と比べてみると違うところがいくつかある。
まず言語、レン語と仮定しているが、ときどき単語が違う気がする。前世で俺が使える言語は3つあり、固定の人名がなく、完全にオリジナルでつけられる言語はレン語だけだったので、レン語であってると思うが。
次に宗教。俺の記憶だと無宗教国家は無かった。全部の国がシーナ教だった。俺も信仰心なんて全くなかったが、それでもシーナ教徒だった。テシス王国という国家もなかったが、これは後からできたのだろう。国家が一瞬でできて一瞬で消えることはよくあった。
でも、さっきの二つは違う。昔の文献を見てもレン語に変ほとんどないし、シーナ教を信仰心してない奴なんて、前世で聞いたこともない。
なんにせよ、生きやすい環境に転生したようだ。
…ところで。転生してから一度も魔術という言葉を耳にしていない。魔術はどうなっているのだろうか。
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「タン……じゃない、お父さーん。破水したー。」
「マジで……って、何でそんな吞気なの!」
二人が二人らしい会話をしている。俺はもうすぐ生まれるらしい。
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「ほれほれ~パパでちゅよ~。」
知ってる。
タンプさんは俺が生まれてからこれしか言わない。これしか俺に向かって言ってこない。
俺は無事に生まれた。名前は言った通りシギンになった。タンプさんとカーネさんと対面したが、どちらも人属だった。
タンプは黒髪緑目褐色肌の見た目だ。見た目十代後半で、俺の美醜の価値観で言えば美人だ。大分大柄である。ややヘタレで、ロマンチストな一面がある。
カーネさんは茶髪青目色白の見た目だ。タンプさんより大人に見える。これまた美人だ。ふわっとした性格だが、ややドライだ。
体が小さくて、思うように動かせない。自由に動くにはまだまだ時間がかかりそうだ。
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足腰がしっかりしてきた。もうすぐハイハイができそうだ。
そういえば姉さんはもう立って歩けるようになったのに、俺のハイハイを真似していたらしい。俺は赤ん坊のハイハイを見たことがない。鏡があれば見れるんだけど。
家の中を歩き回りたい衝動に駆られていたら、カーネさんが来た。
「シギンの目元はお父さんに似てるね~。」
「お肉食べたいな~」
俺の前で独り言をつぶやくのは、彼女の習慣だ。
「シギンは魔法使えるのかな~。私とお父さんは使えないからな~。こう、ボオッ!と炎とかだせるのかな~。」
聞き捨てならないことつぶやいた。
魔法。魔術ではなく、魔法。
言い方が違うが、恐らく同じものを指すだろう。
出来れば俺も使いたい。魔法は俺の前世でかなり役に立ったし。ただ、二人が使えないのならば使えない可能性のほうが高いな。
魔術。もとい魔法。
体内にある魔力という力を使って起こす行動の総称だ。大きく分けて六つある。
まず属性魔術。水、火、風、光の四つの属性の物質を出現させる魔術。二つ以上の属性の魔術を組み合わせて使う応用魔術は、属性魔術を使える魔術師は、ほとんどが使える。
次に念力魔術。物体に魔力をかけて動かす魔術。念力という力に似ているからこういう名前になったらしい。
次に攻撃魔術。弾丸を生成し、相手を攻撃する魔術。弾丸は多く生成し、弾幕をつくることが多い
次に防御魔術。言葉の通り防御する魔術。攻撃魔術が増えれば自然と増える。
次に治癒魔術。傷や病気を一瞬で治す魔術。五つの分類の中で最も不明な魔術だ。俺はその傷や病気を治す物質を生成しているのではないかと思っている。
最後に固有魔術。自分で一から練り上げ、生成する魔術。しかし、有名すぎて周りが真似して全然固有魔術になっていない魔術もある。
その中でもテレポートは特に有名だろう。天才魔術師ルオが自分がいる場所から行ったことのある場所へ一瞬で移動するという魔術を作り上げたが、すごすぎて皆に知られてしまい、ついにマネできるやつが現れた。今じゃ、凄腕魔術師ならば使える魔術になってしまった。
以上が俺が知っている魔術だ。魔法、今はどうなっているかは分からない。足腰がもっと丈夫になってきたら調べてみるか。
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「カーネ!シギンがハイハイしてる!ほーら、こっちおいでー。」
「おお、ちゃんと来た。もしかして、もう聞こえてる?」
「マジか!すごいなシギン!」
「冗談だよ。聞こえてるわけないじゃん。」
「おえあいおええうんあおあー。」
「カーネ!シギンがしゃべった!」
「分かってるよ。びっくりだよね~。今まで全然しゃべらなかったのに。」
それが聞こえてるんだよな~。と言ったつもりだったが、母音しか出なかった。当たり前か。
魔術は最初は詠唱が必要だ。俺は慣れるにつれて必要としなくなったが、それでも大きな魔術を使うときは詠唱していた。
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やっと歩けるようになった。タンプさんは大喜びで、カーネさんはいつもより少し嬉しそうに拍手していた。まだ完全にはしゃべれない。ただ、家や家の周りが良く分かってきた。家は一戸建てで、農民の家という感じだ。やや広い感じもする。結構新築なのか、雨漏りがほとんどない。
外はほとんど畑だ。でも、北側には少し歩いたところに森がある。遠くには山が見えるが、東には見えない。
「おとにててみたいな。」
「シギン、お外に出たいの?。」
こくりと頷く。
「お父さーん、シギンを外に連れていってくれない?」
「ああ、いいよ。シギン、自分で歩きたいか?」
「歩く。」
「よし。でも、北側には行けないからな。」
「どうちて?」
「森があるからな。そこまで強くないが、魔獣も出る。今日は南側へ行こう。」
魔獣は魔力を動力源とする獣だ。その為、姿が多種多様。あっちから害すことがなければ、あまり危害を加えないほうがいい。同じ種族でも、個体差がかなり大きいし。
「とおたん。」
わざとらしく聞いてしまった。
「なんだ。」
「魔法って何?」
「魔法はな、魔力という力をつかって、すごいことをすることをだ。」
「すごいことって?」
「水を作ったり、火を出したりするんだよ。」
「やってみたい。」
「教えたいのはやまやまなんだが、父さんも母さんも魔法が使えなくてな。家に本もないし…あ。一回自分でもできるかもって詠唱したことがある。それだけは教えられるぞ。」
「おちえて。」
「いいぞ。コホン。
大いなる炎の女神よ。すべてを焼き尽くす力のほんのひとかけらを、我が右手にあたえたまえ。ファイヤーリング。」
ファイヤーリング。初歩中の初歩の魔法だ。ただ、詠唱が違う。
なんて思っていると、右手に何も出ていないタンプさんが話しかけてきた。
「この通り、父さんは何も出せないが、お前は何かできるかもしれない。やってみろ。」
「うん。」
俺が知っているファイヤーリングの詠唱に、炎の女神とやらは出てこない。一神教であるシーナ教への侮辱になる。魔術との違いはここかもしれない。
タンプがすごくワクワクした顔でこっちを見てくる。とりあえずやってみるか。
「おおいなるほのおのめがみよ。すべてをやきつくすちからのほんのひとかけらを、わがみぎてにあたえたまえ。ファイヤーリング。」
タンプさんが言ったことを一語一句変えずに言う。ファイヤーリング以外やや拙くなってしまった気がしなくもないが、まあ大丈夫だろう。と、思っていたら、
ボウッ
俺の右手に炎が出現した。炎は音を立てて燃え、やがて炎は輪の形となった。
「「おお!」」
タンプさんとハモッた。俺は魔法が使えるらしい。シンプルに嬉しい。
タンプさんも嬉しそうだ。
「やったな!やったなシギン!」
「うん!」
しばらくタンプさんと抱き合って喜びをかみしめた。