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7話 準決勝その四

「あっ、アアアアアア!!!」

ヴァルトの足元で倒れ込むマイが光に包まれたかと思うと絶叫する。


「ちょっとあんた!勝負はもう着いたじゃない!」

アリシアがアンズに突っかかる。

「いいえ、まだよ。あの少年の全力を見るにはこんなものじゃ終われないのよぉぉお!アハハッアハハハハ!!!」

アンズの手からさらに光が噴き出す。

黒髪の妖艶な女はその整った顔を狂ったように破顔し、垂れ下がった艶のある黒髪の一房が口に入るのも厭わず声を上げる。


「アンズ様あぁぁぁぁ!痛いの、止めてぇえ!!!」

カリンは大きく叫んだかと思うと、そのまま頭上を見上げて静止する。

「なっ何が…」

うろたえ、後退りするヴァルトの足を足元から伸びてきた手が掴む。

「えっ」

「うぅぅぅ!あぁぁああ!!!」

声の主であるマイが、ヴァルトを叩きつけるように投げる。

ズガァン!

フィールドの端から端、軽く50mは吹き飛ばされたヴァルトが土壁に埋まり静止する。

「かはっ」

あまりの衝撃に意識が飛びかける。


「うぅぅぅ…」

先程までの少女は虚ろな目をして、口からうめき声を上げて再びヴァルトの方を向く。

もはや先程までの知性はなく、口からだらしなく垂れた唾液を拭き取らず垂れ流すさまは人というよりは()と呼ぶほうがふさわしい。


マイがああなっているということはまさか…!

「ゔゔゔぅわ!!!」

顔を上げたヴァルトの頭を、叩きつぶさんと拳を振り上げるカリンがいた。

「クソっ」

ヴァルトは間一髪のところを転がることで回避する。

バガァン!

先程までいた土壁はカリンの一撃で完全に崩れ落ちていた。

近くの席の観客が離れようと逃げ惑う。


体勢を整えたヴァルトの目に、二匹の獣が映る。

ただでさえ、強かった二人が魔力強化(ブースト)によってさらに能力が上がるなんて…。

視界に映るマイが消えたかと思うと一瞬で目の前に移動する。

「なっ」

「うぅぅぅ!!!」

マイが拳を振りかぶる。

拳による打撃を頭を下げ回避する。

しかしマイは伸びた拳を垂直に下げ、ヴァルトの背中から服をつかむ。

まるで玩具のように少女に持ち上げれたヴァルトの腹に凄まじい衝撃がかかる。

「ぐっ!」

空中に打ち上げられたヴァルトが蹴り上げられたと認識するのに、さほど時間はかからなかった。

空中で体を回転させて、地面に目を向ける。

地上では少女の面をかぶった獣がヴァルトの落下を今か今かと待ち受けている。

大閃光(ハイウィスプ)!!!」

地面に落下しながら、ヴァルトは目くらましを使う。

二人の少女はあまりの光に、顔を背ける。

地面に着いたヴァルトは少女達から離れようと、少女の背後を通ろうとした。

「ゔゔゔぅ!!」

目を閉じたまま体を反転させたカリンにあっさりと捕まってしまう。

「なっ⁉」

一瞬の浮遊感のあとカリンが大きく拳を振りかぶる。

顔を潰される!

咄嗟に剣を体の前で構え衝撃に備える。

「ゔああぁ!」

パキィン!

凄まじい圧力とともに、ヴァルトは地面に数回バウンドして転がった。

「クソッ、剣が…」

顔を上げると剣は粉々に砕けちっていた。

数え切れない鍔迫り合いを超えた剣をやすやすと砕くパワー。

それに目を閉じた状態でもこちらの位置を正確に特定するほどの本能。

だが目も慣れてきた。

確かに敵は早いが見えないほどじゃない、あの大きな振りを正確にいなせば隙は見つかるはずだ!

隣にマイが現れる。

「ううぅぅあ!」

放たれた拳を手で誘導し流す。

しかしその攻撃は肘打ちへと派生する。

バキャン!

必死の思いで回避するが肩当てに攻撃が命中する。

「痛っ!」

肩当てが歪み、骨を圧迫する。

たまらずその場に肩当てを捨てて、距離を取る。

「ゔうぅ!」

カリンが目の前で待ち構えている。

カリンが足を振り上げる。

今だ!

振り上げた足を回避しそのまま足を肩に挟んで、カリンの体を押し倒す。

「ゔぁっ!?」

力は強いと言っても元は少女、軽い体はやすやすと転倒する。

眠れ(ドリムラ)!!!」

そのまま少女の顔面に掌を叩きつける。

頼む、これで終われ!

カリンの体から一瞬力が抜ける。

終わっ…!

カリンは一瞬で状態を翻し、ヴァルトの伸びた左肘を外側から殴りつける。

パキャン!

殴り飛ばされた、ヴァルトは左手に強烈な違和感を覚える。

力が入らない。

見ると、完全に折れて垂れ下がった腕があった。


「少年、眠らせるなどとぬるい手を使ってくれるな」

声の主を見ると敵将のトヨトミ=アンズが立っていた。

「あんたは…!」

「東国の人間は誇り高くてな。戦場に出たら敵を討ち取るか、戦死か、怪我かを負わねば故郷の人間に顔向けできぬのよ」

「そんな馬鹿げたこと!」

「馬鹿げてなどおらぬ。むしろ馬鹿はいつまでも全力を出さない少年、君の方だよ。早く私の従者に殺されるか、それとも彼女たちを殺すか選べ」

「あんた…それでも主人(ロード)かよ!」

「当たり前だろう?従者(リークス)は主人のために使われてこそ誉れ。むしろ主人(ロード)にふさわしくないのは、君に支持を出すでもなく、ただ黙って見ることしかできないこの無能じゃないかい?」

そう言ってアンズは隣にいるアリシアの肩を叩く。

肩を叩かれたアリシアはその大きな瞳を伏せる。

「アリシア…」

「もういいよ。降参しよう?わたし、もうヴァルトの傷つくとこ見たくないの!この人たちは強すぎるよ、わたしたちじゃ勝てないくらい」

アリシアは完全に戦意を喪失していた。

まるで濡れた子犬のように、潤んだ目でヴァルトを見つめる。


そうだね、もう降参しよう。

動かない左手が、打撲まみれの全身がそう囁いてた。

マイもカリンもどちらも化物だ、このまま戦っていても勝てる見込みは少ない。

悪しき人(ディヴェル)にしてはよく頑張ったよ。

悪しき人(ディヴェル)のくせに…。

でもそれでいいのか?

このまま負けて。

アリシアと離れ離れになって、僕はそれでいいのか?

一昨日話した父の声が頭の中に反芻する。


『自信を持て!自身のないやつは、言い訳をして筋を通したがらない。だからこそ自信を持て、強くあれ、負けるな。どんな決断も筋を通せば、そう悪い結果にならない』


自身を持ち、筋を通す。

そうだ…僕は悪しき人(ディヴェル)なんかじゃない。俺は真実の人(ディーラー)だ!

俺は30000冊の書を読み、ありとあらゆる魔法を習得した。敵を倒し、二人と同時に渡り合うこともできた。

そんな俺は大会の日になんて決めた?

アリシアを、僕の愛した主人(ロード)を優勝させるってそう決めたじゃないか!

だったらすることは一つだ。

俺一人でも全員倒す!!!


「アリシアは、俺の主人(ロード)は無能なんかじゃない…」

「ヴァルト…?」

「俺は俺の筋を通して、アリシアを優勝させる!たとえここで死んでも、俺の愛した主人(ロード)を幸せにしてみせる!」

「ふん、ならば彼女たちを殺してみせよ。マイ、カリン!」


「ゔあああああ!!!」

「ううううぅぅ!!!」

ヴァルトの前にマイとカリンが現れ、襲いかかる。

反重量化(アンチグラビティ)!!!」

ヴァルトの体が緑の光に包まれる。

質量の軽くなったヴァルトは高く飛び上がる。


おそらく、マイとカリンは魔力で意識を無理やり覚醒させられている。だから失神に持ち込むのはもう無理だ。相手の体自体を動かせなくする電撃属性の攻撃がいいだろう。

問題はそれをどうやって当てるかだ。

近づいて撃たねば避けられてしまう、しかし近づくにしてもあの速度を超えることはできない。

今俺が一番使える魔法。

重力魔法の応用系。

質量増加の逆である、質量軽量化の反重量化(アンチグラビティ)

考えろ、考えるんだ。

答えはもう本の中には無い。

俺のオリジナルで、戦うしかないんだ!


「貴様ぁ、動くなといったであろう!」

リョウマが叫ぶ。

首元に刃を近づけ、カインを牽制する。

「これ以上、下手な動きを見せたら例え主人の命令に背こうとも斬る!」

「お前…誰に向かって口聞いてんだ」

「は?」

「俺はカイン=アベルベル。アベルベル家の事実上の当主にしていずれこの国を背負って立つ者!俺の貴族は他者の脅しに屈したままでいない!」

カインはリョウマの胸板を蹴り飛ばし、その反動で宙に舞う。

空中で弓を構える。

雷の魔矢(ライトニングアロー)!!!」

リョウマは電撃を纏って放たれた矢を刀で迎え撃つ。

「東国一の侍である拙者が、こんな弓矢なんぞ!はっ!」

刀の強烈な斬撃により、矢は轟音とともに砕けちる。

「貴殿、本当に死んでもらう…!」

刀をカインに向け、リョウマが走り出す。

魔力強化(ブースト)!」

カインが右手を掲げ叫ぶ。

「双狼牙!!!」

リョウマがカインに切りかかる瞬間、リョウマの刀に合わせるよう湾曲した剣が差し込まれる。

「遅いぞ、シャクメ!」

「カイン様、少々敵に手こずっていました」

「なっ、後衛と前衛がまだ一人ずついたはず…」

「もう、彼らは切った」

リョウマが目を向けると、後方に横たわった仲間の姿があった。

「狩人と猟犬か…厄介な!」


「急に剣なんか抜いて、どうしたの?まさか従者(リークス)に、触発されちゃった?」

アンズは再び抜剣しこちらを睨みつけるアリシアに驚く。

「さっきの攻撃で思い知ったでしょ、あなたに私は倒せないわ」

先程のアリシアの一撃、父親の剣借りた全身全霊の攻撃だったが軽く流された記憶。

アンズとしては、アリシアの牙はもう抜いたはずだ。

実力差を知った今、再び立ち向かうなんて馬鹿なことはしない。

はずだった。

「ヴァルトは死なせない…」

「え?」

「私はヴァルトと一緒に生きる、もう決めたの!」

「ふーん、それで?まさかまた戦うのかしら」

アンズがいたずらっぽく笑う。

「戦う。あなたを倒せば、ヴァルトは戦わなくて済むから!」

アリシアが剣を構える。

「悪しき邪竜を倒し、永きに渡る平和をもたらした奇跡の剣よ!我が手に顕現せよ!竜殺しの超剣(バルムンク)

鎧から発された光が、剣を包む。

剣は刀身に緑に光る文字が刻まれ、白金の如き輝きを湛たたえる。

「またそれね、さっき見たわよ」

「父さん…私に力を貸して!」

剣に魔力の光が収束する。

「当たれ!父さん(英雄)の力ああああ!!!」

地を裂く光の斬撃がほとばしりアンズのもとへ奔る。

「だから、効かないって言ってるのよ!」

アンズは鉄扇で斬撃を打ち消す。

「ほおら、あなたは黙って「まだまだ父さん(英雄)の力は終わらない!!!」

再び巨大な斬撃がアンズを襲う。

「くっ、馬鹿な女め!」

鉄扇で再び迎え撃つ。

「まだ行ける、父さん(英雄)の刃!!!」

打ち消しても打ち消しても、斬撃は止まらない。

凄まじい暴風が観客席にまで届く。

「諦めの悪い!そんな必死になっている主人(ロード)では国を治める資格はないぞ!」

「うるさい!私はもうヴァルトと生きてくって決めたの!

そんな誇りも風情も名誉も家柄もいらないわよっ!」

幾度となく放たれた斬撃をアンズは鉄扇で受け止める。

ギャイン!!

遂に鉄扇が大きな音を立てて歪む。

「なっ、私の扇が!貴様ァァ!!!」

アンズが先程までの余裕の顔を崩し、憤怒の表情をアリシアに向ける。

「あら、やっと人間らしい表情になったじゃない。その顔、観客が見てるわよ」

「なっ」

アンズは慌ててコロシアムの巨大魔水晶に目を向ける。

たしかにそこには大きくアンズが映っていた。


マイとカリンの二人の猛攻を避けつつ、ヴァルトは脳をフル稼働させていた。

二人の速度を超える、その一点だけを克服するために。

やるしかない、あの二人を超えるために。

これが現時点での俺の答えだ!

二人を前に、ヴァルトは再び自分に魔法を使う。

反重量化(アンチグラビティ)は質量を下げて、移動に必要なエネルギーを減らすことで通常不可能な移動を可能にする。

あの二人に勝つには反重量化(アンチグラビティ)の先の境地へ行く必要がある。

ヴァルトは、地面に降り立ち精神を集中する。

二人の殺気が向かってくるのを感じる。

時間は無い。

ヴァルトの体を緑の光が包んだかと思えば、

ヴァルトの足がゆっくり地面から離れる。


「ゔぁああああ!」

マイがヴァルトの前に立ち拳を振りかぶる。

「ゔぅっっ!!!」

マイが拳を振りぬいたとき、ヴァルトの姿はそこになかった。

その時、本能的な危機感を背後から感じた。

「ゔあぁ!!!」

体を無理やり翻し背後を確認するがいない。

マイの頭上から手が伸びてくる。

慌てて後退し、確認すると浮遊しているヴァルトがいた。

「あああぁぁうう!!」

カリンが浮遊しているヴァルトに飛びかかる。

ヴァルトは軽く避け、また瞬時にカリンの背後にまわる。

「ゔゔゔっ!」

しかしマイもまたヴァルトめがけて飛びかかっていた。

凄まじい速度で放たれる打撃の連続は、一度もヴァルトを捉えることができない。

まるで影を相手に格闘しているような手応えのなさが二人を苛つかせる。

「ゔゔゔぁ!!」

「うううっ!!」

二人の打撃が徐々に隙の多い型へと変化していく。 


異変が起きているのは観客席からも明らかであった。

「なぁ、俺の目が疲れてんのかな」

「なんだあの動き…人間じゃねえ」

一瞬現れては目の錯覚のように敵の背後に瞬時に移動しているヴァルトを見て会場がざわつく。


半重量化(アンチグラビティ)の先の境地。

およそ認知し得る自分にかかる力に全て逆向きの半重量化(アンチグラビティ)を施すことで、すべての干渉が(ゼロ)となる状態を作り出すヴァルトの創作魔法。

無重力(ゼログラビティ)

この状態でヴァルトの移動を制御するものはヴァルトの体から放たれる魔力波のみ。


「ゔゔゔぁ!!!」

放たれた拳と同時に急発進と急停止をを繰り返すことで、瞬時に相手の後ろに立っていた。


「終わりだ、麻痺電流(スパークポイズン)!」

マイの後頭部を鷲掴み、電撃を流し込む。

「ゔぁっ、はっ…」

マイはその場に倒れ込み痙攣する。

「ああああっ!!!」

カリンがマイの体を踏み越えてヴァルトに殴りかかるが、また瞬時に後方へと回られる。

麻痺電流(スパークポイズン)!」

カリンもまたマイと同じように痙攣し倒れる。

足元からはまだうなり声がする。

「無駄だ。どれだけ意識を覚醒されようが、体を動かす筋肉が動かなければ人は動けない」


「少年…!あくまでも全力は見せないつもりか…!」

アンズが怨嗟の募った声で言う。

ヴァルトはアンズに一瞥をくれると、凄まじい速さでアンズの前に出現した。

「あんたの負けだ」

ヴァルトがアンズの顔に手を伸ばし仮面を剥ぐ。


『試合終了ー!勝者カインチィーム!!!』


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