5話 準決勝その二
激しい爆風や金属音が鳴り響く戦場の中、黒い着物に身を包んだ妖艶な女。トヨトミ=アンズは一人の男を見つめ続けていた。
あの悪しき人の少年は素晴らしい!
カリンとの闘い、全力を出しているように見えて少年の頭は常に冷静だ。
人間は全力を出すとき冷静ではいられない、いや冷静なはずがないのだ。
脳に割く力を体に割り振り、体のリミッターや後先など考えずに戦うのが全力の姿である。
だからこそ鍛錬で鍛え上げた技の差が出る。
カリンは強い、全力を出したとき彼女の持つ暗殺術は技に満ちている。
切りつけからの、相手の拘束、武器の奪取にとどめまで。
血のにじむような鍛錬があったからこそ、彼女は全力の力であれだけの技を繰り出せる。
しかし少年はその上を行っている。
カリンの技に空中の障害物という異質を織り交ぜることにより、強制的に隙を作らせた。
カリンは鍛錬どおりの技をすればするほど、直感的に動けば動くほど彼の罠に嵌っていく。
そんな戦闘センスの持ち主がこんなところにいるなんて!
あぁ、見たいわぁ。彼の全力が!彼の全てが!
「マイ!そのお嬢様の相手は私がやるわ!あなたはカリンと一緒にあの少年と戦いなさい」
アンズは自分の前でアリシアに苦闘している少女に声をかける。
「アンズ様⁉何を言ってるんですか⁉大将の仮面に傷一つついたら私達の負けなんですよ!」
「いいから、早く行って頂戴!」
「えぇっ…」
マイと呼ばれた少女はアリシアとの戦闘をやめ、ヴァルトの方へ向かう。
「大将が自ら敵の前に現れるなんてね、悪いけど勝たせてもらうわ!ってちょっと聞いてるの!?」
アリシアが勇んでいるというのに、アンズはヴァルトの方をうっとりとした表情で見つめている。
「だったら無理矢理にでも、聞かせてやるわ!」
白銀の鎧に身を包んだアリシアはアンズに斬りかかる。
「あら、大丈夫よ。あなたじゃ私に傷一つ与えられないから」
アンズはアリシアの攻撃をひらりと身を翻して避ける。
「なんですって!」
アンズの余裕な態度に、アリシアは憤怒した。
「あなたがそんな態度なら見せてあげるわ。父さんの最強の剣を!」
アリシアがそれまで持っていた剣を頭上に掲げる。
「悪しき邪竜を倒し、永きに渡る平和をもたらした奇跡の剣よ!我が手に顕現せよ!竜殺しの超剣!」
鎧から発された光が、剣を包む。
剣は刀身に緑に光る文字が刻まれ、白金の如き輝きを湛える。
「へぇ、それがあなたの全力なのね」
アンズがアリシアをチラリと見ると、怪しげに微笑む。
「馬鹿にしていなさいよ、この力を見たらあなたは震え上がるわ!」
アリシアが、意識を集中させる。
「これが父さんの残した力だぁぁぁぁ!!!」
アリシアが竜殺しの超剣を一振りすると凄まじい光の斬撃がアンズを襲う。
「がっかりね」
アンズは手に持つ扇で斬撃を迎える。
パアァァン!!!
「えっ?」
斬撃が消え去ったあと、砂埃が晴れてもアンズの立ち姿は変わっていなかった。
「そんな、扇如きで…」
「あら?ただの扇ではございませんよ。鉄扇です」
アンズが微笑む。
「決してあなたの力を侮辱したわけではないの。ただ上に立つものは、圧倒的力を見せつけなければならないのよ」
アリシアは絶望した。
こんな化物にどうやって勝てばいいのよ…
「それよりあなたは、あの少年の主人なんでしょ、私と賭け勝負をしない?」
「かっ、賭け勝負?」
何を言い出すんだこの女は。戦場で賭け事なんて…。
「ルールは簡単、私の従者二人とあなたの従者で力比べをするの!
もしあなたの従者が勝ったらこの仮面あげる!」
「仮面をあげるって…それはつまり」
「ま、平たく言えば降参ね」
「もし、ヴァルトが負けたら?」
「彼が負けたら、そうねぇ…。
その時は彼をもらうわ」
「え?」
アリシアは言われたことが理解できなかった。
「だって彼、今はあなたの従者なんでしょ?私に頂戴」
「いや、それは…」
「ちなみに拒否権はなさそうよ?」
「ぎゃあああああああ腕が!腕がぁ!!!」
その時アリシアの遥か後方から叫び声がした。
アリシアが振り返ると、リバの右の腕が切り落とされていた。
「まったく妙な術使いでござるな。主人が魔力を供給して、従者が反射魔法を使う。奇怪な奴らであった」
「痛い痛いよ!モバァァァァ!!!」
右腕を失ったリバがのたうち回る。
そして更に後ろでモバが膝から崩れ落ちていた。
「主従紋は刻まれた部位の損傷か、契約主の死亡でしか消滅しないからな。魔力供給を断つため、切り落とさせてもらったでござる」
「さて大将どの。王手、いやチェックメイトでござるな」
侍風の男、リョウマがカインに刀を向ける。
カインの額を通った脂汗が突きつけられた刀をつたう。
「ちょっとリョウマ!私達、今賭け勝負をしてるんだから勝手にとどめ刺しちゃだめよ!」
「いや、姫…!なに試合中に賭け事してるでござるか⁉真剣にやるでござるよ!」
「いいからリョウマは黙ってて!」
「はぁ…」
侍風の男は頭を抱える。
アンズはアリシアに向き直る。
「というわけで勝負スタートね♪」