4話 準決勝その一
「今日も勝ったみたいだな」
「うん…」
「やるじゃないか!それでこそ俺の息子だ!」
帰ると父親は明るく出迎えてくれた。
「明日は準決勝だろ?明日でようやく仕事が一段落つくんだ、決勝は見に行くからな!」
準決勝…。
ヴァルトは勝てば勝つほどアリシアが遠のくようで、勝利を素直に喜べなかった。
だがこの大会の優勝、それ即ち家名の大躍進につながる。
アリシアが幸せになれる未来のために、絶対に勝つ!
それが、ヴァルトにできる唯一の恩返しなのだ。
ヴァルトは明日のために早く眠りついた。
眠れない…。
アリシアは大きすぎるベッドの上で毛布に包まっていた。
月明かりで辛うじて見える、金色の髪の枝毛を探りながら物思いにふける。
昨日と今日の試合、私は何もできなかった…。
敵の攻撃を凌ぐので精一杯で、攻めることなど不可能だった。
それに比べてヴァルトは凄い。
昨日と今日、敵にとどめを刺したのはシャクメだが、起点を作ったのはヴァルトだ。
特に今日なんて、ほんの十数秒であの巨体を沈めた。
ヴァルトを悪しき人と呼び、嘲笑した観客ですら今日の彼の凄まじい力量に言葉を失った。
やっぱりヴァルトは強い、魔導書を読んだだけで魔法を使いこなせるし、肉弾戦や剣撃も光るものがある。
特に魔法と物理攻撃を織り交ぜた実践的な戦闘なら、同世代で並び立つ者はいないだろう。
アリシアは誇らしかった。
見なさいよ!
わたしのヴァルトはこんなにも強いのよ。
あなた達が嘲り蔑んだ男はあなた達の誰より強いわ!
そう大衆に向かって叫びたかった。
「わたしの…ヴァルト…」
昨日、唐突に別れを告げられてから涙が止まらない。
知らず知らずのうちに彼を傷つけていたのだろうか…。
アリシアは毛布に顔を埋め、眠れない夜をまた過ごすのだった。
次の日もヴァルトは早く会場についた。
相変わらずカインは、朝早くに控室で待っていた。
「おい、ヴァルト」
控室で、本を読んでいるとカインに話しかけられる。
「今日の相手、これまでと比べ物にならないくらいやばい奴らだ」
「そうなのですか?」
「あぁ、東国のトヨトミ家の姫らしい。奴の従者は暗殺部隊だ、その証拠にこれまで戦ったチームのリーダーは全員死んでいる」
カインは冷静を装っているが、いつもより眉間のしわが深い。
「俺は、この大会で俺の家を上級貴族にしてみせる。そのためなら命だって張れる。だから…」
カインは、ヴァルトのところまで来て頭を下げる。
「お前も、全力で戦ってくれ!」
ヴァルトは驚いた。
悪しき人であり、混血の平民でもある自分に貴族であるカインが頭を下げたのだ。
そばで見ていたシャクメも驚いている。
しかしそれより更に驚いたことがある。
「お前、今までの試合手を抜いているだろ」
別に手を抜いていたわけじゃない、だが相手に怪我をさせないよう加減はしていた。
それをカインに看破されたのだ。
「僕もこの大会で負けるわけにいきません…。だから全力で戦いますよ」
ヴァルトはカインにそう告げる。
そうだ。この大会に出ている人間は皆、命を懸けて戦っている。
ヴァルトは更に覚悟を固めた。
『第200回!グウィン王国ダルク辺境伯領高等学校集団武闘ヴァニッチ大会の三日目!!!実況は引き続きこの私、ミーシャ=キャンベルが担当いたしまーす!』
昨日より、更に観客が増えている。
『ついに準決勝、チームの登場です!まずは二回戦、試合時間一分未満という驚異的な早さを見せたチームカイィーン!』
悪しき人の兄ちゃーん、今日も勝たせてくれよー!
お前らが大本命だぞー!
ヴァルトへ向けられる声援も確実に大きくなっていた。
『お次は、一回戦、二回戦ともに敵全員を無力化するという圧倒的強さを見せたチームアンズー!!!』
その声とともに、黒い生地に鮮やかな蝶をあしらった着物を着た美人が、花魁道中の如く従者を連れて入場する。
全員が東国の着物を着ており、コロシアムの中で異彩を放つ。
その美しさに、会場が息を呑む。
「そこの白髪の少年」
両チームの大将による宣誓が済み、持ち場につこうとするヴァルトが呼び止められる。
後ろを振り向くと、敵将のトヨトミ=アンズがいた。
アンズはヴァルトに近づき、ヴァルトに抱きついた。
むわっと塗香の濃厚な甘い香りがし、アンズの細い手がヴァルトの後ろ髪を撫でる。
突然の出来事にヴァルトがフリーズする。
そしてヴァルトの耳元で囁くようにして
「私はわかっておる、このチームで一番強いのは少年だ。
この大会が終わればトヨトミ家の従者にならんか?」
「なっ、なにを…」
身をよじって抱擁を解こうとするが、黒髪の姫の手はさらにきつく絡みつく。
「悪い話ではないと思うがのう。この大会が終われば行き場がないのだろう?私のものになれ少年。私が居場所になろう」
ヴァルトは反抗できなくなった。
トヨトミ家に遣えることができれば、自分どころか父親まで養える。行き着くさきなど不透明なヴァルトにとってはこれ以上ない話だ。
「オホンッ!」
いつの間にか隣に立っていた侍の風貌をした男が咳払いをする。
「姫。そろそろ離れていただけるか、皆が見てるでござる」
「あらリョウマ、私は彼を家族にしようとしているのよ?皆に見られて何か問題が?」
「いや、試合前ですし…いいから離れるでござる」
「やん♡」
「変な声を出すのはやめるでござるよ!」
侍風の男に無理やり担がれ敵陣へと連行されていくアンズをヴァルトはただ見送ることしかできなかった。
「試合前だ、集中しろヴァルト」
シャクメに背中を叩かれ、ハッとする。
「穏やかな雰囲気を出しているが、敵は殺人をパフォーマンスで行うような者たちだ。油断していると死ぬぞ」
シャクメの言葉で、緊張が高まる。
ヴァルトは、持ち場につく。
『それでは試合前開始ィイ!!!』
カインチームの陣形はいつも通り、前衛三人と後衛二人、そして大将の攻撃的な陣形だ。
それはモバとリバの反射魔法による防御
への圧倒的信頼から来る陣形だった。
とにかく後衛を一人でも倒すんだ!
そうすればシャクメさんが倒してくれるはず…!
敵陣めがけて走り出した、ヴァルトの前に少女が立ちはだかる。
随分幼い、身長は140半ばだろうか。
太ももあたりでカットされた着物には、外から見ても暗具が仕込まれているのがわかる。
少女に見えても敵は東国の暗殺部隊だ、手は抜かない!
「燃えろ!」
ヴァルトの手から放たれた炎球は少女の数メートル前で突如爆発する。
「水纏い!」
ヴァルトの体が、透明な水の膜に覆われる。
そのまま爆発の中へ飛び込む。
まさか火の中を敵が通ると思うまい、奇襲で悪いが、このまま終わらせてもらう!
炎の中でヴァルトは少女に手を伸ばす。
「眠れ!」
視界が開ける。
ヴァルトの手にクナイが貫通していた。
「ぐあぁ!」
「ふん、そんな使い古された手が通用すると思ったかバーカ!」
いつの間にか空中へ跳躍していた少女の手から光るものが投げられる。
「ぐっ」
左に転がることで、なんとか回避する。
地面に星型の刀物が刺さる。
手裏剣か!
「はぁはぁっ、治癒!」
手に刺さったクナイを抜き治療する。
少女は笑みを浮かべ、治癒が終わるのを待っている。
「なぜ今狙わない?」
「ふんっ、武士の情けだ。我らの国では実力差がある相手にはこうするのが礼儀なのだ」
少女は胸を突き出し得意げに言う。
「なるほどね…」
治療が終わる。
こいつらは強い…!
さっきの跳躍も、特に呪文詠唱をしてなかった。
それは素の身体能力がそれだけ化物だということだ。
もう出し惜しみはしない!
「浮遊礫石!」
ガガガッという音ともに地面に落ちていた石が次々と浮かび上がる。
少女とヴァルトの間に無数の石欠片が浮遊する。
「何をするのかと思えばこんな術か。我が国では畑のカラスよけに百姓が使うぞ」
空中に浮遊する無数の石欠片を見て少女が肩をすくめる。
そのとおり、浮遊礫石は風魔法で比較的軽い岩や石を空中に浮遊させ続ける術。
目星をつけた辺りの石に上向きの力を加え続けるだけの簡単な術だ。
でも…!
ヴァルトは少女をじっと見つめる、少女がまばたきのために目を閉じた瞬間。
一気に距離を詰めて斬りかかる。
右手で振り下ろされた剣を少女は手に持つクナイで弾く。
「浅はかな!近接で勝ると思ったか!」
少女は身をかがませ、ヴァルトの腹を斬りつけようとする。
「爆ぜろ!」
バァン!
「くらうか!」
隠し手として構えていた左手の魔法を避けるため、少女は跳躍する。
「かかったな!」
「何をっ…がッ」
少女は頭上の石欠片に頭を強打する。
その隙を見逃さずヴァルトの刀が胴体に直撃する。
ズザザザザッ!
少女の軽い体が地面めがけて吹き飛ばされる。
「うっ…!」
倒れ込んだ少女が起き上がるまで、ヴァルトは距離を取った。
「貴様ぁ、なぜ待っている!」
少女はゆっくりと立ち上がると、そのまま怒鳴った。
「君に情けをかけられたからな」
ヴァルトは笑っていた。
「なっ!馬鹿にするな!」
少女は更に憤慨する。
「馬鹿になんてしてないさ。でも次からはお互い情け無用でやろう」
「チッ。当たり前だ!」
互いに身を屈め体勢を整える。
ダッ!
少女が一気に距離を詰めた。
「忍を舐めるなよ!」
少女がクナイで首を狙う。
キィン!
剣でクナイを逸らす。
「まだだ!」
クナイを持つ着物の袖口から鎖が飛び出しジャラッという音と共に、ヴァルトの手に巻き付く。
「なっ!」
右手の自由を奪われたヴァルトの首に、少女は全身を使った強烈な蹴りを食らわす。
意識が飛びかけるほどの強い衝撃がはしる。
そしてそのまま少女はヴァルトの肩に足を置き、右手を鎖で縛り上げる。
「ぐあぁっ!」
たまらず剣を落とす。
「終わりだ!」
少女が肩に立ったまま身をかがめ、ヴァルトの首筋にクナイを当てる。
「きれいに切断してやるからな!」
クナイの冷たい感覚が首を通して感じられる。
熱くなった少女の目を見つめてヴァルトは言う。
「まだだよ」
ガンッ!
少女の頭めがけて石片がぶつかった。
「ガハッ」
少女の体勢が揺らぐ。
ガンッガンッ次々と頭上の少女めがけて石が飛んでいく。
「馬鹿なっ!呪文の詠唱はしてなかったはず…!」
「石を上に持ち上げるか横に飛ばすかなんて、些細な違いだからねっ!」
少女が距離を置こうと、足に力を入れるのが肩越しに伝わる。
「無駄だよっ」
ジャンッ!
少女は自分が巻きつけた鎖のせいでヴァルトから離れられない。
ヴァルトは鎖で繋がっている右手を全力で振り下ろす。
少女はヴァルトの所有物のごとく地面に叩きつけられる。
「ガハッ…」
「今度こそ終わりだよ」
ヴァルトは鎖をほどき少女の顔に手を伸ばす。
「眠「どっけぇぇえええ!」
ヴァルトの横腹に強い衝撃が走る。
たまらず吹き飛ばされたヴァルドが顔を上げる。
そこには今戦っていた少女とよく似た少女が立っていた。