3話
「おはよう、父さん」
「おはよう…ってひどい顔だなヴァルト」
「ちょっと寝不足で…昨日も試合だったし」
言わなければ。
大会が終わったら、父さんと一緒に家を出なければいけないことを。
でもなんて言えば…
「ヴァルト、お前なんかあったろ」
心臓が跳ねるようにドキッとした。
さすが父親、お見通しか…。
「実は…」
それから洗いざらい全て話した。
大会が終われば出て行けと言われたこと、アリシアと別れたこと、アリシアを優勝させたいこと。
「あのクソ女!まだそんな腐った選民思想持ってるのか!」
父さんは今にも扉を蹴破って、屋敷に押しかけようとした。
「待って父さん!俺が…決めたことなんだ」
父さんは、俺の顔を見てしばらく無言になったあとドカッと座る。
「そうか…お前が決断をするなんてな…。だがヴァルトいつも言っていることだが」
「俺は悪しき人じゃない。真実の人だ。真実の人は神の寵愛だ。でしょ?」
「まぁ、何度も聞かせてりゃ覚えるか…だから忘れるな。
俺が伝えたかったのは、神話の話じゃない。
自信を持てということだ。
お前の決めた道ならやり通せ。
お前がアリシアちゃんを大会で優勝させると決めたなら、絶対負けるんじゃねえぞ。
自身のないやつは、言い訳をして筋を通したがらない。
だからこそ自信を持て、強くあれ、負けるな。
どんな決断も筋を通せば、そう悪い結果にならない」
「…うん」
父親は偉大だ。
父さんも母さんも平民の出ではあったがアリシアの父親と共に戦争を終わらせた英雄として貴族になれる…はずだった。
すべてが順調だった二人の間に生まれた子どもは悪しき人とわかるまでは。
結果、母は子を残して蒸発。男手一つでヴァルトを育て上げた。
戦闘服に着替え、カバンと剣を腰に携えヴァルトは試合会場へ向かった。
『第200回!グウィン王国ダルク辺境伯領高等学校集団武闘ヴァニッチ大会の二日目!!!実況は引き続きこの私、ミーシャ=キャンベルが担当いたしまーす!』
ウオォォォォ!!!
『本日は二日目!今日勝てば、準決勝の出場が決まります!!!』
控室の中にいても聞こえる歓声は、まだまだ衰えない。
四日目の決勝戦まで、ダルク辺境伯領の貴族たちが命を奪い合う行事は終わらないのだ。
これは国民の一大行事でもあり、だからこそ王家の人間も見にくる。
「へっ、今日はお嬢様同伴はやめたのか悪しき人!」
カインとシャクメは集合時間の一時間前にもかかわらず、控室にいた。
生真面目な男だ。
「今日も必ず勝とう」
ヴァルトの発言にカインは豆鉄砲を食らったようだった。
「あっ、当たり前だろ!テメーが偉そうに言うんじゃねえよ!」とすぐに言い返してきたが。
その後モバ様とリバが、そして最後にうつむきながらアリシアが入ってきた。
アリシアも目が赤く腫れており、昨日一晩中泣いたのだろう。
こちらを、チラチラと見るアリシアの方をヴァルトは見ようとしなかった。
アリシアを優勝させる。
そのことにヴァルトは集中していた。
『それでは二回戦試合開始ぃぃいい!』
試合開始の銅鑼の音が響く。
ヴァルトは、敵後衛に一直線で走り出す。
「へっ、そんなひょろっこい体で何ができる?」
身長4mはあろう男がそれより大きな大盾を持って立ちふさがる。
「反重量化!」
ヴァルトの体を魔法光が包む。
「この大盾のガント様から逃れられるか!盾突」
大男は放たれた弾丸の如き勢いで、高速突進しヴァルトを跳ね飛ばす。
ヴァルトの体が高く空中に跳ね飛ばされる。
『これは凄まじい威力だ!ヴァルト選手、なすすべなしー!』
おおおぉぉぉ!
これは死んだだろ!
会場が大いに湧く中、ガントは大盾を持った自分の手を見つめる。
おかしい…確かに盾突は決まったし、敵も吹き飛ばした。
だがそれにしては手応えがなさすぎる
「重くなれ!!!」
頭上の空中から声がした。
「まさか…!」
ガントはとっさに頭上に大盾を構える。
落下してきたヴァルトが大きく、剣を振りかぶる。
「重化迫撃!!!」
重力魔法の応用技術、質量を大幅に増化させた剣による一撃は容易く大盾を破る。
「俺の突進を利用したな!」
ヴァルトは落下の勢いのまま大男の頭を掴み、地面に叩きつける。
「眠れ」
紫色の魔光が大男の頭を貫通し、眠りに至らしめる。
巨体が地面に叩きつけられた衝撃で辺りに大きく砂埃が舞う。
『な…!何が起きたんだぁ!?』
試合開始30秒にも満たない高度な攻防に会場は言葉を失う。
貴重な後衛を失った敵チームの大将は、そのまま魔力増加を受けたシャクメに屠られた。
『勝者!カインチィーム!!!これで準決勝進出だぁ!』
「あの、悪しき人、なかなか出来るな」
コロシアムの招待席で、東国の着物に身を包んだ女が言う。
「カリンとマイ、準決勝の相手だ。お前らなら勝てるか?」
女は、自分の黒髪を櫛で梳かす従者の二人に尋ねる。
「確かにあの悪しき人は手練のようですが、我ら一族は将軍の剣」
「大将軍トヨトミ家に使える精鋭部隊である我らが負けるはずもありません」
女流忍者と呼ばれる伝統的な戦闘服に見を包んだ二人は答える。
「ならば期待してるぞ。カリン、マイ」
「「はっ!必ずやアンズ様のお役に!」」
その会話に聞き耳を立てていた紳士達が話し始める。
「やっぱりあの席に座ってるのって…」
「あぁ、トヨトミ=アンズ。東国の大将軍の娘であり、王国の主要人物だ」
「あいつと集団舞踏を行った奴らって」
「確実にチームの大将は首をはねられている、東国式の礼儀らしいが恐ろしいぜ」
「いくら怪我人OKの集団武闘でも、殺しに行くのはなぁ…」
「準決勝の相手が奴らとは、カイン様も運がないね」
「おいおい、まだあいつらの試合はこれからだろう。早とちりじゃないか」
「そんなの見てたらわかるって」
第二回戦、チームアンズVSチームヤムチの試合は沈黙に包まれた。
一方的なワンサイドゲームでチームアンズが、周囲圧倒した。
「お、おい皆、早く立って俺を守れよ!」
長い髪を後ろで束ねた太った男が騒ぐ。
しかし彼の倒れた仲間は誰一人として反応しない。
大将一人を残して、全員が気を失っていた。
「アンズ殿、こいつはもう殺してよいでござるか?」
髪を後ろでまとめた侍風の男が、着物に見を包んだ黒髪の美人に尋ねる。
「もう少し待ってリョウマ」
手で持っている扇を口元でたたみ、妖しい笑みを浮かべた女が止める。
「こっ殺される!わかった降参だ、審判降参を!」
「いまよ、リョウマ!」
「了解でござるよ!」
「えっ?」
スパァン!
侍風の男が刀を薙ぐと、敵将の首はポロンと中を舞う。
遅れたように、男の首から血が噴水のように吹き出す。
しばらくして胴体も力なく倒れる。
「フフフッ、無能が人の上に立つと国は滅ぶでな。悪く思わぬことね」
その様子をみてアンズは楽しげに高笑いを上げる。
会場は戦慄した、敵将が棄権を宣言した瞬間に殺害する。
一回戦だけでなく、ニ回戦もこのパフォーマンスだ。
「さて、早く次の試合が楽しみね」
アンズはまた上品に身を翻し、従者を引き連れ帰っていくのだった。