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第93話 洞穴の住人

 東門の前で立ち往生している俺達には、無数の視線が注がれている。


 兵隊達の鋭い視線や住人たちの好奇の視線。


 中には呆れを含んでいる視線までもが、向けられていた。


「ウィーニッシュ……どうしよう」


「大丈夫だよ、母さん。俺に任せて」


 不安げにしている母さんをなだめる為にそう告げた俺は、正面に歩み出てくる兵隊を睨みつけ、身構える。


「大人しく投降しろ! これは最後通告だ」


 隊長らしきその男の言葉に反応するように、取り囲んでいた全ての兵隊達が一斉に武器を構えだした。


 剣や槍を構えるものだけでなく、弓矢で俺や母さんを狙っている者までいる。


 流石に魔法の類を準備している者はいないが、それでも十分に脅威だ。


 可能なら、ジップ・ラインで空を飛んで逃げたいところだが、母さんを連れている状態でそれは危ない。


 最悪な結果になってしまうのが目に見えている。


 だとすると、ここで取るべき最善策は、土魔法だろう。


 地面の岩や土砂を操って壁を作り、東門を破壊して逃走を図る。


 問題があるとすると、門を破壊できるか分からないということだろう。


 俺はそう考えながら、視界の端で両手の甲を確認する。


 閻魔大王に言われたことを考えれば、紋章の力を使うのは得策ではない。


 しかし、俺は心のどこかで、あの力を使えたらと考えてしまっている。


 身体能力の強化自体は常時発動されているようなので、完全に使っていないわけではないみたいだけど……


「やるしかないか……」


 俺が短く呟いたその時。


 トスッという乾いた音が、周囲に響いた。


 何事かと周囲を見渡した俺は、兵士が一人、膝から崩れ落ちるのを目の当たりにした。


 その兵士の首元には、一本の矢が刺さっており、恐らく致命傷だろう。


 ドサッと倒れる兵士の音が、周囲の騒めきに飲み込まれそうになった時、隊長らしき男が叫んだ。


「総員警戒! 建物の上を調べろ!」


 しかし、異変はそれだけに留まらず、立て続けに何かが空から降ってくる。


 カラカラという乾いた音と共に地面を転がったそれらの筒状の物は、一瞬沈黙した後、側面の小さな穴から煙を吐き出し始めた。


 非常にきつい臭いを放つその煙が、東門の周辺に充満する。


 当然ながら、周囲にいた人々は混乱し、辺りは悲鳴に包まれた。


 そんな折、俺の肩にしがみついていたシエルが告げる。


「ニッシュ、今のうちに!」


 この混乱に乗じて逃げ出そう。


 彼女の言葉に背中を押されるように、母さんの手を取って走り出そうとした俺は、眼前に現れた人影を目にして、足を止めた。


「余計なことをするな。黙って着いて来い」


 深々とフードをかぶっているその細身の男は、ギリギリ聞こえる程度の声音でそう告げると、東門の壁沿いに走り出した。


 一瞬、母さんたちと目を合わせた俺は、南に向けて走り出すそんな男の後を追うように、走り出す。


 少し先を走る男の後ろ姿を見ていた俺は、心の中に浮かんできた疑問を思考した。


『あの声……ゲイリーか?』


「ニッシュ? こいつに着いて行って大丈夫なの?」


 シエルも同じことを思ったのだろう、肩にしがみついたまま、耳元で囁きかけてくる。


「どうだろうな……けど、あそこで捕まるよりはマシだろ?」


 路地裏を走る俺たちは、背後から聞こえる喧騒と怒号が、少しずつ遠ざかってゆくのを耳で実感した。


 それだけの距離を走ったということだろう。


 ここまで来れば、と安堵を抱きかけた頃、ゲイリーらしき男がボロボロな扉を開けて屋内に入っていった。


 仕方なく後について入った俺は、廊下の突き当りの部屋にいる男が、戸棚をずらしている様子を目撃する。


 何をしているのか、と問いかけようとして、俺は口を閉ざした。


 男がずらした戸棚の下から、隠し通路の入り口と思われる物が現れたのだ。


 木製のその入り口を難なく開けた男は、俺達に見向きすることなく梯子を降り始める。


 思わず顔を見合った俺たちは、互いに頷き合うと、黙々と梯子を降り始めた。


 どれだけ深い穴なのだろうか。かなりの時間、梯子を降りた俺たちがたどり着いたのは、くらい洞窟の中。


 その光景を目にした俺は、思わず呟く。


「ここは……ダンジョン!?」


「黙れ」


 短く告げた男は、何事もなかったように洞窟の奥に向けて歩き始めた。


 助けてもらっておいてなんだが、態度悪すぎるだろ……と思いつつ、俺は男の袖口を掴んで説明を求めた。


「ちょっと待て、俺達をダンジョンに連れて来て、何をするつもりだ?」


「黙れと言っている」


 返って来たのはそんな言葉と、鬼さえ殺してしまいそうな鋭い視線だった。


 これ以上揉めても何も意味がないと判断し、俺はため息を吐く。


 そうしてしばらく暗闇の中を歩いた俺たちは、洞穴の突き当りにぶち当たり、足元に開いている穴を見下ろしていた。


 人が一人、やっと入れそうなほどの狭い穴。


 そんな穴を、男は指さし、目で促してくる。


「めちゃくちゃ深そうだけど……まさか」


「そのまさかだ。降りろ。ただし、魔法は使うな」


「は!? 飛び降りろってか? そんなことしたら、死ぬだろ」


「問題ない」


 その「問題ない」というのは、俺達が死んでも問題ない、ということか?


 それとも、死ぬことはない、という意味か?


 沸々と湧き上がってくる苛立ちと疑問を男にぶつけてみたくなった俺だったが、そんな俺の願望は叶わなかった。


 何も言わない俺たちに愛想を付かしたのか、男は無言のままその穴に飛び込んだのだ。


 茫然と穴の中を覗き込んだ俺達は、しばらくしても何の反応も帰ってこないことに動揺し始める。


「ニッシュ、あいつの言うことなんて無視して、魔法使えば?」


「そうだな……」


「母さん頭がおかしくなりそうだわ……ウィーニッシュ、いつの間に魔法を使えるようになってたの? それに、ダンジョンだなんて……危ないんじゃないかしら」


 暗くて表情はあまりよく見えないが、声を聴くだけで、母さんが怯えているのは伝わってきた。


 そんな母さんの手を、そっと握った俺は、顔を見上げながら語り掛ける。


「母さん。俺たちが付いてれば大丈夫だから、安心していいよ。とりあえず、俺が先に降りて問題がなかったら、手を叩いて合図するよ。音が聞こえたら、母さんたちも飛び降りて。俺が下で受け止める」


「でも……」


「大丈夫! 俺を信じて!」


「分かったわ」


 安心させるためとはいえ、強がって見せた俺は、深く息を吐き出すと穴の縁に立った。


 息を吐き切り、もう一度肺に空気を満たした瞬間、俺は思い切って穴の中に飛び込む。


 真っ暗闇の穴の中を、右に左にうねりながら高速で落下していった俺は、十数秒後、開けた空間に放り出された。


 あまりに突然のことで、とっさに魔法を使いそうになるも、想定外の感触に全身を包まれたことで、思いとどまる。


「なんだ、これ……」


 落下した先にあったのは、巨大なフワフワとした何か。


 暗すぎて色は分からないが、大人の身体を完全に包み込めるほどのそれに、どうやら俺は助けられたらしい。


「キノコみたいよ……こんなに大きなキノコ、見たことないけど」


 肩にしがみついていたシエルは、このフワフワした物からいち早く離脱できたらしい。


 彼女の助けを借りて、なんとか地面に降り立った俺は、両手を叩いて合図を送った。


 すると、しばらくして天井の穴から母さんの悲鳴が響き渡ってくる。


「きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 穴から放り出された母さんは、俺と同じように大きなキノコの上に着地すると、茫然と天井を見つめている。


「母さん、大丈夫!?」


「え、ええ。大丈夫よ。あのフワフワしたものがあって助かったわ」


 フワフワのせいで身動きが取れない状態の母さんを助け起こした俺は、互いの無事を確認する。


 そこでようやく、暗闇の中から声がした。


「行くぞ」


 本当に無口な奴だ。


 ていうか、ずっとそこにいたのかよ。


 助け起こそうとか思わなかったのか!?


 湧き上がってくる文句の数々をグッと飲み込んだ俺は、うす闇の中で必死に男の影を探しながら、歩き出す。


 そしてようやく、俺達はうすぼんやりとした明かりの充満している部屋にたどり着いたのだった。


「ここは……?」


 母さんのその言葉に応えるように、聞いたことのある声が、返事をする。


「ここは~、そうだなぁ、簡単に言えば掃きだめみたいなところだよ」


 ぼんやりと光る岩の上に寝転がっているその男を目にした俺は、思わず叫んでしまったのだった。


「ヴァンデンスッ!?」

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