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第84話 助けた理由

 勝ち目はない。


 俺の脳裏に浮かんできた言葉は、そんな言葉だった。


 当然のように光りだす左手の紋章を、視界の端で確認した俺は、乾いたのどを潤すために、唾を飲み込む。


「あれが……焔幻獣えんげんじゅうラージュ」


 呟いたシエルの視界は、俺と同じくゼネヒットの中心部にいる人型の怪物に向けられていた。


 背丈は10メートル程度だろうか、周辺の民家よりも少し大きいくらい。


 そのほかの特徴と言えば、黄色く煌々と輝いているその身体だろう。


 想像していたよりも細身で、小柄な印象を与えるその姿に惑わされそうになるが、決して油断していい相手ではない。


 それを端的に示しているのは、ラージュの周辺の様子だろう。


 建ち並んでいたはずの建物が、ことごとく燃えている。


 それも、ラージュが触れた訳でもない建物すら、勝手に発火し始めているのだ。


 かなりの距離があるため詳細は分からないが、一歩ずつこちらに近づいてきているように見える。


「クソが……」


 俺達がラージュの様子に呆気にとられていると、城壁の崩れている方から悪態をつく声がした。


 そちらに視線を投げた俺は、煤だらけになったアーゼンが這い上がって来るのを目撃する。


「おい、大丈夫か!?」


「うるせぇ、俺は何ともねぇよ」


 強がりつつ体の煤を払い落としたアーゼンは、しかめっ面のまま地面に唾を吐き捨てる。


 よく見たら、アーゼンが吐き捨てたのは唾ではなく、血だった。


「ニッシュ! あいつ、また何か仕掛けてくるみたい! 早くここから逃げなくちゃ!」


「なっ!? マジか……」


 シエルの言葉につられてラージュに目を向けた俺は、確かにそれを確認した。


 黄色く輝いていた奴の身体が、ゆっくりと明滅を始めたのだ。


 それでもって、両腕を前に突き出している。明らかに何かをするつもりだ。


 現状、ラージュの真正面に位置している俺達が危険にさらされているのは間違いない。


 すぐにでも退避した方がいい、俺がそんなことを考えて一歩を踏み出そうとしたその時。


 アーゼンが突然、猛烈な雄たけびを上げたかと思うと、近くにあった巨大な瓦礫を持ち上げ、街の中心目掛けて2発3発と投げつけ始めた。


 轟音を立てて飛んで行くそれらの瓦礫のうち、1発はラージュの足元に着弾し、残りの2発は見事ラージュの胴体に直撃する。


 着弾とともに、とてつもない量の粉塵が巻き上がったところを見ると、それなりにダメージは入ってるだろう。


「す……すげぇ。あんなところまで届くのかよ」


 感嘆のあまり、俺がそんなことを呟いた瞬間。


 巻き上がっていた粉塵が一瞬にして蒸発したかと思うと、まばゆい光が炸裂する。


 その一瞬を目の当たりにした俺は、無意識のうちに城壁の崩れた個所に飛び込んでいた。


 落下中に耳元をかすめる風が、急速に熱を帯びてゆく。


「くそ……っ!」


 このままでは危険だと察した俺は、空中でバランスを崩しながらも、がむしゃらにラインを描き、魔法を発動した。


 そのうちの一本に左手を上手く重ねることができた俺は、何とか体制を整えつつ、地上へと降下する。


 降下中、上を確認した俺は、今しがた何が起きたのか状況を把握した。


 先ほど城壁の一部が破壊されたのと同じように、俺たちの立っていた城壁の上部が、ラージュによって攻撃されたのだ。


 その証拠に、黒焦げになった大量の瓦礫が、空から舞い降りてきている。


「ニッシュ! 右! その次は左! やばいわよ! 瓦礫が降って来るわ!」


「分かってる!」


 ジップラインを制御して右に左に瓦礫を躱した俺は、慣性に頭の中をぐちゃぐちゃにされながら、なんとかその場を凌いだ。


 と、そこで、一つの事実に気が付く。


 俺が躱した瓦礫の落下先に、例の女騎士がいるのだ。


 当然、彼女に逃げる力など残っているわけもない。


「あぁーくそっ! シエル、掴まってろ!」


「え!? 何する気!? ちょ!?」


 俺はシエルの制止を無視すると、ジップラインを解除し、頭から急降下を始める。


 そして、まるで地面に手を伸ばすように両手を突き出した俺は、改めてラインを描いてゆく。


 落下中の瓦礫にラインを通過させ、その軌道をなるべく女騎士から遠ざかるようにする。


 そうして描かれたラインは、地面に当たると同時に、放射状に広がっていった。


 描き終えたことを確認する間もなく、俺は魔法を発動する。


 自由落下をしていた瓦礫の多くが、ジップラインに重なると同時に、描いたラインに沿って軌跡を変えてゆく。


 視界の中心から次々に姿を消してゆく瓦礫たち。


 結果的に出来た中心の安全地帯に、女騎士がうつ伏せに倒れている。


 それを確認した俺は、迫りくる地面を前に、ジップラインを解除した。


 間髪入れずに新たなラインを描き、ジップラインを発動することで、俺は何とか地面との衝突を防ぐことに成功する。


 とはいえ、無傷とは言えない。


 地面ギリギリのところでジップラインに乗ったせいだろうか、落下の勢いを完全には殺せなかった俺の左足が、落ちていた瓦礫に引っかかったのだ。


 途端、ジップラインに重ねていた右手が外れ、俺はそのまま瓦礫の上を転がる。


 とても平坦とは言えない瓦礫の上を、何度もバウンドを繰り返しながら転がった俺は、巨大な瓦礫に背中を打ち付けて、ようやく止まることができた。


「だ……はっ」


「いたた……」


 衝撃のあまり、肺の中の空気が飛び出してゆく。


 俺の肩にしがみついていたシエルも、さすがに衝撃に耐えきれなかったのか、少し離れた場所に横たわっている。


 このまましばらく、横になって休んでいたい。


 湧き上がってくる願望をはね退けるために、瓦礫に手をついて立ち上がった俺は、左足を引きずりながらシエルのもとに歩み寄った。


「大丈夫か?」


「ったく! もう! あんたは無茶しすぎなのよ! 下手したら死んでたわよ!?」


「悪い」


 仰向けのまま文句を告げるシエルを担ぎ上げた俺は、彼女を右肩に乗せると、女騎士の元へと歩み寄った。


 うつ伏せのまま、気を失っている様子の彼女を見下ろし、俺は考える。


 俺が彼女を助けた理由。


 戦いの中で、彼女との間に絆が生まれたとか、そんな綺麗なお話ではない。


 ましてや、彼女が女性だからとか、そんなありきたりなエゴでもない。


 今のこの現状で、焔幻獣ラージュを止めることができるのは、彼女だけだと考えたからだ。


 俺は、ポケットからヴィヴィの羽を取り出すと、躊躇することなく倒れている女騎士に使った。


 湿った羽が触れた途端、彼女の焼けただれた皮膚が見る見るうちに回復してゆく。


 そうして、傷の癒えた彼女は、動揺と混乱をないまぜにした表情で、俺を見上げたのだった。

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