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第76話 残忍な現実

 バーバリウスが出て行ったのを見届けた俺は、引き続き庭木で身を隠しながら、しばし考える。


 気になる点は二つ。


 一つは、玄関が開く直前、屋敷の二階にある窓がひとりでに開いたこと。


 部屋の中にいる人物が、なるべく外から見えないように身を隠しながら、窓を開けた可能性もあるが、あまり現実的ではない。


 では、なぜ窓が勝手に開いたのか、その光景を思い出しながら思考した俺は、一つの仮説を呟いた。


「……姿を消した何かが飛び出していった、とかか?」


 確証の得られない仮説を頭の中で脇に追いやった俺は、思考を次に移す。


 もう一つの気になる点。


 それは、バーバリウスと共に姿を現した、金色の騎士。


 間違いない、あれは王都ネリヤから派遣された魔法騎士だろう。


 ということは、国はハウンズに手を貸しているということになるのだろう。


 まぁ、利害関係などを考えると、当然というべきか。


「はてさて、狙いは少年か、はたまたモノポリーの方か? どっちにしても、少々厄介な敵が現れたなぁ」


 ここまで状況を整理した俺は、いったんそれらの考えを頭の隅に追いやると、目の前の屋敷に意識を集中する。


 少年たちやゲイリーがどれほど良い働きをしたとしても、俺が下手こいてしまえば、全てが水の泡になる。


 ここはちょいと、おじさんの良いところを見せておかないと、だめだよなぁ。


「ってなわけで、そろそろおじさんも動きますか……」


 よいしょと小さく呟きながら庭木の影から足を踏み出した俺は、同時に、屋敷の玄関から出てきた兵士と目が合った。


 その兵士は、先ほど俺の報告を屋敷に伝えに行った兵士のようで、俺を目にしたまま体を硬直させている。


「……あ」


「……は?」


 一瞬流れる沈黙。


 そんな沈黙を破ったのは、言うまでもなく、兵士だった。


「曲者だ!」


 兵士の掛け声を聞いたのだろう、屋敷の中から大勢の走る足音が響いてくる。


 瞬く間に敵に囲まれてしまった俺は、情けない自分の顔を隠すように、額に手を当てて空を仰いだ。


「あっちゃ~……これはやっちまったなぁ」


「どんな間抜けが忍び込んだかと思えば……なんだ? 貴様は」


 兵士たちをかき分けて現れたその男は、左目に眼帯をしている。


 事前に聞いていた話から推察するに、こいつがトルテという男なのだろう。


 トルテは顔をじろじろ見られるのが気に食わなかったのか、眼光を尖らせながら叫んだ。


「おい、答えろ。貴様は何者だ!?」


「悪い悪い、ちょっとこの辺を通りかかっただけなんだよ。あまり気にしないでくれ」


「馬鹿にしているのか!?」


 両手を頭の横に掲げながら言った俺に対し、激高したトルテは、腰に携えていた剣を抜き、こちらに突き付けてくる。


 そんな彼をいさめるように、一人の男が姿を現す。


 俺達を取り囲んでいる兵士たちをかき分けて現れた金鎧の騎士は、首を大きく横に振りながらトルテの肩に手を置くと、大きなため息を吐いた。


「まぁまぁ、トルテ殿。ここは僕に任せて、あなたは当初の任務を優先させてください」


「……しかし、ジャック殿」


「大丈夫! 心配は無用ですよ、トルテ殿。私はこれでもエレハイム王国騎士団の端くれですので、このような事態を収めることには慣れております。それに加え、トルテ殿はご多忙の身、今は他に、専念するべき案件があるのではなかろうか?」


 ジャックと呼ばれた騎士の言葉を聞いたトルテは、少し不満げに表情をゆがめて俺を一瞥しながらも、剣を鞘に納めた。


「それではジャック殿。この場はお任せしたいと思います。念のため、兵を5名ほど残しておきますので、ご自由にお使いください」


 そう言い残したトルテは、宣言通り5名の兵士に残るように告げると、屋敷の中へと戻っていった。


 その様を見届けた俺とジャックは、一泊置いて視線を交わす。


「え~っと、終わった? じゃあ、おじさんはこの辺で」


「まだ話は終わっていませんよ……ところで、私はエレハイム王国騎士団のジャック・ド・カッセルだ。訳あって、ここ、ゼネヒットに派遣された小隊の隊長を任されている。そこで、一つ貴殿に伺いたいのだが……何者だ? なぜここにいる?」


 柔和な雰囲気を崩さずに言葉を並べていたジャックだったが、最後の一言に、鋭利な棘を含ませた。


 一瞬、身の危険を感じた俺は、念のために魔法を発動する準備をしながら、口を開く。


「何者って言われてもなぁ……王国騎士団のジャック・ド・カッセル様が、こんなおじさんの何を知りたいのか、正直わかんないんですよ。別に、悪いことをしようとしてたわけじゃないし?」


 肩を竦めながら告げた俺を、ジャックは黙り込んだまま睨みつけた。


 とはいえ、フルフェイス型の兜を身に着けている彼の視線を、完全に把握できたわけじゃない。


 一方的にジロジロと観察されることに、俺が少しばかり不快感を覚えた時、ジャックは右腕を前に突き出して告げたのだった。


「この者をひっ捕らえよ! 拘束し、尋問する」


 ジャックが叫ぶと同時に、俺を囲むように立っていた兵士達が動き出す。


 5人がかりで俺を取り囲み、どこからか取り出したロープで両腕を拘束する。


 そうしてあっけなく捕まった俺は、特に抵抗することなく、兵士達に連れられて屋敷の中に入っていった。


 屋敷の内部は装飾よりも機能性を重視しているような、シンプルな様子だ。


 モノポリーとの抗争で、さすがのハウンズもあまり余裕が無くなってきているのかもしれない。


 最低限、廊下に敷き詰められている赤い絨毯の上を少し歩いた俺たちは、屋敷の東側に位置する小さな扉から、地下へと階段を降り始める。


 途中までついてきていたジャックは、その階段の手前で別の部屋へと姿を消した。


 薄暗くてじめじめとした地下の通路を照らすのは、数本の松明だけ。


 充分とは言えないそれらの灯りの中を、足元に注意しながら歩いていた俺は、少し先に扉を見つける。


 その扉をくぐった先には、少し開けた空間があった。


 どうやらここが地下牢のようで、壁の穴に鉄格子をはめ込んだ簡易的な牢屋が、左右に定間隔で並んでいる。


 その中の一つ、右側の壁の一番手前に目をやった俺は、目標の人物を発見した。


 牢屋の中の壁に、四肢を大きく広げた状態で拘束されている女性。


 身に纏っている衣服はズタボロに引き裂かれており、既に身体を覆う機能を有していない。


 かといって、彼女のその姿を見て煽情的な何かを抱ける者は、そうは居ないだろう。


 少なくとも、俺は抱けない。


 体中にできている赤い傷や青い痣。


 うなだれて顔は見えないが、おそらく意識を失っているのだろう。


 そんな状態になるまでに、何があったのか。


 残忍な想像をした俺は、俺を取り囲む兵士たちのことなど忘れて、その場に立ち止まったのだった。

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