第73話 想定外
自信に満ち溢れた表情で仁王立ちするアーゼンは、獲物を吟味するように、バーバリウスとアンナを見始めた。
そんな彼の頭皮を、上り始めた朝日が煌びやかに照らしている。
輝く彼の頭を見て、ようやく日が昇り始めたことに気が付いた俺は、アーゼンと同じように眼前の二人を睨みつける。
「おめぇはそこの女騎士をやれ、俺はあのくそ野郎をぶちのめす」
野太い声でそう言い放ったアーゼンは俺の意見など聞くつもりがないのだろう、間髪入れずに動き出した。
大きな一歩を踏み出して、バーバリウスに突進を始めたアーゼン。
それを皮切りに、再び戦闘が始まった。
「ニッシュ! 来るわよ!」
「おう!」
アーゼンが突進を繰り出すとほぼ同時に、切りかかってきたアンナの切っ先を、俺は後ろに跳んで躱す。
俺の腹を薙ぐように払われたその一閃には、確実に殺意が込められていた。
「よく躱しましたね」
「まぁ、さすがに警戒してたし……それより、あんた何者だ?」
「私はエレハイム王国の近衛騎士よ。この街で起きてる反乱を鎮めるために派遣された小隊の副隊長をしているわ。あ、そうだ、先に言わなきゃだったわね。君、ウィーニッシュだっけ? おとなしく降参しなさい。さもないと、命はないわよ?」
「あー……それはまた、物騒な申し出だな」
俺は呟きながら、隣にいるドワイトと顔を見合わせた。
この場で降参せずに、彼女と敵対した場合、俺たちはどうなる?
いや、よく考えりゃ、もうすでに反乱として認識されてんのか?
険しい表情で考え込む俺とドワイトに愛想をつかしたのか、シエルとリノが息を揃えて話し出す。
「あんた! 偉い騎士なら、そこの卑劣な男を何とかしなさいよ!」
「そうだぜ! オレッチ達なんかより、あの巨漢の方が極悪非道だぜ!?」
「あなた達の話を、私が信じるとでも思っているの? 聞いたわよ。暴動の騒ぎに乗じて拘束具を外した奴隷が、周辺の森で山賊と化しているって。それに、アルマさんにあんな酷いことをするなんて……どちらも、大変な重罪だわ。それを棚に上げて、元の主人を陥れようとするの?」
「あんた、何を言って……」
「シエル、それ以上言っても無駄だ。どれだけ弁明しても、今の俺たちの言葉には説得力がない」
ゼネヒットを襲撃して、街に被害を与えたことは事実なのだ。
どちらにしろ、国の騎士である彼女が、俺たちを見逃すはずがない。
「それは、降参しないという意味かしら?」
「まぁ、そういうことかな。あいにく俺は、諦めやすい性分でね」
「諦めやすい? まぁ良いです……命令です! この者たちをひっ捕らえよ!」
どこか残念そうに告げたアンナは、一つため息を吐くと、待機していた兵士たちに向けて命令を出した。
その命令を聞いた兵達が、迅速に動き出す。
総勢40人はいるであろう兵達が、武器を構えて俺たちを取り囲もうと回り込んでくる。
その様を視界の端でとらえながら、俺はいまだに煌々と輝く左手とドワイトを見比べた。
そろそろ潮時だろうか?
頭の中をそんな考えが駆け巡る。
しかし、いまだに師匠からの合図は届いていない。
「考えている余裕があるのですか?」
しびれを切らしたように、突っ込んでくるアンナ。
そんな彼女に向けて右腕を前に突き出した俺は、即座に魔法を繰り出した。
アンナの胸元を貫いたラインが、彼女を城壁のさらに奥、街の上空へと吹き飛ばしてゆく。
これで少しは時間が稼げるだろう。そう考えた俺は、彼女と同じように自分とドワイトをラインに乗せ、空高くへと舞い上げた。
「ウィーニッシュ! 何のつもりだ!?」
突然空に舞いあげられたドワイトが、驚きの表情で俺に声をかけてくる。
「ドワイトさん! 陽動はここらへんで切り上げよう! さすがに分が悪すぎる」
上昇を続けながら告げた俺は、ドワイトの不満げな表情を無視して、東に右腕を伸ばす。
途端、ドワイトとリノが、まるで風に押されるように、東の森の方へと進み始めた。
対する俺は、ゆっくりと降下を始める。
「ウィーニッシュ!? おい! 何してる!?」
「俺が敵の足止めをするから! 先にみんなのところに戻って、守備を固めててください! それと! 今見たことを、みんなに伝えておいてください!」
国が絡んできた以上、アルマの救出がうまくいくかもわからない。
現に、ヴァンデンスからの合図が全くないのだ。
もし失敗したとき、森にいる皆がその情報を知る手段が、今のところ皆無だった。
それはある意味、勝ちを確信していたともいえるが、それ以上に、陽動班がここまで追いつめられることを想定していなかったことがある。
だからこそ、俺かドワイトのどちらかが、森に戻って、状況を説明する必要があると考えたのだ。
場合によっては、逃げる準備をしてもらう必要がある。
みるみる小さくなってゆくドワイト達。
しばらくすればジップラインの効果範囲から出てしまうだろうが、ドワイトなら風魔法で何とかできるだろう。
彼らの姿を見送った俺は、魔法を解除すると、自然落下に身を任せる。
眼下で俺を待ち構えるアンナと視線を交わした俺は、頭から落下しながら、腕を地面に向けて伸ばしたのだった。