第61話 猜疑心
モノポリーのリーダーと話がしたい。
俺のその言葉を待っていたのだろうか、女は満足げに笑みを浮かべると、足蹴にしていた刺客の遺体を蹴り飛ばし、俺の元へと歩み寄ってくる。
遺体を蹴る行為に文句を言いたくなる気持ちをグッと抑え、俺は大きなため息を吐いた。
そんな俺に対し、女は手を差し伸べてくる。
「アタシはクリュエルだ」
「俺は……まぁ、知ってるだろうけど、ウィーニッシュだ。こいつがバディのシエル。ところで……」
アンタのバディはどこに居るんだ?
そんな当たり障りのない質問を投げかけようとした俺は、意味ありげなクリュエルの視線を追って、口を噤む。
彼女が視線を向けているのは、西側の壁。
よくよく考えずとも、その壁の外では未だに戦いが続いているのだ。
「話は後だな」
短く告げたクリュエルは、それ以上何も言わず、西側の壁に向かって飛び去って行った。
俺もすぐに向かおうと思ったのだが、ふと視界に入った刺客達の遺体に気を取られてしまう。
「ニッシュ、どうしたの?」
地面に転がっている遺体を覗き込み始めた俺を訝しんだのか、シエルが声を掛けてきた。
訝しむ彼女の気持ちは分かるのだが、それ以上に、俺は遺体の傷跡に違和感を覚えたのだ。
「……どうなってんだ? これ」
刺客の衣服などを使って、溢れ出している血液になるべく触れないようにしながら、俺は遺体の首元を確認した。
まるで鋭い刃物で切り裂いたかのような一本の亀裂が、首筋に沿うように入っている。
その異様な傷を凝視しすぎた俺は、少しの吐き気と怖気を覚えながら、ゆっくりと立ち上がる。
指先に付着してしまった真っ赤な血液を刺客の衣服で拭った俺は、一旦頭の整理をするため、洞穴に向かった。
洞穴の入口付近では、体勢を整え直したザック達が、新しい武器を手に警戒を続けている。
「ザック、ちょっと良いかな?」
「ウィーニッシュさん? 何ですか?」
不思議そうに頭を傾げるザックを呼んだ俺は、他の皆には聞こえないような声音で告げる。
「そこに転がってる刺客達の遺体を、後で調べて欲しいんだ。特に、傷口が気になる」
「どうしてそんなことを? 彼女達とは協力するんじゃないんですか?」
「念のためだ」
短く告げた俺の目を見つめ返してきたザックは、少し疑惑を抱いたような表情を浮かべながらも、頷いてくれた。
そんなザックに軽く頷き返して見せた俺は、踵を返して西の壁に向けて歩き出した。
そこでようやく、今までの様子を黙って見ていたシエルが口を開く。
「ニッシュ、なんであんなこと頼んだの?」
「まぁ、それはあとで話すよ。今はまず、目の前の問題を解消しなきゃだし」
シエルの問いをあしらった俺は、これ以上質問するなと言わんばかりに、駆け出した。
駆けながら描いたラインで空に舞い上がり、壁の上に着地した俺は、眼下の光景を眺める。
結論から言えば、この時すでに壁の外の戦いは殆ど終わりかけていた。
なにしろ、師匠とクリュエル、そしてスキンヘッドの男が手を組んだのだ。負けるはずが無い。
あっけなく殲滅されたハウンズの刺客達が地面に転がっている様を眺めながら、俺は固唾をのんだ。
今は良い。
だが、将来的にクリュエル達が敵に回る日が来る可能性は充分にある。
理由は簡単だ。モノポリーにはあの傷の男がいる。
バーバリウスと真っ向からやり合っていたあの男が、モノポリーにおける重要な人物であることは、容易に想像できた。
場合によっては、アイツがリーダーだと言われても、俺は驚かない。
そんな奴に、俺は一度、要らないと言われている。
加えれば、復讐のために街全体を巻き込んでしまうような奴らなのだ。
マーニャや奴隷たちを誘拐しようとし、挙句の果てに、マーニャのことを凍らせた奴も、モノポリーにいる。
信用など、出来るわけが無い。
ではなぜ、俺がそんな奴らと話をしようとしているのか。
こいつらが力を持っているからだ。
「少年!」
戦闘を終えた師匠が、険しい表情を浮かべたまま、壁の上まで飛んでくる。
非情に滑らかな動きで着地をして見せた師匠は、間髪入れずに俺の両肩を掴むと、真剣な眼差しで問いかけて来た。
「手を組むってのは本気なのか?」
「そこまでは言ってない。ただ、話を聞く価値はあると思ってる」
「なんだぁ? 手を組む気が無いのか?」
俺と師匠の話しに割って入るように現れたスキンヘッドの男は、どうやら壁をよじ登って来たらしい。
それに続くように、クリュエルも俺達の傍に着地する。
「まぁ、話を聞きに来るってだけでも収穫だ。あとはボスと話して、決めてもらうさ。そのへんの話は、アタシらじゃできないしな」
「まぁ、詳しい話は壁の中に入ってからしよう。そう言えば、仮面をつけた女が南の森にいたんだけど」
「あら、覚えててくださったのですね。それは嬉しいですわ。でも勘違いしないでくださいね、私はあなたのことを許しませんわよ?」
「うわっ!?」
すぐにでも詳しい話をし始めそうなクリュエルに、俺がそう言った時。
空から仮面の女が現れた。
驚きのあまり声を漏らしてしまった俺は、気恥ずかしさを紛らわすように咳払いをする。
そうして、一瞬の沈黙を味わった俺達は、黙り込んだまま壁の中へと降りて、簡単な話し合いを始めたのだった。