第58話 隠してるお宝
「敵は前回と同じく、西からやってきました。今は、ヴァンデンスさんとドワイトさんが、壁の上から迎撃してます」
「西から? 数は?」
「正確には分かってません。前と同じような格好をしてたので、またハウンズからの刺客だと思います。で、こうして武器を配って回ってたところに、モイラさん達が戻って来ました」
ザックの言う通りなら、先に逃げた皆はちゃんとここに戻って来れたようだ。
一先ず安堵した俺は、気を取り直してザックに告げる。
「今回襲撃して来てるのは、ハウンズだけじゃないと思う。少なくとも、俺達を襲ったのは、バーバリウスの仲間じゃないはずだ」
「え? それじゃあ……」
「そうだ、あの日、ゼネヒットを襲撃した奴らの仲間が、一緒に来てる」
俺とシエルの顔を交互に見比べたザックは、不安げな目で西の壁を見上げた。
「西からだけ敵が来るとは限らない。すぐに見張りを東と南にも立たせよう!」
「そうですね! それはモイラさんにも言われました。既に数名ずつ、東と南の壁に向かってるはずです……北は」
「北から入って来れるような奴が居たら、そいつはそもそも、壁を無視して入って来れるだろ」
そう言いながら、俺は北に聳えている絶壁を見上げた。
山のように高いわけでは無いが、高くないわけでもない。
俺達の過ごしている洞穴があるその絶壁から飛び降りてくることが出来るのは、俺やヴァンデンスのように空を飛べる者くらいだろう。
だとするならば、そもそも壁なんて意味を成さないのだ。
そして、今回の襲撃者の中には、恐らく、北から侵入を試みる奴も含まれているだろう。
「飛び降りて来たら、俺達が迎え撃たなきゃいけないな」
「そうね。もう準備は出来てる?」
「とりあえず、母さんとアルマは洞穴に隠れててくれ。ザック、二人を頼んだ」
「あぁ。さぁ、二人とも、こっちだ!」
武器を抱えたまま洞穴の方へ小走りで向かうザック。そんな彼の後に着いて行く母さんとアルマを見送った俺は、腕を大きく動かしてストレッチを始めた。
先程、メアリーに蹴りを打ち込んだ時に、無理な動きをしたせいだろうか。
腰のあたりに鈍い痛みを感じる。だが、動かせない訳では無い。
それにしても、アルマのお陰で助かったが、よくよく考えれば先程の戦いは非常に危なかった。
「改めて、アルマにはお礼をしないとな」
未だに顔に残っている冷たい感触を思い出しながら、俺は周囲を見渡した。
と、その時、西の壁の方から、激しい衝撃音が響き渡ってくる。
「だあぁぁぁぁぁ! 邪魔くせぇんだよ! テメェら! 俺の邪魔をするんじゃねぇ! 小僧! 出て来い! ここにいるんだろ!? 俺と勝負しろ!」
どこかで聞き覚えのある、どすの利いた低い声。
続けざまに地面から響いて来る衝撃音を耳にした俺は、すぐにスキンヘッドの男のことを思い出した。
「アイツも来てるのか!? ってことは、間違いなく、傷の男達も動き出したって事か?」
「でも、ザックはさっき、ハウンズの手下って言ってたわよね? 何でその二つが、同時に襲ってくるの?」
「そんなの、俺が知る訳ないだろ? ちょっと様子を見てみるか?」
不思議そうにしているシエルに語り掛けながら、俺は右腕を上に掲げ、空へと上昇を始める。
なるべく壁の中の中心から遠ざからないように上昇を続けた俺達は、西の壁に目を凝らした。
壁の上では、ドワイト達が弓矢を構えており、外への牽制を行なっている。
そんな壁の外では、二つの勢力が一人の男に襲い掛かっているところだった。
襲われているのは、恐らく師匠なのだろう。
次から次に繰り広げられる攻撃を躱しつつも、壁への侵入を阻止し続けている。
師匠を襲っている二つの勢力のうち、一つは間違いなく、あの時見たスキンヘッドの男だ。
相変わらず無骨なガントレットを装着した腕で、ヴァンデンスを殴り飛ばそうとしている。
もう一つの勢力はと言うと、恐らくハウンズの刺客達なのだろう。身に着けている衣服も、前回の刺客達と遜色ない。
なにより、スキンヘッドの男によって何人もの刺客が地面に打ち付けられているので、間違いなく敵対関係にあるようだ。
「どうなってんだよあれ……ていうか、師匠はどうやって、あんな奴らを一人で食い止めてんだ?」
「……さぁ、わかんないけど……それより、ニッシュ。私気が付いたんだけど」
「気が付いた? 何が?」
「あのスキンヘッドも、さっきの仮面の女も、バディが見当たらないわ」
シエルの言葉を聞いて、改めてスキンヘッドの様子を確認しようとした俺は、猛烈な嫌な予感を覚えた。
「そいつは、気付いても口にしちゃいけないことなんだけど?」
背後から掛けられる、女性の声。
その声を聞いた途端、俺の全身を危険信号が駆け巡る。
考える間もなく、右手で発動していた魔法を解除した俺は、自分の肩や腰に意識を集中して、魔法を発動する。
すぐさま発動したポイントジップにて、俺の身体が前方に投げ出されると同時に、鋭い刃が、空を切る。
確かに耳で捉えたその音を聞き、俺は空中で方向転換を行なった。
もちろん、俺の背後に立っていたであろう人物と対峙するためだ。
「背中から襲い掛かるなんて、卑怯だな」
「ふ~ん? 結構使えるようになってんじゃん」
肩や腰辺りにポイントジップを何度も発動させて、空中に身体を留めながら、俺は女を睨みつける。
間違いない。この女もあの時、広場にいたメンバーの一人だ。
空を飛んでいるということは、風魔法を使えると言う事だろうか。
手にしているナイフの刃の部分を、じっくりと舐め回す女は、楽しそうに俺を見たかと思うと、眼下に視線を落とした。
「アンタ、あの時の暴走状態は解除されたのか? まぁ、その方が、アタシらとしてもやりやすいけど。でも良いのかねぇ? こんなところで油を売ってても」
「何を……!?」
女の視線に釣られて下に目を落とした俺は、思わず目を見開いた。
南の壁を越えて、ハウンズの刺客達が数名、壁の中に侵入していたのだ。
「なっ!? お前ら、アイツらと手を組んだのか!?」
「はぁ? そんなワケないじゃん? ただ、アタシらは、楽をして欲しいものを手に入れたいだけさ。アンタらが隠してる、お宝をね」
女はそう言うと、ニヤリと笑みを溢したのだった。