第271話 喰らい尽くす
「全く、使えない奴らだ。このようなガキ共相手に負けるとは」
「もう少し、当事者意識を持った方が良いと思うよ」
捕らえられているヘルハウンズのメンバーを見ながら告げるバーバリウスに、俺は軽口を返した。
当然、忌々し気に俺を睨んだバーバリウスは、すぐに気を取り直したのか、右肩に乗っているバステルを撫で始める。
「それで? 貴様らにとっての障害は俺様1人になったわけだが、どうする? 殺し合いを始めるか?」
「てめぇ、なに余裕ぶっこいてやがんだ!?」
バーバリウスの言葉に怒りを顕わにしたアーゼンが、こぶしを握り締めたまま殴りかかろうとする。
そんな彼を手で制した俺は、憮然とした様子のアーゼンに大きく頷いて見せた後、バーバリウスに返事をする。
「バーバリウス、俺は別にお前と殺し合いをするつもりは無いぞ? さっきも言っただろ? 奪うことにそれほどの価値は無い。ただ、正当な処罰が下るとは思うけど。それを決めるのは俺じゃないしな」
「奪うことにそれほどの価値は無い、か……果たしてそれは、真実なのか?」
ゆっくりと告げたバーバリウスは、不意にバステルを撫でる手を止めた。
心地良さそうに撫でられていたバステルは、少し不満そうな仕草をするが、特に文句を言うことは無い。
そして、一瞬の沈黙の後にバーバリウスが右手を動かし始めたその時。
俺の背後からバーバリウスに向かって声を掛ける者が現れた。
「バーバリウス。正直に答えよ。お前がこの国の転覆を企んでいたというのは、本当なのか!?」
魔法騎士達の中から歩み出しながら、高らかに問いかけたのは王だ。
護衛達の制止を振り払いながら、ズンズンと俺の傍まで歩み出た王は、口を堅く噤んだままバーバリウスを睨んでいる。
対するバーバリウスは、先ほど動かしかけていた右手をゆっくりと懐に入れながら、告げる。
「我が野望のためだ。仕方あるまい。それより、俺も陛下に聞きたいことがある。そのガキが陛下の息子だというのは、本当の事か?」
「そ、そのような事、今は関係ないであろう!! 貴様、はぐらかすつもりか!!」
「ちょ、国王陛下、下がってください!!」
怒りに任せてバーバリウスに詰め寄ろうとする国王。
そんな彼を制止しようと、俺が一歩を踏み出した途端、バーバリウスは懐から何かを取り出し、そのまま口元に持って行った。
『攻撃か!?』
そう思い、咄嗟に国王を抱えた俺は、後方に下がる。
そして、改めて俺がバーバリウスを見た時、彼は何かを飲み込んだところだった。
バリボリという咀嚼音から察するに、飲み込んだのは何らかの薬とかかもしれない。
『なんだ? バーバリウスは何を飲んだ?』
より一層の注意を払いながらバーバリウスを見つめる俺。
そんな俺の視線など気にしないかのように、そっと目を閉じたバーバリウスは、肩に止まっているバステルに手を添えながら話し始める。
「奪うことはダメなのだとお前は言うが、そんなお前の父親だという国王も、様々な者から多くを奪っているのではないか? その場合、この国の王たるものを、誰が処罰する?」
そう告げたバーバリウスは、俺や国王が返事をする隙を与えないかのように、目を見開いた。
直後、右手で力強くバステルを握りしめると、そのまま口元に持ってゆく。
「気に喰わん!!」
まるで、叫ぶようにそう言ったバーバリウスは、貪るようにバステルを喰らい始めた。
バステルの短い断末魔と、バリボリと言う咀嚼音が部屋の中に反響している。
そのあまりにおぞましい形相と迫力に、謁見の間にいる全員が沈黙した。
そんな中、貪るようにバステルを喰らい尽くしたバーバリウスは、続けてズボンのポケットから幾つかのモノを取り出した。
鷲掴みにするように握っているそれらが何なのか、目を凝らした俺は、4つだけ見て取ることができた。
1つ目は、何かの牙のような物。2つ目はフェニックスの羽。3つ目はシェミーの黄色い毛。4つ目はラックの羽。
それらを次々と口に放り込んだ彼は、ニヤッと笑みを浮かべる。
そんな彼の笑みを見た俺は、不意に理解した。
バーバリウスは今、捕食したんだ。と。
人がバディを捕食すれば、リンクに近い能力を得ることができる。
それを別の言い方をするなら、バディの能力を奪うと言えるのではないだろうか。
捕食をするためには、特殊な条件があると聞いていたけど、多分、それを解決するために、さっき薬を飲んだんだろう。
その技術は、バンドルディアから奪い取っているはずだ。
そこまで考えついた俺は、もう1つの事実を思い出していた。
焔幻獣ラージュは、元々バディで、一定期間ハウンズの管理下にあったのだ。
それが何を意味するのか、少し考えただけで分かる。
つまり、バーバリウスはいつの日かラージュの能力を得るために、準備をする時間があった。
『ニッシュ、これってヤバいんじゃない!?』
俺と同じ考えに至ったのか、シエルが頭の中で叫ぶ。
そんな彼女に賛同するように、俺も叫んだ。
「ヤバい!! 皆、すぐに撤退だ!! 国王陛下も!! 今すぐ王城から離れてください!!」
俺の叫び声が部屋に響くのと同時に、バーバリウスの身体が膨張を始めた。
全身の肉が真っ赤に染まり、ボコボコと膨れ上がってゆくその様は、俺に不快感を抱かせる。
見る見るうちに謁見の間の天井にまで到達したバーバリウスの身体は、まさに肉の塊と呼ぶべき状態だ。
そんな肉の塊から、突如として、幾本もの触手が飛び出してくる。
それらの触手は、割れた窓から逃げ出そうとする人々に襲い掛かった。
魔法騎士も俺達も、逃げることと自分達の身を守ることで精いっぱいだ。
結果、拘束されて身動きが取れなかったヘルハウンズのメンバーだけが、肉の触手に取り込まれてしまう。
そんな様子を割れた窓の縁に立って見送った俺は、他に逃げ遅れている人が居ないことを確認する。
もう少しで、バーバリウスだった肉塊が、謁見の間を埋め尽くしてしまいそうだ。
「これは……気持ち悪いな」
思わずそう呟いた俺は、皆の後を追って窓から飛び降りた。
眼下では風魔法で安全に着地したらしい皆と魔法騎士達が、王城から離れるように動き出している。
取り敢えずは全員無事だということを確認し、ジップラインを展開した俺は、王都の上空に向かう。
マーニャ達に、すぐに逃げるように言わないといけない。
そんなことを思った瞬間、背後の王城から、何かが破壊されるような音が響いてきたのだった。