第270話 頼もしい仲間達
マーニャとヴィヴィに支えられながら、その場に立ち上がった俺は、少しずつ薄れてゆく煙幕に視線を移した。
今のところ、フィリップに動きは無い。かといって、油断をしても良い状況ではないことを、俺は理解している。
「マーニャ、ヴィヴィ、このまま船に戻って待機を……」
「まだそんなこと言うの? ニッシュ、私達も援護するわ。どうせ、フィリップ団長相手に距離なんて意味がないでしょ?」
「それは……」
「それに、敵は団長だけじゃないのよ?」
そう言ったマーニャは、おもむろに空を指さした。
彼女の指した方へ目を向けた俺は、編隊を組んだグリフィンが王城の元へ飛んできているのを目にする。
「あー……あれは面倒くさそうだな」
「グリフィン隊については、私達に任せて。バンドルディア先生が、対策を用意してたみたいだから」
マーニャの告げた言葉の意味を測りかねていた俺は、次の瞬間、その真意を理解する。
ゆっくりと王城の上空を旋回していたタイニーバタフライ号が、グリフィン隊に向けて進路を変えたんだ。
そのまま、無防備に突っ込んでゆく船の様子に俺が焦りを抱いた途端、タイニーバタフライ号から甲高い音が鳴り響いた。
直後、王城にまっすぐ飛んでいたはずのグリフィン隊が、隊列を乱して散り散りに逃げ惑い始める。
「何が起きてるんだ?」
「私も詳しいことは知らないけど、多分、グリフィンの苦手な音でも出してるんじゃない? 先生ったら、その他にもこっそりと船に仕掛けをしてたみたいだし」
「……流石はバンドルディア先生だな」
「そうね、ってことで、ニッシュはこのまま団長の相手をお願いね」
「分かった。なんていうか、逞しくなったな」
「それ、女の子に言うセリフ?」
「間違いじゃないだろ? 本当に頼りになるし」
「それはお互い様でしょ? それよりほら、もう行かないと」
「あぁ、2人とも気を付けて」
「ニッシュも、気を付けてね」
別れを告げた俺達は互いに背中を向けて、各々の敵に向き直った。
俺は、煙幕の中から歩み出て来るフィリップに。
ヴィヴィの背中に乗ったマーニャは、タイニーバタフライ号を取り囲みつつある魔法騎士達に。
特にタイミングを合わせたわけでも無く、同時に前に踏み出した俺達は、そのまま戦闘を開始する。
剣を持ったままこちらを見つめてきているフィリップの周りを、反時計回りに走り始めた俺は、2時の方角にたどり着くと同時に、雷魔法を放った。
死角からの雷撃を、躱せるものなどいない。常人ならば、そうなのだろうが、フィリップは難なく躱してしまう。
空気をつんざくような轟音が鳴り響くと同時に、光を纏って姿を消したフィリップ。
彼の立っていた足元の屋根を、雷撃が穿ったのを見た俺は、即座に光を纏った。
直後、背後にさっきを感じた俺は、トルネードジップを発動する。
足元から螺旋を描いて上昇するラインに、両足を乗せた俺は、その回転力に身を任せて振り返った。
そこには当然のように、剣を振り上げたフィリップが居て、トルネードジップに翻弄されながらも、俺に斬撃を喰らわせようとしている。
そんな彼の剣の柄に狙いを定めた俺は、回転力を乗せた右の拳を、勢いよく叩き込んだ。
途端、俺とフィリップの発している光が、激しく明滅する。
振り下ろされたフィリップの剣は、俺の右の拳によって弾かれ、大きく軌道を歪ませた。
俺は、左腕の横を掠めていった刃を咄嗟に掴み取る。
剣の刃を握りしめたのだ、当然ながら手の平に怪我を負うことになるが、この程度の痛みなら耐えることができる。
痛みを覚えながらも、力強く剣の刃を握りしめた俺は、フィリップの追撃が来る前に右の拳を繰り出した。
渾身の力を込めた俺の拳には、光魔法による速度とポイントジップによる衝撃が上乗せされている。
そんな拳を受けたフィリップの剣が、ただで済むわけもない。
殴りつけたと同時に、鈍く重たい反動を受けた俺は、勢いよく後方へと弾き出された。
反動を利用して空中で一回転し、後ろに滑りながらの着地を決めた俺は、同じようにはじき出されたフィリップの様子を伺う。
体勢を低くして、バランスを取りながら着地を決めたフィリップは、右手に剣の柄を握りしめている。
しかし、その剣には刃が無かった。
そんな刃は、フィリップから少し離れた屋根に突き刺さっている。
「よしっ!!」
作戦が上手く行ったことで、思わず声を上げた俺に、フィリップが笑いかけてくる。
「余裕だな。まぁ、当たり前か」
そう呟いた俺が、再び身構えたその時。
屋根に空いた穴から、少女の声が響いてきた。
「フィリップ!! 今すぐに……!!」
焦りと怒りにまみれたようなその声は、チェルシーのものだ。
恐らく、フィリップに新たな命令を下そうとしたのだろう。
しかし、そんな彼女の声は、最後まで言い終える前に途切れてしまった。
謁見の間では何が起きているのか、少し気になってしまった俺は、直後、対峙していたフィリップが膝から崩れ落ちたことに気が付いた。
うつ伏せ状態で、身動き一つしなくなったフィリップ。
あまりに唐突なこの状況を飲み込めないまま、彼の元にゆっくりと歩み寄った俺は、倒れているフィリップの呟きを耳にする。
「身体が……動かない」
そう言った彼は、うっすらと笑みを浮かべながら俺を見上げ、そうして、大きな声で笑い始めた。
「ウィーニッシュ君!! 私は君たちに感謝しなければならないみたいだよ!!」
笑いながらそう告げるフィリップの様子を見て、俺は事態を理解する。
急いで倒れたままのフィリップを担いだ俺は、屋根に空いた穴の元へ向かった。
そうして、謁見の間の様子を覗き込んだ俺は、思い描いていた状況を目の当たりにする。
全てのヘルハウンズのメンバーが、仲間たちによって拘束されていたのだ。
中でも、フィリップに命令を出していたチェルシーは、頭以外をメアリーに氷漬けにされたうえで、ラックによる催眠をかけられている。
本当に頼もしい仲間達だ。
そう思った俺は、フィリップを担いだまま穴の中へと飛び込んだ。
着地前にジップラインを展開した俺は、落下の勢いを殺すように旋回しながら、謁見の間の中央に降り立つ。
そうして、唯一拘束されていないバーバリウスを睨みながら、チェルシーの傍にいるヴァンデンスに歩み寄った。
「ヴァンデンス、一応フィリップ団長も眠らせておいてくれ。俺は、あいつと話があるから」
「任せとけ」
そう告げるヴァンデンスにフィリップを任せた俺は、ゆっくりとバーバリウスの前に向かう。
対するバーバリウスは、慌てる様子を全く見せずに、俺を睨みつけていた。
『ニッシュ。警戒しなさいよ!?』
『分かってる。こんな状態になるまで逃げなかった時点で、こいつは何か奥の手を隠してるはずだ』
警戒を促してくるシエルに賛同した俺は、そこで足を止めて身構えた。
一度大きく息を吸い込むことで、胸の内からあふれ出しそうな様々な感情を飲み込んだ俺は、ゆっくりと口を開く。
「終わりだ。バーバリウス。これ以上抵抗しても無駄だぞ」
そう言った俺の言葉を静かに聞いていたバーバリウスは、おもむろに頭上を見上げると、高らかに笑う。
彼の右肩に乗っている鷹型のバディ、バステルは、対照的に冷ややかな表情をしているように、俺には見えた。
そして、ひとしきり笑い終えたらしいバーバリウスは、再び俺に視線を戻したかと思うと、笑みを浮かべたまま話し始めたのだった。