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第269話 死を覚悟

 急な勾配のついた屋根の上をゴロゴロと転がった俺は、小さな突起に掴まることで勢いを殺すことに成功した。


 俺と同じように屋根を転がっていたフィリップも、少し下の方で体勢を立て直そうとしている。


 そんな彼を見た俺は、丁度俺とフィリップの中間に剣が転がっていることに気が付いた。


 即座に立ち上がり剣を拾おうと跳び出した俺は、ほぼ同じタイミングでフィリップが動いたのを目にする。


 2つの光が交差し、直後、激しい衝撃が王城を揺らす。


 その衝撃は、フィリップと俺がすれ違う際に1撃ずつ殴り合った時のものだ。


 硬い鎧を殴った右の拳と、フィリップの拳を受けた左わき腹が、ズキズキと痛みだす。


 おまけに、左肩からの出血は止まらない。


 それらの痛みを覚えながら踵を返した俺は、同様に俺の方へ向き直るフィリップの姿を見上げた。


 速度はほぼ互角、威力は俺の方が少し上、防御は鎧を着ているフィリップが優位にある。


 この場合、屋根の上部に位置取っているフィリップの方が少しだけ優位と言えるかもしれない。


 そう考えた俺は、中間地点に転がっている剣に注意を向けながらも、口を開いた。


「フィリップ団長。ずっとダンマリを決め込んでますけど、何か言っておきたいこととかないんですか?」


「君は私の状況を知っているんだろう? 今の私には、自分自身の意思は無いに等しいのだよ。どうやら、それも込みで、君達は動いているようだけどね」


「意思は無いと言いつつ、会話はできるんですね……!?」


 意外にも冷静な返事が返ってきたことに、俺が関心を示した途端、棒立ちしていたはずのフィリップが身構えた。


 その姿を見て、俺も咄嗟に身構える。


「言っただろう? 私の意思なんて関係ないんだ。体が勝手に動くんだよ」


 完全に諦めてしまっているらしいフィリップは、そう言いながらも勢いよく一歩を踏み出した。


 両腕を大きく広げた彼は、右手で無数の氷の槍を作り、左手でそれらに風を纏わせる。


 そうして勢いよく放たれた無数の氷の槍は、ある一定の距離を屋根と平行に進んだかと思うと、一斉にはじけた。


 まるで花火のようなその攻撃を目の当たりにした俺は、弾けた無数の氷の矢が俺に向かって収束しつつあることに気が付く。


「器用な使い方しますね!!」


 前後左右に加え、上方のあらゆる角度から降り注いで来る矢。


 それらを一瞥した俺は、思い切り足元の屋根を踏み砕いた。屋根の表面には放射状にひびが駆け巡る。


 それだけ確認した俺は、右手の指先から伸ばしたラインで、崩れた屋根の表面を拾い上げ始めた。


 ラインに乗った多くの瓦礫は、一定の速度で俺の周囲を旋回し始めると、簡易的な防御壁を構築する。


 以前、カナルトスで実践した水の壁を、瓦礫で再現したのだ。


 それらの瓦礫が氷の矢を弾き始めたことを確認しつつ、一歩を踏み出した俺は、そのままフィリップに向けて突進した。


 対するフィリップはと言うと、いつの間にか剣を拾い上げており、身構えている。


 時折、瓦礫の隙間から飛び込んでくる氷の矢で、腕や頬に小さな傷を負った俺は、それでも足を止めることなくフィリップに突っ込んだ。


 流石に旋回する瓦礫の中に突っ込むつもりは無いフィリップは、大きく後ろに後退する。


 そんな彼に向けて、旋回している瓦礫を幾つか蹴りつけた俺は、既に氷の矢が全て落ちていることを確認した。


 もはや防御のために瓦礫を保持する必要はない。


 そう判断した俺は、旋回している瓦礫を右手と尻尾を駆使して、フィリップに撃ち込み続ける。


 手や尻尾のポイントジップで打ち出された瓦礫は、まるで銃の弾丸のようだ。


 後退しながらそれらの弾丸を捌いてしまうフィリップは、やはりただ者ではない。


「いい加減に1発くらいは喰らってくださいよ!!」


「それは嫌だな。痛そうだし。あ、それと、さっきの雷もやめて欲しいな。あれはかなり痛いから」


「痛いで済んでる意味が分からないんですけどね!!」


 そんな言葉を交わしながら、一方的にフィリップを屋根の上部に追い込んでいった俺は、少し先の屋根に穴が開いていることに気が付いた。


 間違いなく、その穴は俺とフィリップが突き破った穴だ。


 と言うことは、その真下に謁見の間があるはず。


『皆は無事だよな? 早くフィリップを無力化して、戻らないと』


 俺がそんなことを考えたその時。


 不意にフィリップが大きく前に踏み込み、俺の懐まで潜り込んでくる。


 全身傷だらけになりながら剣を低く構えた彼は、俺の身体を斜め下から切り上げるような斬撃を放った。


 別のことを考えていた上に、フィリップの斬撃があまりにも速かったせいで、俺はその斬撃を避けきれない。


 右の腰から左の肩にかけて、大きく切り裂かれた俺は、目の前に真っ赤な液体が飛び散るのを見ながら、後方に倒れこんだ。


 身を焼くような熱が、胴体から頭にジワーッと広がってゆく。


 その熱に圧迫されるように、俺は強烈な息苦しさを感じた。


 咳をしようにも、少しでも力めば全身に激痛が走る。


 そんな状態であおむけに転がっている俺を、傍らに立つフィリップが見下ろしている。


「残念だよ」


 短く告げるフィリップに返事をすることもできない俺が、苦しみの中で死を覚悟したその時。


 俺達の頭上を、巨大な影が横切った。


 一瞬、何が起きたのか分からなかった俺の耳に、聞き覚えのある声が届く。


「ニッシュ!!」


 その声は、俺達の頭上を横切った影から落下してきている。


 空高くから落下してくるその人物は、身に纏ったスカートや栗色の長い髪が乱れてしまうことも厭わないらしい。


 翼も持たず、風魔法も使わず、手にしている弓矢でフィリップを狙っているその女性は、まっすぐに俺達の元に落ちてくる。


 そんな女性を見上げたフィリップが、今まさに動こうとしたその時、彼女は矢を放った。


 真っ直ぐに放たれた矢は、フィリップの脳天に向かって飛んでゆく。


 当然のように剣で矢を弾いたフィリップは、直後、その表情を曇らせた。


 その理由を説明するかのように、弾かれた矢の先端から、濃い煙が発生する。


 あっという間に、俺やフィリップを包み込んでしまった煙。


 視界が暗くなった状態で、身動きもできずにいた俺は、突然何者かに引きずられた。


 まるで戦線を離脱するように、煙から離された俺は、少しずつ痛みが引いてゆくことに気が付く。


 そこまで分かれば、今何が起きているのか推測できる。


「……どうして来たんだ?」


 ゆっくりと上半身を起こした俺は、すぐ傍にいる女性達に向けて、そう問いかけた。


「どうして? はぁ……あんな場面を見せられて、私がじっとしてられると思ってるの? ねぇ、ヴィヴィ」


 そう告げたマーニャに賛同するように、ヴィヴィが激しく頷いて見せる。


 2人の様子に思わず笑みを溢した俺は、頭上を飛ぶタイニーバタフライ号を見上げて、呟いたのだった。


「ほんと、俺って助けられてばっかりだな」

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