第266話 弱者の宣誓
アーゼン達が謁見の間に揃ったことで、3つの勢力が一堂に会することになった。
1つは、もちろん俺達だ。ゼネヒット陣営とでも言おうか。
もう1つは、謁見の間の入り口付近に位置取って、こちらを睨みつけているハウンズ陣営。
そして最後が、俺達と玉座を挟むような位置で防御陣形を取っている、国王陣営。
人数的に言えば、国王陣営が最も多く、俺達とハウンズ陣営がほぼ同数と言ったところだ。
とは言っても、まぁ、フィリップ団長を拘束した俺達が優勢だというのは明確だよな。
後は、ハウンズを全員鎮圧して、国王の無事を確保できれば、俺達ゼネヒット陣営の勝利と言えるだろう。
「さてと、みんな、準備は良いか?」
「あぁ、俺はいつでも良いぜ!!」
「当たり前ですわ。これまでの雪辱、ここで晴らしましょう!」
やたらとやる気満々のアーゼンとメアリー。
そんな2人の言葉を聞いた他の面々も、大きく頷いて見せると、改めてハウンズに対峙した。
対するハウンズ陣営も、各々の武器を構えながら俺達を睨みつけている。
と、今にも戦闘が始まりそうな雰囲気が漂い始めたその時。
国王陣営から、白い翼を持った騎士が飛び出した。
勢いよく天井付近まで上昇したその騎士、アンナ・デュ・コレットは、金色の髪を靡かせたかと思うと、躊躇することなく氷魔法を放った。
鋭く放たれた氷の槍は、まっすぐに、バーバリウスの元へと飛んで行く。
しかし、そんな氷の槍は、バーバリウスを守る槍の男によって弾き落とされてしまった。
そんな様子を見たアンナは、小さく舌打ちをしながら、俺に向かって告げる。
「ウィーニッシュ。仕方がないから加勢してあげるわよ」
「アンナ。それは心強い。でも今は、陛下を守っててくれないか? 陛下の身に何かあったら、全部おしまいだろ?」
「残念だけど、加勢するように言ったのは陛下だから、私にもあんたにも、拒否権なんてないわよ。その代わり、加勢できるのは私だけだけどね」
「そっか、それは甘んじて受け入れるしかないな。だったらアンナにお願いがあるんだけど、この枷、解除してくれない?」
「とる必要あるの?」
「当たり前だ! 必要ないって言うなら、アンナも背中に手を回した状態で戦ってみろよ、結構肩が凝って、しんどいんだぞ?」
「分かったわよ。ほら、これが鍵」
アンナが放り投げた鍵をキャッチしたのは、俺の隣に立っていたカーズだ。
すぐにその鍵で腕の拘束を解いてもらった俺は、腕と肩をストレッチしながら、バーバリウスに語り掛ける。
「悪いな、長々と話してしまって。そろそろ始めようか」
「その前に、お前に1つ聞いておきたい」
「ん? 珍しいな、どうしたんだ?」
「お前は何を望んで、そんなところに立っている?」
そう言ったバーバリウスは、俺達や国王陣営に視線を流したあと、小さく嘲笑した。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。正直、あのフィリップがお前ごときに負けるなどと、俺は思っていなかった。侮りすぎていた。だからこそ、なぜお前はそちらに立っている?」
そこで一旦言葉を切ったバーバリウスは、両手を大きく広げると、声高に告げた。
「それだけの力があるのならば、何もかもが思いのままであろうに!! なぜ貴様は、そのような者達に与しているのだ!? 俺様と来い!! そうすれば、望むもの全てが得られるだろう!! このような地獄に、甘んじる必要はないのだ!!」
彼の言葉を聞いた俺は、以前にも同じようなことを聞かれたことを思い出していた。
それは確か、メアリーを助けるためにデカウ村でスタニスラスと対峙した時。
あの時、奴に問いかけられた内容と、酷似している。
そして、その時の俺は確か、ヴァンデンスの言った言葉を借りて、答えたんだ。
自分の思い通りに世界を作り直せるような、世界一強い男になると。
その当時は、ただ単に強くなれば、自分の思い通りに世界を、環境を作り直すことができると、俺は思っていた。
だけど、今の俺は違う。いや、俺達は違う。
ハウンズに対抗するために、多くの仲間を集め、ダンジョン内に町を作り、終いにはゼネヒットを取り返した。
その過程で、俺は知らないうちに、自分たちの生きてゆく場所を、意味を、そして希望を、作り上げていたんだと思う。
傍から見れば、そんな俺達の姿は滑稽に見えたかもしれない。
だけど、俺は知ったんだ。
この厳しい世界には、たった一人でもっと無謀なことに取り組んでいる、優しい存在が居る事を。
その神様は、ふさふさの毛並みを持っていて、俺達人間にバディと言う相棒を与えてくれた。
いつも寄り添ってくれている存在。
彼女のことを、俺は笑う気にはなれない。彼女から、何かを奪う気にもなれない。
そして、できる事なら、彼女と一緒に、世界を作っていきたいと思っている。
俺の持っている全ての力は、そのために与えられたのだと。俺は思う。
そう思った俺は、ふと、両手の甲に視線を落とした。
甲にある紋章は全く発光しておらず、存在感の欠片もない。
そんな紋章を数秒の間見つめていた俺は、自身の中にあった紋章に対するイメージが、大きく変わっていることに気が付いた。
その気づきに、少し驚きを抱きながらも、俺はバーバリウスに言葉を返す。
「お前は、望むもの全てを、どうやって手に入れるつもりなんだ?」
「愚問だな。足りないのなら、奪えばいい。欲するのなら、奪えばいい。それだけのことだ」
「それで、今、お前の手元には何が残ってる?」
「……何が言いたい?」
「俺達は、お前に多くのものを奪われた。それでも、今ここに立ってる。どうやったと思う? お前みたいに、誰かから奪ったんじゃない。皆で作り上げて来たんだ。そして、お前からゼネヒットを奪い返した。奪われるだけだった弱者が、奪うことしか考えていない強者から、奪い返したんだ。この意味、分かるか?」
「……」
口を噤み、俺を睨みつけて来るバーバリウス。
そんなバーバリウスを睨み返した俺は、声高に宣言したのだった。
「何度奪われても、何度失っても、俺達は全部作り直すことができる!! 決して諦めない!! そしてバーバリウス、もうお前が俺達から奪えるものは、何一つないと思え!!」