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第264話 能ある鷹

「まずは、私のような下賤な民の言葉を聞き入れて頂けるご厚意に、感謝を申し上げます」


 俺がそう言うと、謁見の間に幾つもの失笑が零れた。


 それらの笑いを聞き流しながら、俺は言葉を続ける。


「そのご厚意に乗じる形ではありますが、私から2つほど、ご提案をさせていただきたく思います」


 言葉を切り、ゆっくりと右手を上げた俺は、人差し指を突き立てたまま提案する。


「1つ目です。我々に奴隷を売っては頂けませんでしょうか。もちろん、支払いはエレハイム王国の通貨にて支払わせて頂きます」


「ほう……1つ聞いておこう。なぜ、貴様らは奴隷を望む?」


「簡単なお話です。我々には労働力が足りていません。その上、貴国において現在、通貨に用いる金属の不足が問題になっていると聞き及んでおります。その原因に、我々の行動が関わっている可能性があります故、謝罪の意味も込めて、お支払いしたいと考えます」


 意識的に淡々と、その上で大胆に見えるように、俺は堂々と言葉を発した。


 今の俺の発言は、聞き取り方によっては脅しにも聞こえるだろう。


 その証拠に、部屋にいる多くの官僚と思しき者たちが、ざわつき始めている。


 そんな中でも、表情一つ変えずに俺を凝視してくる国王は、やはりただ者ではないのかもしれないな。


 周囲の様子を観察しながら、一人で感心していた俺は、直後、一人の男がスッと一歩前に歩み出したのを目にした。


 その男は部屋にいるどの官僚たちよりも豪華な衣服を身に纏っている。


 静かな仕草で国王に一礼をしたその男は、厳かな声音を発した。


「陛下。1つ進言したいことがございます」


「ジュトーか。申してみろ」


「はっ」


 ジュトーと呼ばれた男は、深々とした礼から頭を上げると、俺のことを睨みつけながら告げた。


「この者共は逆賊です。そのような者と取引をする必要はないものと考えます。仮に奴隷を買い与えた場合、その奴隷を使って、この王都に攻め込んでくる可能性がございます」


「ふむ」


 ジュトーの進言を聞いた国王が、小さく頷いた。


 このままだと、提案が無かったことにされてしまうかもしれない。


『厄介な奴がいるなぁ……このジュトーってのは、宰相ってところかな』


『どうするの? ニッシュ』


『大丈夫。任せとけ』


 考え込む国王と、睨みつけて来るジュトーを見比べた俺は、一つ深呼吸をしたのちに、口を開いた。


「これは私の勝手な考えですが、エレハイム王国の魔法騎士団なら、奴隷ごとき相手にもならないのではないでしょうか? それに、国内では5年前までの雹幻獣ネージュの被害が、多く残っていると伺っております。となれば、我々が奴隷を買い取ることはつまり、通貨の返却を行うのと同時に、貴国にとっての負債を引き受けることに繋がると考えます。そういった意味での謝罪だということを、ご考慮願いたい」


 俺の説明を聞いた国王は、しばし考え込んだ後、ジュトーに問いかけた。


「……ジュトー宰相よ、どう思う?」


「検討の余地はあるかと……」


「どうか。では、お主の権限で検討を進めよ」


「承知いたしました」


「して、もう一つの提言とはなんだ? 申してみよ」


 完全に蚊帳の外に追いやられていた俺は、国王のその言葉で、一気に交渉の場に引き戻される。


 何とか1つ目の提案が上手く行きそうなことに安堵した俺は、2つ目の提案を始めた。


「2つ目についてですが、まずは1つお尋ねしたいことがございます」


 そう切り出した俺は、短く告げる。


「私はなぜ、処刑されるのでしょうか?」


「貴様! 何を馬鹿なことを!!」


 すかさず怒鳴り声をあげるジュトーを完全に無視した俺は、国王を鋭く見つめたまま、次々と問いかける。


「私が武力を持っているから? それとも、金を持っているから? 反逆の意思があるから? 奴隷だから? どういった理由で、私は処刑されるのでしょうか?」


「この期に及んで、貴様は……」


「ジュトー宰相、少し黙らんか」


 怒りを顕わにするジュトーを、国王が制止する。


 そして、俺のことを睨みつけた国王は、低く重たい口調で問い返してきた。


「何が言いたい?」


「私は、具申しているのでございます。処罰を下す相手を間違えるなと」


 いったんそこで言葉を区切り、一呼吸した俺は、部屋中に聞こえるようにはっきりと告げた。


「能ある鷹は爪を隠す。という言葉があります。その鷹は、なぜ爪を隠すのでしょうか。答えは簡単です。獲物に悟られてしまえば、逃げられてしまうから。武力も金も権力も。あらゆる力を持ちつつ、その力を隠し、陛下の傍に侍っている。そんな者こそ、獲物を狙う狩人だとは思いませんか?」


 言い終えると同時に、俺はそっと左の方に顔を向けた。


 俺の視線の先には、こちらを忌々し気に睨みつけてきている男が、人々の中に雑じって立っている。


 自然と、部屋中の視線がその男―――バーバリウスに集まった時。


 国王が今一度俺に問いかけてくる。


「何が言いたい?」


 そんな問いかけに、俺は横を向いたまま応えた。


「分かりませんか、陛下? 私は案じているのです。エレハイム王国の国王である陛下の身を。1人の人間として、そして、1人の息子として」


「無礼者!! 王族を騙るなど!!」


「……今、なんと!?」


 無礼者と俺を罵倒するジュトーと、小さく呟く国王。


 2人の声を聞いた俺は、しかし、完全に無視した。


 なぜなら、今はそれどころではなかったからだ。


 俺の発言を受けて、バーバリウスがどのような反応を示すのか、確かめなければならない。


 そのために、忌々しい男の顔を凝視していた俺は、目撃する。


 驚きと焦りに目を見開き、咄嗟に口を開いたバーバリウスの表情を。


 同時に、俺の耳は1つの声を聞き取っていた。


 それは、幼い少女の甲高い声。


 その声は、はっきりと、とある人物に向けて、こう告げていた。


「その子供を殺しなさい!!」


 直後、俺は胸元に激痛を覚える。


 ゆっくりと視線を胸元に落とした俺は、1本の剣が胸を貫通している様子を目の当たりにした。


「何事だ!!」「何をしている!!」「どういうつもりだ!!」


 騒然とするあたりの罵声を耳にしながら、俺はその場に崩れ落ちた。


『痛ってぇな……』


『ニッシュ、大丈夫?』


 頭の中で響くシエルの声に、俺はいつも通り返事をする。


『あぁ、ここまでは作戦通りだ』


 そう思うと同時に、俺は背中で拘束されている手で、ズボンのポケットを探った。


 そして、あらかじめ後ろのポケットに入れていた例のペンダントを握りしめる。


 直後、胸元から全身に広がっていた痛みが、スーッと薄れてゆくのを感じた。


 騒然とする謁見の間の中心で、うずくまったままの俺は、痛みが完全に引くのを待って、ゆっくりと立ち上がる。


 必然的に、驚愕のまなざしが注がれる中、俺は勝ち誇ったようにバーバリウスに視線を投げて、告げたのだった。


「爪を出したな、バーバリウス」

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