第263話 謁見の間
王都ネリヤに突入する準備を整えた俺は、シエルとリンクするとほぼ同時に、光魔法で地上へ降りた。
そして、正門前に着地し、声を張り上げる。
「王都ネリヤに住まわれています貴族の皆々様! 魔法騎士の皆様! そして、ニコラ・ド・エレハイム国王! ウィーニッシュでございます。少しお話がしたくて伺いました。よろしければ、平和的に対話できないでしょうか?」
そんな俺の言葉を聞いて門から出てきたのは、アンナと、フィリップ団長だ。
鎧に身を包んだ2人は、片手を剣の柄に携えながら歩み寄ってくる。
「ウィーニッシュ。こんなところに何をしに来た!」
キッと俺のことを睨みつけて来るアンナに対して、俺は大げさに返事をしてみせる。
「アンナ様、お久しぶりでございます。元気そうで何よりです。フィリップ団長とは、初対面でございますでしょうか。私、ウィーニッシュと申します」
「君がウィーニッシュ君か。話には聞いてるよ。ゼネヒットの怪人。思っていたよりも礼儀正しいみたいだね」
「……で、どんなご用件でここに来られたのでしょうか?」
俺の仰々しい挨拶に調子を狂わされたのか、アンナが戸惑いながら問い直してくる。
『まぁ、6年前までの俺しか知らないアンナからすれば、変な気分だろうな』
思わず苦笑しそうになるのを堪えつつ、俺は単刀直入に要件を口にした。
「はい。先ほど申し上げました通り、対話をしたくて参りました。どうか、国王陛下の寛大な御心で、私めの話を聞いては頂けないでしょうか」
「アンナ、確認を頼むよ」
俺の言葉を聞いたフィリップが、アンナにそう指示すると、ハッと返事をした彼女が、そそくさと正門の方に駆けてゆく。
そんな様子を見届けた俺は、ニコやかな笑みを浮かべているフィリップに話しかけることにした。
「フィリップ団長は王都を守る要だと伺っております。そのお役目はかなりの重責だと思うのですが、しっかりと休息は取れているのでしょうか?」
唐突に語り掛ける俺に驚いたのか、一瞬怪訝そうな表情を浮かべたフィリップは、小さな微笑みを浮かべて応えた。
「少しは、と言いたいところですが。これでも魔法騎士団団長を務めているのでね。私の命はこの国を守るために使われているのです」
「使命……というやつですか」
「その通りです」
「それはそれは、とても殊勝な心掛けですなぁ。となれば、私もできうる限りお力添えをしなければなりませんね」
そう言った俺は、おもむろに空を見上げた。
まばらに浮かぶ雲と、地表を照らす太陽、そして、遥か上空を飛ぶ鳥たち。
まず間違いなく、空を飛んでいる鳥の中に、奴のバディが紛れているんだろう。
頭の片隅で思考を巡らせ、空の合間に視線を走らせた俺は、それらを見上げたまま呟く。
「今度こそ……私が、この国を守って見せますよ」
『ニッシュ、さっきから芝居でもしてるわけ?』
『うるさいな、少し黙っててくれよ』
頭の中で茶化してくるシエルに言い返しながら、俺は視線を落とした。
俺とフィリップの間には、明らかに変な雰囲気が漂っている。
そんな空気感に堪えていると、何やら手枷のようなものを持ったアンナが戻ってきた。
彼女に促されるままに、両手を背中で拘束された俺は、前後を2人に挟まれた状態で王都の中に入ってゆく。
王都の中を歩いている間、当然のことながら多くの視線が俺達に降り注がれた。
好奇の視線や蔑みの視線を全身に浴びながら、黙々と歩いた俺達は、すぐに王城へとたどり着く。
街の中もそうだが、王城の中は特に衛兵の数が多い。
まぁ、国の中枢に当たる場所だから、当然だけど。
そうして謁見の間とやらに通された俺は、大勢の視線に迎えられて王の御前へとやってきた。
俺のことを警戒してか、かなりたくさんの魔法騎士が武器を構えて俺を見つめている。
そんな敵のど真ん中に一人で立った俺は、謁見の間の最奥に居る人物に目を向けた。
絵に描いたような玉座に腰を下ろしている、髭面の男。
疑う余地もなく、その男こそがこの国の国王なんだろう。
『とりあえず、頭でも下げとくか』
敵に囲まれているにしては、やたらと冷静なことを考えた俺は、スッと身を屈めて王に礼をして見せた。
そのまましばらく、沈黙が部屋の中に充満する。
『あれ? こういう時って、どうするのが正解なんだっけ?』
やけに長い沈黙に、俺が小さな不安を抱き始めた時。ようやく王が口を開いた。
「貴様がゼネヒットの怪人か」
怒りがにじみ出てきているような、低い声。
その声に若干気圧されそうになりながらも、俺は、俯いたまま応える。
「はい。その通りでございます」
俺が応えると同時に、周囲がざわめき、何人かの衛兵が一歩を踏み出した。
しかし、それらのざわめきは一瞬にして沈黙に戻る。
多分、国王が制止したのかな。なんてことを考えていると、再び王の声が響き渡った。
「貴様はここがどこか分かっておるのか?」
「エレハイム王国の王都ネリヤでございます。国王陛下」
「そのようなことを問うておるのではない!! 貴様が、この王城の中にたった一人で居ることの意味を知っているのかと言っておるのだ」
「分かっております」
「ほう。分かっていると申すか。となれば、この先どうなるか分かった上で、訪れたということだな?」
「はい。まず間違いなく、私はこの後処刑されるでしょう」
「覚悟はできている。と?」
「はい。ですが、1つだけ国王陛下に具申したいことがありますので、こちらに参らせて頂きました」
そこで一旦言葉を切った俺は、少しの間沈黙した。
必然的に謁見の間には再び沈黙が充満する。
この沈黙を破ることができるのは、国王だけだろう。
そう思った俺の予測は正解だったようで、ゆっくりとした声が、玉座の方から帰って来た。
「よかろう。頭を上げて、述べてみよ」
言われるがままに下げていた頭をゆっくりと上げた俺は、今一度、玉座に座る国王に目を向ける。
そして、静かに謁見の間を見渡して、目当ての人物を見つけた俺は、改めて国王に向けて口を開いたのだった。