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第262話 切って落とされた

 エレハイム王国の北部に位置する王都ネリヤは、非常に壮観な外観をしている。


 白を基調とした石造りの街並みと、8本の塔、そして炎と氷をモチーフにしたような独創的な王城。


 見る者によっては、威厳や美しさまで感じさせるその王都に、憧れを抱く者は多かった。


 しかしながら、この王都に住むことを許されているのは、王族と貴族、そして彼らに連なる者だけという制約がある。


 更に、王都の中で働く者達は、最外周の簡素な街に全員集められていて、一定の行動制限をかけられる。


 すなわち、王都中央のエリアに立ち入ることができないのだ。


 そこに入ることができるのは、王族から選ばれた一部の貴族、そして王城防衛に関わる者だけである。


 ある意味、これらの制約があるからこそ、王都ネリヤは多くの人間に憧れを抱かせていたのかもしれない。


 そんな王都の姿を、真剣な表情で見つめている1人の少女が居た。


 彼女がいるのは、王都ネリヤの南の上空。


 タイニーバタフライ号という名の付いた飛行船が、ゆっくりと王都に向かって進んでいる。


 この飛行船は4つの大きな熱気球で浮力を生み出し、木造のゴンドラを浮かび上がらせているようだ。


 そんなゴンドラの船首には、申し訳程度の甲板があり、そこにくだんの少女が、長い栗色の髪をなびかせながら立っている。


 彼女は、静かに前方を見つめていたかと思うと、大きく息を吐き出し、足元に居るバディに声をかけた。


「デセオ。あれが王都なんだって……」


「マーニャ、そんなへりっちょに立ったら危ないよ!! もっと内側に立ちなよ」


「大丈夫だって、ほら、デセオも見て」


 そう言った私は、逃げ出そうとするデセオを抱え上げると、進行方向に見える王都の様子を彼に見せた。


 恐る恐る目を開けたデセオは、王都の様子を目にすると同時に、感嘆の声を漏らす。


「わぁ……すごいや、僕の想像以上に大きな街だね。それに、ウィーニッシュが言ってた通り、空からキラキラが降って来てるよ」


「そうね。……あれがフィリップ団長の防衛魔法か」


 そう呟いた私は、激しく靡く髪を右手で押さえる。


 そろそろ髪の毛を切らないと、長すぎるかもしれない。だけど、変に切っちゃうのはもったいないかも。


 一瞬、そんなことを考えた私は、踵を返して、操縦室に繋がる扉へ向かった。


 甲板上を吹き荒れていた風は、扉を閉めることで完全に遮断される。


 そこでようやく、乱れた髪の毛を整えることができた私は、デセオを足元に降ろすついでに服を軽く叩いて、衣服を整えた。


 食堂で働いている時のスカートとシャツという格好は、少し地味だったかもしれない。


 もう少しお洒落な服を着てくればよかったと少し後悔した私は、そのまま通路を進む。


 暗くて狭い通路を少し歩くと、突き当りに梯子がある。


 その梯子を上って頭上の扉を押し上げた私は、眩い光に目を細めながら告げる。


「前方に王都の姿が見えました!」


「マーニャ。見張りご苦労様ですわ」


 真っ先に返事を返して来たメアリーに、軽く微笑みかけた私は、今しがた上って来た梯子の扉を閉める。


 バタンと言う音と共に扉が閉まるのを見た私は、次に部屋の中を見渡した。


 この操縦室の中には、私を含めて全部で11人の仲間がいる。


 舵を握っているのは、この飛行船を開発したバンドルディアだ。


 部屋の真ん中にあるテーブルを囲んでいるのは、ウィーニッシュ、アーゼン、カーズ、ジャック・ド・カッセル、メアリー、そしてアルマの6人だ。


 当然、それぞれのバディも傍にいる。


 残りのゲイリーとクリュエルとヴァンデンスは、窓から外の様子を警戒しているらしい。


 なんとなく、皆の様子を一望した私は、メアリーから手招きされたことに気が付いて、テーブルの元に向かった。


 と、私がメアリーの隣に立ったことを確認したのか、ウィーニッシュが話を始める。


「よし、もう少しで王都に着くから、今一度確認しておこう。まず、俺が先行して王都の正門前に向かう。そして、何とか中に入り込むから、その間、皆はあまり目立たない場所で待機しててくれ」


 そう言ったウィーニッシュの姿は、すっかり大人びて見える。


 6年前と比較すると、かなり背も伸びたし、体格も良くなった。


 それに、なんと言っても顔立ちが大人びてきていると私は思う。


 頭の上にシエルを乗っけている姿は、今でも変わらないけど。


 そんなことを考えていた私の隣で、メアリーがウィーニッシュに対して質問を告げる。


「で、わたくしたちが突入するのは、あの防衛魔法が解除されたタイミング。で間違いなかったわよね?」


 上品に首を傾げながら尋ねる彼女の様子もまた、大人の女性としての魅力が増したと私は思った。


 仕草や服装はずっと変わらないはずなのに、どうやったらこんなに魅力が出せるんだろう。


 半ば羨望に似た感情を抱きつつ、私は皆の話に耳を傾ける。


「あぁ。それで合ってる。もし、防衛魔法が解除されなかった場合、光魔法で何らかの合図を送るから。その時は……」


「俺の出番だな!!」


 ウィーニッシュの言葉を遮るように告げたのは、得意げな笑みを浮かべているアーゼンだ。


 彼はまぁ、いい意味で全く変わらない男だ。


 屈強な体躯と輝くスキンヘッドは、今も健在である。


「それで、王都に突入してから、私達はどうすれば良いのだ?」


 アーゼンの発言で、一瞬停滞した話を軌道に戻すように、ジャックが問いかける。


 彼の問いかけを聞いたウィーニッシュは、気を取り直すように告げた。


「とりあえずは全員王城を目指してくれ。ただ、あまり関係のない人間に被害を出したくない。だから、王都に住んでる人達を王城から遠ざけながら来てくれればいい」


「その間、お前は一人で凌げるのか?」


 そう尋ねたのは、カーズだった。


 右肩にシェミーを乗せた彼は、静かな視線でウィーニッシュを射抜いている。


 対するウィーニッシュは、彼の鋭い視線など気にもしていないような軽い口調で答えた。


「まぁ、何とかしてみるよ。できれば早く来て欲しいけど」


「曖昧だな」


「臨機応変って言ってくれ」


「この場合は、出たとこ勝負と言うべきだろう?」


「まぁ、そうだな。でも、無策でツッコむわけじゃないから、そこは安心してくれよ、カーズ」


 まるで釈明するように告げたウィーニッシュに、カーズが目を閉じて小さく頷く。


 多分、今のやり取りはカーズなりの気遣いだったのかもしれない。


 確かに、後ほど助けが来ることが分かっているとはいえ、一時的にウィーニッシュが1人で敵を相手取る必要があるのは危険に思える。


 だけど、私は知ってる。


 ウィーニッシュは私と違って、ただの子供じゃない。


 私達が想像もできない程の苦難を、彼は乗り越えてきているのだ。


 だから、信じよう。彼が何もかも自分だけで抱え込んでしまうようなことは無いのだと。


 そう考えた私は、一つ息を吐くと、口を開いた。


「それで。私達の仕事は?」


 私の言葉を聞いたウィーニッシュは、小さく頷いた後に話し始めた。


「マーニャとアルマとバンドルディア先生は、タイニーバタフライ号を守りながら、退路を確保して欲しい」


「分かったわ。任せて。ヴィヴィも準備できてるみたいだし」


「分かってはおるが、私は戦えんぞ? 船の操縦だけは任せてくれたまえ」


「私も分かったよ。ニッシュ。アルマさん、ヴィヴィさん、バンドルディア先生、頑張りましょう!」


 ウィーニッシュの指示に各々反応を示すアルマとバンドルディア。


 私はそんな2人に声を掛け、互いに頷き合った。


 当然、その様子を見ていた他の皆も、改めて気を引き締めたかのように、互いに頷き合っている。


 結果的に場の空気が引き締まったところで、ウィーニッシュが号令をかけた。


「よし、それじゃあ始めよう。皆、予定通り防具の装備だけはしっかりしておいてくれよ!」


 彼の号令を聞き、私達は各々の準備を始める。


 そしてこの日、王都を巻き込んだ激しい戦いの火蓋が、切って落とされたのだった。

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