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第260話 目先の課題

 蒸し暑い部屋の空気で目を覚ました俺は、窓を開け放って外の空気を肺一杯に取り込む。


 爽やかとまではいかないが、清々しい空気を味わった俺は、おもむろにベッドに腰かける。


 そのままぼんやりと窓の外を眺めていた俺は、ふと、昨晩のことを思い出した。


 思い出すだけでも、内容の濃い一夜だったと思う。


「ニッシュ、おはよう」


「おはようシエル。よく眠れたか?」


「う~ん……微妙かも」


 まだ眠そうな表情の彼女は、ベッドの上で全身を思い切り伸ばしたかと思うと、ゆっくりと体を起こした。


 そうしてふわりと宙に舞い上がると、いつも通り俺の頭の上に乗っかって来る。


「で、これからどうするの?」


「ん。とりあえずは腹ごしらえかな」


 そう言った俺は、一度大きく背伸びをすると、勢いよく窓から外に飛び出した。


 パァッと広がる町の光景を見下ろした俺は、住民達が働いている姿を目にした。


 畑で作物の世話をする調達班に、武装して巡回している防衛班、そして新しい建物を建てているらしい整備班。


 雹幻獣ネージュから多くの住民が避難しているせいで、前よりも人口密度の高い町の様子に、俺は思わず笑みを浮かべた。


 落下中にそんなことを考えていた俺は、少しずつ地面が近づいてきていることに気が付き、すぐさまジップラインを張る。


 いつものように右手をラインに重ねた俺は、そのまま食堂まで飛んだ。


 そして食堂の玄関前に降り、扉をくぐった俺は、盛況な食堂の中を歩いて空いている席を探す。


 残念ながら、どこのテーブル席も満席状態であることを確認した俺は、仕方なく席が開くのを待とうとした時、1つだけ空席があることに気が付いた。


 そのテーブルは4人席で、その内の3つの席は既に埋まっている。


 座っているのはバンドルディアとグレアム、そしてジャックだ。


 傍から見ていても、明らかに変な雰囲気のテーブルに、俺は意を決して歩み寄って行った。


「おはよう。そこの席って空いてます?」


 なるべく気さくに声を掛けた俺に対して、3人が視線を投げかけてくる。


 その3人の中で最も早く俺に反応したのは、言うまでもなくグレアムだった。


「おはようございます、じゃろうが」


「グレアム、お主は些か硬すぎるぞ。ウィーニッシュ。おはよう、今起きたのか?」


 即座にグレアムを嗜める辺り、バンドルディアにとって彼のこの態度は通常運転と言うことだろう。


 取り敢えず、挨拶を拒否されなかったということで、俺はそのまま空いている席に腰を下ろした。


 必然的に隣に座ることになったジャックから変な視線を感じる。


「ジャック? おはよう。どうしたんだ?」


「いや……お前はいつも通りなんだなと思ってな」


 どういう意味だよ。と聞こうとした俺は、しかし、頭の上のシエルに言葉を遮られてしまう。


「いつも通り? ニッシュが? そんなことないわよ。あの後から今日の朝までずっと考え事してたんだから。今はちょっと寝起きで、頭がはっきりしてないだけってワケ」


「若いうちに悩むのは良いことだ。して、何を考えておったのだ? ウィーニッシュ」


 ヌルッと話に入り込んでくるバンドルディア。


 そんな彼と視線を交わした俺は、何と言うべきか迷った。


 当然ながら、記憶の欠片の話をするのは、ややこしくなりすぎるから却下だ。


 そう判断した俺は、とりあえず、目先の課題を相談することにする。


「ネージュの事ですよ。街への通路を塞いじゃったので、これからどうしようかと。それに、ずっと籠ってるだけじゃ時間がもったいないですし。何かできることが無いかと思いまして」


「なるほど。確かに、ここで燻ってるだけでは、どうにもならんしのう」


「はい」


「ネージュについては、過ぎ去るのを待つことしかできんしな」


 俺の考えに賛同するように、バンドルディアとグレアムが頷く。


 と、そんな様子を見ていたジャックが、確かめるように告げた。


「具体的にどんな課題があるんだ?」


「課題……かぁ。まずあれだな、食料の問題があるよな。一応、畑と川があるとはいえ、野菜も魚も無限に採れる訳じゃないし。それと、できれば今のうちに街への通路を完成させておきたかったけど……」


「通路は封鎖しちゃったしねぇ」


 頭の上でシエルが肩を竦めながらそう告げると、俺を含めた4人がため息を吐く。


 なんとなく重たい空気が流れたところに、お盆を持ったマーニャがやって来た。


 俺以外の3人のスープを運んで来たらしい。てきぱきとスープをテーブルに並べた彼女は、慣れた様子で俺に声を掛けてくる。


「ニッシュ、注文は何にする? って、野菜スープしかないけどね」


「それじゃあ、野菜スープをお願いするよ」


「分かった、ちょっと待っててね!」


 やけに元気のいい表情で厨房の方に戻っていくマーニャを見送った俺は、スープを啜ってる3人を眺めた。


 黙々と食事をする3人は、一気にスープを平らげてしまう。それほど腹が減っていたんだろう。


 少しすると、俺のスープもやってきた。


 マーニャから受け取ったスープを飲み干し、少し休憩したところで、俺達は会話を再開する。


「で、バンドルディア先生。この食糧危機を改善する良い案はありませんか?」


「良い案か……まずは現状を知らない限りは、何とも言えんな」


「そうですか……」


 学術書を書くほどの人なら、何か使える知識などを持っているかもしれないと思った俺の思惑は、当然ながら外れた。


 まぁ、バンドルディアの専門はバディとかリンクに関するものであって、農業に精通しているわけじゃないしな。


 そんなことを考えた俺は、ふと、バンドルディアに聞きたいと思っていたことを思い出す。


「そういえば、バンドルディア先生。前に言ってた幻獣の事なんですけど、オスキュリテって知ってますか?」


「オスキュリテか。知っておるぞ。こう幻獣パピヨンと対を為すやみ幻獣オスキュリテ。一説では、このオスキュリテが世界に夜を作り出しているとか」


「そう、そのオスキュリテです。ちょっと教えて欲しいんですが、オスキュリテを呼び出す方法とかってあるんですか? 例えば、とある笛の音で呼び出せる……みたいな」


「……聞いたことは無いぞ。無いが……」


 そこで口を噤んだバンドルディアは、自身の顎を押さえながら何やら考え込み始めた。


 思わず顔を見合わせてしまう俺とシエルとジャック。


 しばらくの間、バンドルディアが考え終えるのを待っていると、不意に彼がぽつりと呟いた。


「……できるかもしれん」


「ん。結論出ましたか?」


「詳しい話はまたあとだ!!」


 そう言って立ち上がったバンドルディアは、そそくさと食堂から飛び出してゆく。


 当たり前のように、彼の後を追いかけてゆくグレアムを見送った俺達は、もう一度互いの顔を見合った後、ゆっくりと立ち上がる。


「俺達はそのほかの課題を解決していこうかな」


 去り際にそう言った俺は、そのままジャックを置いて通路の工事の様子を見に行こうとした時。


 ジャックから予想していなかった言葉が飛んできた。


「それが良い。で、私は今後も見張りをすればいいのか?」


 その言葉を聞いた俺は、思わず足を止めて、彼の方を振り返る。


 そうして、こちらに疑問の目を投げて来るジャックに、俺は問い返したのだった。


「何か手伝ってくれるつもりなのか?」

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