第259話 孤独な存在
「ウィーニッシュ? 大丈夫?」
「……え? あぁ、うん。大丈夫だよ、母さん」
意識を取り戻した俺が、一瞬呆けていると、目の前にいた母さんが心配そうに顔を覗き込んできた。
そんな母さんを落ち着かせるために、俺は出来るだけ平静な対応を心掛ける。
しかし、俺の内心はとても穏やかとは言えない。
理由は明確だ。ミノーラが最後に告げた言葉。それが心に引っ掛かっているのだ。
『6回目の記憶は、できれば見て欲しくない……って言ってたよな』
彼女がそう思うのはなぜだろう。そんな風に言われてしまうと、逆に見たくなるのが当然だと思うんだが。
そんなことを考えこんでいた俺は、ふと周りの様子を見て、我に返った。
未だに俺達のことを囲んでいる住民達と、ジャック、そして母さんが、俺のことを凝視していたのだ。
多分彼らは、俺の様子が変だとでも思ったんだろう。
少し居心地の悪さを抱いた俺は、とりあえずこの場にいる全員に解散するように告げた。
ゼネヒットからの魔物の侵入は、一旦食い止めることができたはずなので、こうして外に出ている必要はない。
となれば、俺達が今するべきことは、休息をとることだろう。
そんな俺の意見を聞いた住民達は、そそくさと家の中へと戻って行った。
そうして、この場に残ったのは、俺とジャックの2人だけ。
酷く居心地の悪そうな表情をしているジャックに視線を向けた俺は、彼に少しばかりの親近感を抱きつつ、話しかけた。
「ジャック。今日はもう休んで良いよ。ただ、休む前に1つだけ教えて欲しいことがあるんだ」
「……なんだ?」
ぶっきらぼうに答えたジャック。そんな彼から視線を外すように足元を見た俺は、小さく告げた。
「ジャックにとって、母さんは何なんだ?」
告げた後、ゆっくりと視線を上げた俺は、驚いている様子のジャックを目の当たりにする。
少し直球すぎたかなと思いつつも、しかし、俺は彼の返事を待つことにした。
そんな俺の考えを知ったのか、ジャックは何かを諦めたように語りだす。
「セレナさんは、私にとって最初で最後の友人だ」
「最初で最後の……?」
「私もこのような性格なのでね、特に今よりも若い頃は、もっとひどい性格だったりしたことがある。最近では、部下や後輩に多少は慕われるような人間になれたと思っていたのだが……どうやらそうでも無かったらしい」
そう言って俺に背を向けたジャックは、背後にあった川に視線を落とした。
彼の隣に腰を落としているアランだけが、俺に視線を向けてきている。
そんな彼らの様子を見ていると、俺の頭の上に座っているシエルがしびれを切らしたらしく、口を挟んできた。
「で? つまり何が言いたいわけ? 最初で最後の友人なのに、助けることができなかったから、後悔してるってこと?」
シエルの言葉を聞いたジャックは、小さな失笑を漏らすと、短く告げた。
「私こそが、愚か者だったということだよ」
「……結局、意味が分からないんだけど」
「私は、ゼネヒットに送られるような奴隷こそが、愚かな者達だと思っていたのだ。現状を打破することをせず、ただ従い続けるだけの者共。もしくは、無駄な努力しかできない、無能共。そんな者達が集められる場所こそが、ゼネヒットなのだと」
「ちょっと、ニッシュ、この男滅茶苦茶ムカつくんだけど」
「まぁ、シエルの気持ちは分かるけど、一旦話を聞いてみよう」
ジャックの言葉を聞いたシエルが、小さな声で不平を漏らす。
そんな彼女に、小さく返事をした俺は、話を続けるジャックの声に耳を傾けた。
「しかし、どうもそうではないのだと、私は今更になって気づいたのだ。長らく、気づくことを放棄していたのかもしれない。なぜなら、お前たちのことなど気にも留めていなかったのだからな。だからこそ、気づけたのかもしれない……」
そこで一旦言葉を区切ったジャックは、ゆっくりと俺の方へ振り返り、告げた。
「お前たちは、あまりにも手強い。このような敵が、愚か者であるなどと、誰が思うだろうか」
そう告げるジャックの視線の先には、町の様子が映っていた。
穏やかで、すっかり寝静まっているこの町の様子が、彼にとっては手強く見えるらしい。
内心、ジャックに手強く思われていることを誇りに思いつつ、俺は思ったことをそのまま告げた。
「きっと、人は全員愚か者なんだよ。だってそうだろ? 何かに抗うことも、あがくことも、一人じゃ到底続けることなんてできないし。そうなると、結果だって残せない」
「そういうものか……」
「そういうもんさ。だけど、俺達にはバディがいるだろ? だから、完全に孤独な存在ってわけじゃないと、俺は思うけどな」
そう言った俺は、ふと思った。
ミノーラは今、孤独なのだろうか?
世界中の人のバディを作った彼女は、ある意味、世界で最も多くの人間と繋がることができる存在だ。
だけど、俺はそれが孤独じゃないと断言することができなかった。
なんでだろう。
前世の記憶で例えるなら、インターネットのような物だろうか。
世界中の人々と繋がることができるそれを、活用さえしていれば孤独ではないと言えるのか。
少なくとも俺は、それは違うのではないかと思う。
ある意味、8回もの人生を共に過ごした彼女のことを、俺は心の底から助けたいと思う。
現状、助けてもらってばかりの状況で、偉そうなことは言えないけど。
全てが解決した暁には、ミノーラに何かお礼をしよう。
そう心に決めた俺は、ジャックに休憩に入るように告げた。
静かにうなずいた彼は、何か考え事をしながら防衛班の詰め所へと戻ってゆく。
そんな彼を見送った俺は、先ほど自らで埋め立てた通路に向けて飛び立った。
未だに見張りを続けていたカーズとアーゼンに交代を申し入れ、俺はそのまま見張りを始める。
塞がれた通路や町を眺めながら、物思いに耽る俺。
そうして町に朝が訪れるまで考え続けた俺は、1つの大きな疑問に行きついていた。
ミノーラが俺に記憶の欠片を見せる目的は何なのか。
俺がこの疑問に行きついたきっかけは、言うまでもなく、ミノーラとの会話の記憶だ。
1回目から5回目までの記憶を見つけ、残りは6回目のみ。
その6回目を見せたくない理由が、酷い失敗の仕方をしているのだとしたら、7回目の記憶に何らかの情報が反映されていたりするのだろうか。
そんな考えを抱いた瞬間、俺は気が付いたのだ。
1回目から5回目の人生の記憶には、ある種のミノーラの意図が透けて見えている。
少し考えれば分かる話だ。ミノーラは6回も俺を助けようとして、失敗しているのだ。
失敗する度に試行錯誤を繰り返すのは当然だろう。
そして、7回目の人生において、彼女は初めて地獄に姿を現すことができたと言っていた。
だからなのだろうか、俺は7回目の人生のことを全て鮮明に覚えている。
だとしたら、俺がこの8回目の人生で考えるべきことは何だ?
気を付けるべきことは、何だ?
見張りの交代が来るまで、延々とそのことを考え続けた俺は、見張りを終えた後すぐにベッドに潜り、深い眠りについたのだった。