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第257話 追憶:誰も見てない聞いてない

「これで邪魔者は粗方片づけることができたな。だが、これで終わりじゃないぞ。分かっているな?」


 部屋の真ん中で燃え盛っている炎を氷魔法で消し去ったバーバリウスが、周りにいる7人に向けて告げた。


 そんな彼の語り掛けに返事をしたのは、獣の皮を身に纏った女だ。


「それはもちろん、分かっております。バーバリウス様」


 彼女の言葉を皮切りに、他の面々が口々に話し始めた。


「カトリーヌ姉さま、私は良く分かって無いんだけど。国を乗っ取った後は何をするんだっけ? このまま好きなように暮らせばいいんじゃないの?」


 まず初めに口を開いたのは、桃色の髪を持った少女だ。


 そんな彼女に対して、黄色い頭髪を持った少年が、優しく語り掛ける。


「マルグリッドちゃん、この後は霊峰アイオーンに攻め込むんだよ。国を乗っ取ったのは、そのための準備をするためさ。この前、バーバリウス様から説明を受けたでしょ?」


 黄色い少年の説明を聞いたマルグリッドが、「あぁ?」と首を傾げた時、口髭の男が話に割って入った。


「流石、良い子ちゃんのカートライト君は、ちゃんと話を聞いてるんだなぁ。この俺、スタニスラス様も聞いてたはずなんだけど、全然理解できなかったぜぇ? ところでよぉ、お前さんの兄さんは、ちゃんと理解してんのかねぇ」


 そう言ったスタニスラスは、カートライトの隣に立っている蜂の頭を持った男に視線を向けた。


 当然、スタニスラスのその態度を見たカートライトは、眼光に怒りを乗せる。


「おい、スタニスラス。僕の兄さんを馬鹿にするな」


「ぷぅ~! 喧嘩してんの! バッカみたい! そんなことしてる暇あるなら、カトリーヌ姉さまみたいに勉強すればいいのに」


 今にも盛大な口げんかが勃発しそうな雰囲気が部屋の中に漂い始めた途端、パンッという乾いた音が響き渡った。


 手を叩いて注目を引いたらしいカトリーヌは、キッとスタニスラスを睨みつけると、早口で告げた。


「スタニスラス、喧嘩を吹っ掛けるのはやめてください。カートライトも、いちいち反応しない。それとマルグリッド、煽るのもやめなさい」


「ごめんなさいカトリーヌ姉さま……2人とも後で殺すっ」


 謝罪をしながらも、最後に物騒なことを呟いたマルグリッド。


 部屋の外にいる俺でも聞き取れたので、間違いなく耳に入っている筈の2人は、しかし、反応を示すことは無かった。


「ふんっ……俺様は仲良しごっこが嫌いなんだよ」


「キールライト兄さん。兄さんは何も悪くないんですからね。何があっても僕が兄さんの味方です」


 そうして、ようやくその場が収まりかけたその時、床に這いつくばっていたジャックが、声を発した。


「……貴様!! どういうつもりだ!!」


 唐突にそう叫んだジャックの視線の先には、1人の男の姿があった。


 歯を食いしばり、しきりに涙を流している、フィリップ団長だ。


 鎧を身に着けている彼の姿は、まぎれもなくエレハイム王国の魔法騎士。


 そんな彼は、つい先ほど国王を殺害した男の仲間として、輪に加わっている。


 それがジャックには許せなかったのだろう。


 怒りに任せて叫んだジャックは、這いつくばった姿勢のまま激しく咳込み始める。


 声を掛けられたフィリップはと言うと、歯を食いしばったままだんまりを続けているだけだった。


 一瞬、部屋の中に沈黙が流れた直後、スタニスラスがジャックの問いに応え始める。


「なんだぁ? お前、まだ生きてたのかぁ? 仕方ねぇな。今の俺様達の話を聞かれてたんじゃ、生かしておくわけにはいかねぇ。そうだろ? カトリーヌ」


「そうですね。始末してください」


 淡々と交わされるスタニスラスとカトリーヌの言葉を聞いた俺は、いてもたってもいられなかった。


 こういうのを体が勝手に動いたというのだろうか。


 いつの間にか、すぐ傍に転がっている騎士の遺体から剣を抜き取っていた俺は、勢いよく部屋の中へと飛び込んでゆく。


「ジャックから離れろぉ!!」


 大きく振りかぶった剣で、スタニスラスに切り付けながらそう叫んだ俺は、あっけなく剣を弾かれながらも、ジャックの傍に駆け寄る。


 まだジャックは生きていることを確認した俺は、全方位に警戒しながら、敵の姿を見渡した。


 突然の乱入者の姿に驚いたのか、はたまた、俺の存在など意にも介さないのか、バーバリウスと8人は微動だにしない。


 そんな彼らを睨みつけた俺は、改めて剣を構え直すと、バーバリウスに食って掛かる。


「お前らは何なんだ!? なんでこんなことをする!?」


 そう言った直後、俺はいまだに黙り込んだままのフィリップを睨みつけ、声を掛けた。


「フィリップ団長、何してるんですか!? こいつら、ジャックを殺そうと……」


 ジャックと同じように、怒りに任せて声を張り上げていた俺は、言いながら言葉が萎んでゆくのを感じた。


 改めてフィリップを目にして、気が付いたのだ。


 彼が今まで動かずに事態を傍観していたのは、自らの意思ではないことを。


 直感的にそう思った俺は、周囲にいる敵の表情を目の当たりにして、それが真実なのだと確信した。


 まるで、面白い物でも見るような視線にさらされた俺は、自分の中の怒りが急激に薄れてゆくのを感じていた。


 その代わり、巨大な恐怖が胸の内を埋め尽くしてゆく。


 王都を救う希望だったはずのフィリップが、敵の手に落ちてしまっているのだ。


 この状況を、どうやって覆せるだろうか。


 無理だ。


 至極単純で明快な回答が、俺の脳裏を占拠した。


『どうすれば良い? 今の俺にできる事なんか、何もないに等しいじゃないか』


 俺がそんな思いを抱いた時、今まで嫌な笑みで俺のことを見ていたバーバリウスの表情が、一瞬で硬直する。


『なんだ?』


 そう思った俺は、直後、視界の端で微かな光を捉えた。


 ゆっくりと光の源に視線を落とした俺は、自らの両手の甲が煌々と輝いているのを目の当たりにする。


「なっ!? なんだ? これ」


 と、その時。俺を凝視していたバーバリウスが、唐突に叫んだ。


「今すぐにその小僧を始末しろ!! 殺せ!!」


 直後、バーバリウスのすぐ傍に立っていた幼い少女が、呟く。


「殺して!! バーバリウス様の命令よ!!」


 周囲にいる7人が一斉に襲い掛かって来ると感じた俺は、咄嗟に剣で迎撃しようと身構える。


 が、しかし。


 強烈な力で胸元を押し出された俺は、勢いよく部屋の扉まで弾き飛ばされてしまった。


 何が起きたのか、特分からなかった俺は、少し床を転がったあと、急いで部屋の中に目を向ける。


 直後、俺は満身創痍なジャックが敵の攻撃を、1本の剣で受けきっているのを目の当たりにする。


「アラン!! 目を覚ませ!! リンクだ! リンクするぞ!!」


 部屋の真ん中で横たわっていたアランに向けてそう叫ぶジャック。


 叫びながらも、鞭や槍やハンマーなどの攻撃を見事にさばいて見せる彼の姿が、俺には酷く弱弱しく見えてしまった。


「ジャック!!」


「来るな! ウィーニッシュ、逃げろ! 速く逃げるんだ!!」


 彼がそう叫んだところで、ようやく意識を取り戻したらしいアランがジャックの元に到達する。


 直後、リンクした彼はその剛腕と爪を駆使して、敵を蹴散らし始めていた。


 そうやって命を賭して俺を守ろうとするジャックに、俺は思わず疑問を投げかけてしまう。


「なんで……なんでそこまでして……」


「早く逃げろ! 逃げて、母さんを守ってやれ!!」


「ジャック!! ニッシュ、どうするの!?」


 肩にしがみ付いているシエルが、俺に判断を急かしてくる。


 このまま逃げるか、ジャックと共に戦うか。


 焦りと恐怖がせめぎ合う胸中を鎮めるように、1つ大きく息を吸った俺は、意を決して立ち上がった。


 そうして、そのままジャックの元へ駆けよろうと、一歩を踏み出す。


 直後、猛々しく暴れて敵の攻撃を弾き飛ばしていたジャックが、激しい血しぶきを上げて倒れこんだ。


 何が起きたのか俺が確認する暇なんてない。


 まるで、一瞬のうちに切り刻まれたように、傷だらけになったジャック。


 言葉も出ず、一歩も踏み出せず。


 茫然と倒れているジャックの姿を見た俺は、次の瞬間、胸元に違和感を覚える。


 違和感の元を調べるために、恐る恐る胸元を見下ろした俺は、自らの胸に深々と剣が突き刺さっていることに気が付いた。


 その剣は、見慣れた形状のもので、だからこそ、俺はその持ち主を知っている。


「ウィーニッシュ……」


 聞き慣れたこれが、俺を呼び掛けてくる。しかし、今の俺はそれどころじゃなかった。


 痛みと息苦しさ、そして恐怖が胸からあふれ出してゆく。


 それらが溢れる程に、身体から力が抜けて行って、俺はそのままうつ伏せに倒れこんでしまった。


 当然、自分の身体の重みで剣がより深くまで突き刺さって来るので、俺はさらに悶えることになる。


 そうして悶えながらも、必死に手を動かした俺は、ポケットから母さんのハンカチを取り出した。


 怪我をしたら、これで手当てをするように。


 そう言って渡された時の母さんの声を思い返しながら、俺は涙をこぼす。


 そんな俺の傍に、2人の人物が歩み寄ってきた。


 その内の1人が、よく聞き慣れた声で語り掛けて来る。


「ウィーニッシュ……すまない。本当にすまない」


「なぁに謝ってんだぁ? こんなガキが何かできるとでも思ってたのかよ。残念だったなぁ。まぁ、どんな野郎がここに現れても、意味なんてないけどなぁ。ここで起きた事は、誰も見てないし聞いていない。そうじゃないと困るだろ?」


 俺やフィリップ、そしてジャックのことを馬鹿にするようなスタニスラスの声を聞いて、俺は握りしめていた拳に力を込めた。


 その力に比例するように、手の甲の光が輝きを増してゆく。


 そして、気が付いた時。『オレ』はミノーラの前に立ち尽くしていたのだった。

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