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第256話 追憶:一生忘れない

 地面も建物の壁も空さえも、真っ黒に染め上げられている王都を、俺は一人で駆けていた。


 頼れるのは自らの足と、手にしている小さなランタン、そして頭の上に乗っているシエルだけだ。


 ランタンの光がまるで闇を溶かしてゆくように、足元の黒いシミを打ち消してゆく。


 そうして作り出された安全な足場を通って、俺は王城に向けて駆けた。


 やけに静かな王都の様子は、俺の中の不安をいたずらに煽って来る。


 だからこそ、俺は足を止めることなく走っていた。


 なぜなら、目指している王城の最上階付近からまばゆい光が漏れてきているのだ。


 間違いなく、王城にはフィリップ団長が居る。


 その光を見た俺はそう確信していた。


 この状況を、唯一打開できるかもしれない男。そんな男の存在が俺にとって希望に見えるのは、至極当然だ。


 ほぼ一直線に王城まで続いている通りを抜け、王城の麓の門を通り、城の中に入ってゆく。


 一度も訪れたことのない王城なので、道は分からないけど、とりあえず上に進むべきだと俺は判断してした。


 階段を探しては駆け上がり、周囲を探索して再び階段を駆け上がる。


 そんなことを何度か続けていると、俺はとある音を耳にした。


 大勢の人々の叫び声と、弾ける金属音。その音を聞いた瞬間、俺は即座にそれが戦闘音だと理解する。


 上の階へと続く階段の、さらに奥から聞こえて来るその音に、俺は一度足を止めてしまった。


 この階段を上がれば、間違いなく戦闘に巻き込まれる。本当に行くのか?


 胸の内から湧き上がって来る躊躇いのせいで、足が止まったのだ。


 しかし、一呼吸する間に俺の中の躊躇いは靄のように消え去っていた。


「シエル。準備は良いか?」


「もちろん。大丈夫よ」


 流石に少し緊張している様子のシエルから帰って来た返事を聞き、俺は意を決して一歩を踏み出した。


 勢いよく階段を駆け上がり、左右に伸びる廊下を見渡す。


 先ほどから聞こえて来る戦闘音は、右側の廊下の奥、半開きの扉の中から聞こえてきているようで、扉の前には数名の騎士が倒れていた。


 胸元や首元に突き刺さっている武器から察するに、もう息は無いだろう。


 そんな騎士達を意識的に視界から外した俺は、扉の傍に忍び寄ると、部屋の中を覗き込んだ。


 比較的大きな部屋には、大きく分けて2グループの人間達が居た。


 1つ目は、黒いローブに身を包んでいる集団だ。


 中でも目立つ人物が4人ほどいる。


 腰のあたりにサソリの尻尾を持つ男や、スキンヘッドの頭でガントレッドを装着している巨漢。


 ドレス姿で仮面をつけている女性と宙を軽々と舞いながら短刀を器用に使う女。


 彼らは各々の手下と思われるローブの軍勢を操りながら、部屋の奥に向かって攻撃を仕掛けていた。


 そんなローブの集団と相対するのは、部屋の奥で陣形を組んでいる魔法騎士達だ。


 槍や盾、そして剣を巧みに使って防衛している彼らの守りは固い。


 そして、当然のように騎士達の背後には2人の人物が守られていた。


 1人は、明らかに豪奢な身なりの男性。


 身に着けている装飾物や衣服から察するに、国王だろう。


 もう老齢に見える国王


 そんな国王の隣には、屈強な男が一人立っていた。


 やけに風格と威圧感のあるその男は、まるで国王を庇おうとするような立ち位置に立ちながら、戦闘の様子を伺っている。


 それらの様子を見た俺は、魔法騎士達の中にジャックとフィリップが居ることに気が付いた。


 今のところ、まだ彼らは生きている。だけど、なんでフィリップ団長は本気で戦わないんだろう。


 俺がそんな疑問を抱いた時。


 戦闘の最中にありながら、一人の男が叫んだ。


「バーバリウス!! てめぇだけは許さねぇ!! 絶対だ!! 絶対に俺の手でぶっ殺してやる!!」


 スキンヘッドの男が、数人の騎士達に殴りかかりながらそう言った。


 そんな彼の叫びに鼓舞されるように、ローブの集団の士気が上がったように見える。


 と、そんな様子を見て、俺は違和感を抱いた。


 ローブの奴らの狙いは、国王じゃないのか?


 バーバリウスと言う人物が誰かは知らない。だけど、状況的に1人の男が候補に挙がる。


 その男に視線を投げた俺は、王の隣でニヤッと笑みを浮かべる屈強な男の表情を見て、嫌な予感を覚えた。


 直後、バーバリウスと思わしき男が唐突に踵を返すと、国王に向かって何やら話しかける。


 喧騒のせいで男が何を言ったのかは分からない。


 1つ分かるのは、バーバリウスの言葉を聞いた国王が大きく頷いたかと思うと、一歩前に踏み出したのだ。


 そうして、何かを話し始めようとする国王。


 思わず耳を傾けようとした俺は、次の瞬間、信じられないものを目の当たりにした。


 鋭く、そして冷たく尖った氷の槍が、国王の胸元を背中側から貫いたのだ。


 一瞬、部屋の中の空気が固まる。


 その瞬間を待っていたかのように、バーバリウスがゆっくりと、しかしはっきりと告げた。


「今だ、やれ」


 重たく低い響きのその声が部屋の中に響いた直後、部屋の中に異変が生じる。


 相対しているローブの集団と魔法騎士を取り囲むように、7人の人物が姿を現したのだ。


 バーバリウスの居る場所から時計回りに、俺は突然姿を現した7人の姿を確認した。


 ゴリラのバディを従えていて、整えられた口ひげを持っている男。


 特徴的な薄い桃色の髪と、桃色の鞭を持った少女。


 巨大なハンマーを持ち毛皮の服を身に纏った女。


 蜂の頭をした、奇怪な男。


 黄色い頭髪を持った、一見大人しそうな少年。


 寡黙そうな表情で、長い槍を手にしている男。


 そして、バーバリウスのすぐ足元に立っている、幼い女の子。


 彼らはバーバリウスの言葉を聞いたと同時に、部屋の真ん中で相対している2つの集団に対して、一斉に攻撃を放った。


 全員がかなりの威力の炎魔法を放ったことで、部屋の中が一瞬にして熱気に包まれる。


 この攻撃を、ローブの集団も魔法騎士も凌ぐことはできないのではないだろうか。


 唖然とその様子を見ていることしかできなかった俺は、炎上する炎の中に2つの人影を見る。


 ゆらゆらと立ち上がったその2つの影は、ゆっくりと炎の中から歩き出してくる。


 そうして姿を見せたのは、サソリの尾を持つ男とジャックだった。


 サソリ男は荒い呼吸を落ち着かせるように、膝に手をついたまま、バーバリウスの方を睨みつける。


 ジャックはと言うと、あまりの熱気に耐え切れなかったのか、炎から出た直後、床に突っ伏して倒れてしまった。


 思わずジャックの元に駆け寄ろうとした俺は、しかし、立て続けに変化する状況に飲まれて、動けない。


「貴様ぁ!!」


 怒りを滲ませた声で叫んだサソリ男が、今まさにバーバリウスの元に飛び掛かってゆこうとしたその時。


 鋭い閃光が、サソリ男を貫く。


 何が起きたのか。


 一瞬分からなかった俺は、胸元に風穴を開けて物言わぬまま倒れるサソリ男の奥で、剣を構えているフィリップを見つけ、納得する。


 炎の攻撃から抜け出していたらしいフィリップが、サソリ男にとどめを刺したのだろう。


 ようやくフィリップ団長が本気を出したのか。


 一瞬安堵した俺は、しかし、その安堵が本当に一瞬だけのものだと思い知ることになる。


「よくやった、フィリップ」


 バーバリウスがそう告げたかと思うと、憎たらしい笑みを浮かべたのだ。


 そんなバーバリウスに対して、小さく礼をしたフィリップの表情は、酷く醜く歪んでいた。


 悲しさか、はたまた、悔しさ。


 ぐしゃぐしゃに歪んだフィリップのその泣き顔を、俺は一生忘れない。

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