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第254話 追憶:光の中のシルエット

「母さん!!」


 窓の外から鳴り響いて来る警笛を聞いた俺は、即座に母さんの元に駆け寄った。


 そうして、なるべく窓から離れるように、部屋の外に出る。


 これから俺達は、どうするべきだろうか。


 このまま家の中に立て籠もるか、それとも、外に逃げ出すべきか。


 そんなことを考えている俺の耳に、シエルの声が飛び込んでくる。


「ニッシュ! 天井を見て!!」


 言われるがままに天井を見上げた俺は、思わず目を見開いた。


 まるで、真っ白な布地に黒いインクが滲んでゆくように、廊下の天井が黒く塗りつぶされ始めているのだ。


 それは天井だけじゃない、よく見れば壁や床にまで広がっていて、少しずつ黒い面積が増えつつある。


 なぜそのような黒いシミが広がっているのか、少し考えれば分かることだった。


「さっきの黒い雪のせいか!」


「ウィーニッシュ、こっちの部屋はまだ大丈夫そうよ!!」


「セレナ! ニッシュの傍から離れないで!!」


 俺の手を引っ張りながら、まだ黒いシミの広がっていない部屋に入ろうとするセレナ。


 そんな彼女を制止しようとシエルが叫んだ直後、廊下の先にある階段の下から、甲高い悲鳴が聞こえて来た。


「きゃぁー---!!」


「みんな!?」


 咄嗟に反応したのはセレナだ。多分、1階の厨房にいるメイド達に何かあったんだろう。


 そう考えた俺は、母さんの腕を強く引っ張りながら、階段の方へ進み始めた。


「とりあえず、屋敷にいるみんなと合流しよう! それから全員の安否確認をして、どう動くか決める」


「そうね、それが良さそう! セレナもそれで良い?」


「分かったわ」


 歩きながら決断した俺達は、少しずつ広がっている黒いシミに触れないようにしながら、1階の厨房に急いだ。


 壁や天井に近い壁や床が、半分以上黒く塗りつぶされてしまった頃、厨房にたどり着いた俺達は、中にいるメイド達と合流した。


 そして、その内の1人に異変が起きていることに気が付く。


「みんな大丈夫!?」


「セレナさん、テレーゼの目が……」


 怯えるように寄り集まっているメイド達にセレナが声を掛けると、頬にそばかすのある若いメイドが応えた。


 彼女の指さす場所には大粒の涙を零しながら座り込んでいるメイドが1人いる。


 テレーゼと呼ばれた彼女の目を覗き込んだ俺は、思わず息を呑んでしまった。


 眼球が全て、真っ黒に塗りつぶされているのだ。


 その様子は、壁や天井を塗りつぶしている黒いシミに酷似している。


「テレーゼ!! 大丈夫なの!? 何があったの!?」


「セレナさん!! 目が、目が見えないんですぅ!! どうなってるんですか! 何が起きてるんですか!」


 完全にパニックに陥っているらしいテレーゼは、すぐ傍にいるセレナにしがみ付くと、泣きじゃくり始めた。


 どうやら、完全に視界を奪われているらしい。


 どうしてそうなってしまったのか、明確じゃないけど、ますます黒いシミに触れるわけにはいかなくなったようだ。


「シエル、あの黒いシミはどうにかして消せると思うか?」


「雑巾で拭いてみる? それとも、水でもぶっかけてみる?」


「いや、どっちも無理だろ」


「じゃあ、なんで聞いたのよ」


「そりゃあ、良いこと考えついたからだよ」


 そう言った俺はざっと厨房を見渡すと、テーブルの上に無造作に置かれたランタンを見つけた。


 急いでそれを手にした俺は、母さんの元に駆け寄る。


「母さん、ちょっと試してくるから、ここで待ってて」


 それだけ言い残した俺は、シエルを連れて厨房を飛び出した。


 目指すのは2階に続く階段だ。


 いつの間にか薄暗くなっていた廊下をランタンで照らしながら、歩を進める。


 そうして階段にたどり着いた俺は、黒いシミが上から少しずつ広がってきているのを目にした。


 すぐにそれらのシミにランタンの光を当てた俺は、ゆっくりではあるが確実に黒いシミが薄れてゆくのを確認する。


「よし、思ったとおりだ」


「ニッシュ、どういうこと?」


「魔法だよ。この黒いシミは何らかの闇魔法ってことだ。だから、光を当てると効果が弱まる」


「なるほど! それじゃあ、テレーゼの目も治る!?」


「やってみないと分からないけど、とりあえずシエルはこのランタンを厨房に持って行って、事情を皆に説明してくれ。俺は1階の部屋を回って光源になりそうなものを集めて来る」


「分かった!」


 シエルにランタンを手渡した俺は、即座に廊下を走り始めた。


 見つけた扉は全て開け、部屋の中を確認する。


 そうして、幾つものランタンを見つけた俺は、両手にそれらを抱えたまま厨房に引き返した。


 そうこうしている間にも、謎の闇魔法は少しずつ進行していたらしい。


 厨房に戻る直前、部屋の窓から外を見た俺は、空が完全に真っ黒になっているのを目にした。


「これはヤバそうだな……」


 以前フィリップから、王都を守る光魔法について聞かされたことがある。


 何でも、外から王都の街並みを見れなくして、逆に王都から外を見ることができるような光魔法の膜を貼っているとかなんとか。


 マジックミラーかよと思いながら聞いていたことを思い出した俺は、少し苦笑いを浮かべながら厨房に向かって走った。


 すっかり暗くなった廊下とは対照的に、ランタンによって煌々と照らされている厨房内には、メイド達が身を寄せ合っている。


 そんな彼女たちに声を掛けようと、厨房に足を踏み入れた途端。


 俺の背後から激しい音が鳴り響いてきた。


 バンッというその音は、勢いよく玄関扉が開け放たれた音で、明らかに何者かが侵入してきたことを意味している。


 咄嗟に厨房の扉を閉めた俺は、母さんたちにランタンを手渡すと、床に転がっていた箒を手にして身構えた。


 厨房にいる全員が息を呑み、閉じられた扉を凝視していた。


 侵入してきた何者かは、しばらく動かなかったのか、何も音はしない。


 と、少し安堵しかけた俺は、直後、微かな足音を耳にする。


『動かなかったんじゃなくて、警戒してるんだ!』


 音を消すように身動きするようなその足音を聞いた俺は、そう判断した。


 そうして、気を取り直して警戒を強めた時、ゆっくりと厨房の扉が開かれる。


 その様を見た俺が、箒で勢いよく突きを喰らわせようと両足を踏ん張った瞬間、開いた扉の隙間からまばゆい光が差し込んできた。


 思わず目を覆った俺は、眩い光の中のシルエットを目にして安堵する。


「ウィーニッシュ! セレナさん! メイドの皆さんも! 無事でしたか」


 そう言って厨房に入って来たのは、軽装のジャックと光り輝いているアラン。


「ジャック! どうしてここに!?」


 思わずそう尋ねた俺に、ジャックが得意げに答えたのだった。


「それはもちろん、助けに来たのだよ」

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