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第253話 追憶:絶対安全

 翌日も、その翌日も、フィリップとの訓練や母さんたちとの生活を見た『オレ』は、色々な事情を察し始めていた。


 まず、俺達親子が住んでいるこの場所が、フィリップの所有している屋敷だということ。


 ここに住まわせてもらっている経緯を、詳細に知ることはできてないけど、多分、記憶の欠片を見始める前に聞いた話が、関係しているんだろう。


 と言うことは、俺が生を受けたのは紛れもなく、この屋敷と言うことになるのか。


 そんな経緯もあるからか、俺も母さんも、この屋敷から外に出ることは無かった。


 毎日、フィリップとの朝の訓練を終えた俺は、仕事のために王城に向かう彼を見送り、一人修練に励む。


 そうして、仕事を終えて帰って来たフィリップと共に、夕方の訓練を行う。


 たまに、フィリップと一緒にジャックがやってくることがあるが、彼は一向に目的を告げない。


 まるで、当たり前のように俺達の訓練に雑じる彼は、いつも母さんの持ってきたお茶を飲んだ後に帰ってゆくのだった。


 何故だろう。何故彼は、ぎこちない動きで母さんからお茶を受け取って、一気に飲み干した後、そのまま帰路に就くのだろうか。


 いつものように玄関扉から外に出てゆくジャックを見送った俺が、そんなことを考えながらニヤけていると、頭の上のシエルが告げた。


「ニッシュ、あんた、すごく性格の悪そうな顔してるわよ」


「おいおい、何を言うんだよシエル。俺は別に何も勘ぐってなんかいないぞ?」


「勘ぐっていないどころか、確信してるでしょうに。まぁ、私でも分かるくらいだから、気づかれても当然だとは思うけど……」


 そう告げたシエルもまた、玄関扉を一瞬見やると、うっすらと笑みを浮かべた。


「ねぇニッシュ。もしかして、アタシたちの父親って、ジャックなのかな?」


「え? それは……違うんじゃないか? だとしたら、フィリップ団長の家に預けられてる理由が無いだろ」


「まぁ、そうだけどさ。結局、私たちの父親って誰なんだろ。って言うか、なんで誰も教えてくれないのかな?」


「まぁ、色々と事情があるんじゃないか? 大人ってのは、そんなもんだろ?」


「子供のニッシュが何を知ってるって言うのよ」


「それもそうだ」


 シエルの言葉に賛同しながら、ケラケラと笑った俺は、そのまま寝室へと戻ったのだった。


 その日も一日中訓練に励んでいたため、体中が疲労していたんだろう。


 ぐっすりと眠りに落ちた俺は、翌朝、いつも通りフィリップによって叩き起こされる。


「朝だぞウィーニッシュ! これまでにないほど清々しい朝だ! 起きて飯食って訓練だ!」


「っ……流石にもう慣れて来たけど、この起こし方はそろそろやめてくれませんか? フィリップさん」


「まだ若い子供が何を言っているんだ! 元気出していけぇ!!」


「なんでこの人は、朝が一番元気なのよ……」


 俺の隣でそうぼやいたシエルの言葉に賛同しながら、俺はいつも通り食堂に向かう。


 食堂まで続く廊下には、朝の冷たい空気が充満しており、その空気を肺一杯に吸い込むのが俺の日課だ。


 そうして、無理やりにでも目を覚ました俺は、既に起きていたセレナの朝食を食べ、すぐに訓練場に向かう。


 フィリップが王城に出勤するまでの1時間、激しく剣を打ち合わせた俺は、結局1勝もできないまま、玄関で彼を見送った。


 それから数時間、フィリップにボコボコにされた今朝の訓練の反省会をする。


 シエルと2人で、ああだこうだと対策を練るこの時間は、意外と充実したものだと思う。


 そうして話し合った結果をもとに、訓練場で改善策を試してみるのがいつもの流れだ。


 しかし、その日の俺は、なぜかあまり訓練に身が入らなかった。


 疲れているからか、はたまた、連日の負けでモチベーションが下がってきているからか。


 何もやる気が起きない気分に蝕まれるままに、俺は自室の窓から外の様子を眺めている。


「ニッシュ、どうしたの? 今日はやけにやる気が無いじゃない」


「ん~~」


「まぁ、毎日負け続きじゃ仕方ないわよね」


「まぁなぁ」


「ニッシュって、腑抜けた顔をしてる時、口が半開きになるわよね」


「そうだよなぁ~」


「ぜんぜん聞いてないわね」


 背後にあるベッドの上から声を掛けて来るシエルに、俺は適当に返事をしていた。


 とはいっても、物思いに耽っているとかじゃない。どちらかと言うと、ボーっとしている。


 理由は良く分からないが、猛烈な虚無感のようなものが、胸の内に佇んでいるのだ。


 それのせいで、思考さえもままならない。


 そんな俺の様子を見かねたらしいシエルが、大きなため息を吐くと、俺の頭の上にふわーっと飛んでくる。


 そうして、いつものように頭の上に腰を下ろした彼女は、俺と同じように窓の外を眺め始めた。


 フィリップの屋敷は王都の中にあり、俺達が見ている窓のすぐ下には大きな通りが見て取れる。


 この通りは王都の中でもひときわ大きいらしく、多くの商店が立ち並んでいた。


 右に左に行き交う大勢の煌びやかな人々は、何を求めてこの街を練り歩いているんだろう。


 ふと抱くそんな疑問は、まるで陽炎のように一瞬で消え去ってゆく。


「人、多いね」


「そうだなぁ~」


「皆何をしてるのかな?」


「貴族が多いから、自慢話でもしてるんじゃないか?」


「ひどい偏見ね」


 中身のない会話を交わした俺達は、その後、しばらくの間沈黙した。


 聞こえるのは、街を歩く人々の足音と商人の張り上げる声くらいか。


 そうこうしていると、俺達の居る部屋に母さんが入ってきた。


 扉が開く音を耳にした俺は、すぐに母さんに気が付くと、声を掛ける。


「母さん。どうしたの?」


「ウィーニッシュ? 今日は訓練しなくていいの? さっき、お水を持って行ったけどいなかったから」


「う~ん。まぁ、たまには休んでも良いかなって思って。それに……」


 そこで言葉を区切った俺は、母さんから窓の外に視線を移してから、告げた。


「こんなに平和なのに、訓練する意味あるのかなぁって思ってさ。フィリップ団長には誰も敵わないし。絶対安全でしょ」


「まぁ、確かにフィリップさんは強いけど、でもね、ウィーニッシュ」


 まるで、俺に何かを諭そうとするような口調で言葉を並べ始めたセレナは、ふと、何かに気が付いたように口を噤んだ。


 なぜなら、シエルが唐突に叫んだのだ。


「ちょっと、2人とも! この音聞こえないの!?」


 突然そんなことを言うシエルを見た俺と母さんは、顔を見合いながら首を傾げる。


 シエルが言うような変な音は特に聞こえない。


 しかし、俺はシエルが嘘を言っているとは思えなかった。


 なぜなら、街を歩いている多くのバディ達が、騒然とし始めていたからだ。


「なんだ? 何か起きてるのか……?」


 実態の分からない異変を、肌で敏感に感じ取った俺は、次の瞬間その異変の正体を目にする。


「ニッシュ、なんか、空が変なんだけど」


 俺と同じように異変に気が付いたらしいシエルが、そんなことを言った。


 その異変を『オレ』は知っている。


 かつて、別の記憶の欠片で見たものと同じだ。


 そんな『オレ』の考えを肯定するかのように、空からチラチラと黒い雪が舞い降りてくる。


 直後、街中にけたたましい警笛が鳴り響いたのだった。

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