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第252話 追憶:訓練

 気が付いた時、『オレ』は地面にうつ伏せに倒れこんでいた。


 荒い呼吸と全身からあふれ出て来る汗が、身体の疲労を物語っている。


 心なしか、腕や脚が重たい気がする。


 そんなことを考えた『オレ』は、ゆっくりと立ち上がる俺の視界を見て、少しずつ状況を把握した。


 身に纏っている鎧と、訓練場のような場所、そして俺と相対しているフィリップ団長の姿。


 隙だらけな様子で立ち尽くしているフィリップは、片手に剣を持ったまま、俺を見下ろしていた。


 対する俺は、大きく息を吐いたかと思うと、足元に転がっていた剣を拾い上げ、それを構える。


 この時の俺の年齢は、いくつぐらいなんだろう。と、『オレ』はふと考える。


 身体の感じから察するに、多分、10歳よりは上のような気がした。


 と言うことは、今のこの状況はおそらく、フィリップに稽古をつけて貰ってるといった所だろうか。


 もし、本気で戦ったとしたら、この時の俺に勝ち目なんてないだろう。


 そう思えるほどに、小さな鎧を身に纏った俺は、満身創痍だった。


「ほら、ウィーニッシュ。かかっておいで」


「このっ……もう少し手加減しろよな!!」


 負け惜しみなのか、そんなことを口走った俺は、一直線にフィリップに突進してゆく。


 小さな子供の突進とはいえ、俺の全力の踏み込みから弾き出される速度は、かなりのものだ。


 しかし、魔法騎士団団長であるフィリップにとって、その程度の速度はあまり意味を為さないらしい。


「右、上、下、左、突き、おぉ、蹴りも入れて来るのか、やっぱり君は筋が良いよ、ウィーニッシュ」


 右手に握りしめた剣で仕掛けた俺の攻撃は、しかし、フィリップによって全て弾かれる。


 突きを逸らされたところでヤケクソに放った蹴りまでも、軽く足首を掴まれて放り投げられてしまった。


 全く勝てる気がしない。


 訓練場の地面をゴロゴロと転がった俺は、ついには四肢を投げ出して天井を仰ぎ見た。


「あぁ……もうだめだ、身体が動かねぇ」


 そんなかすれた声を俺が零した時、1人の騎士が訓練場にやってきた。


 その騎士は地面に転がっている俺と突っ立っているフィリップを見比べながら、口を開く。


「団長、もう少し手加減してあげた方が良いのでは?」


「そうはいかないんだよ、ジャック。彼にはこの国の命運がかかっているのだからね」


 ジャックと呼ばれたその赤髪の男は、隣にアランという名の獅子を引き連れて俺達の元に歩み寄ってくる。


 彼らの登場のおかげで、少しばかりの休憩ができると考えた俺は、しかし、無慈悲なフィリップの声によって打ちひしがれた。


「ウィーニッシュ、今日の打ち合いで一度も攻撃を命中させることができなかったペナルティとして、腕立て100回。忘れずにすること」


「え、それは……」


「口答えしたから、スクワット100回も追加」


「……」


 これ以上反論すれば、確実に腹筋や背筋を追加されてしまう。


 そう考えた俺は、歯を食いしばって文句を飲み込んだ。そして、無言のままに腕立て伏せを開始する。


 腕がプルプルと震えても、やめることは許されない。


 全力で腕立て伏せをした俺は、ノルマを達成すると同時にその場にへたり込んだ。


「だぁ……腕が、痛い」


「腕立て100回でへたり込むとは、情けない」


 俺の言葉に反応を示してきたのは、ジャック・ド・カッセルだ。


 彼は巨大な両手剣を構えて、何度も何度も素振りをしながら、俺の様子を見ていたらしい。


 いつの間にか姿を消しているフィリップ団長は、多分自身の部屋に戻ったのだろう。


 それに気が付いた俺は、これでようやく彼の目から逃れることができたのだと、安堵のため息を吐いた。


 とはいえ、ジャックが見ている手前、スクワットをサボってしまったら後が怖い。


 気を取り直してその場に立ち上がった俺は、ゆっくりとスクワットを開始する。


 その時、再び誰かが訓練場の中に入ってきた。


 メイド服を身に纏い、両手でお盆を持ったその女性は、俺を見つけると同時に笑みを浮かべる。


 流石に笑みを返す元気が無かった俺は、スクワットを続けながら、その女性―――セレナに声を掛けた。


「母さん、フッ、どうしたの? フッ、まだ訓練中だけど」


「さっき厨房にフィリップ様がやってきて、ウィーニッシュに飲み物を渡すように言われたのよぉ。あら、ジャック様もいらっしゃたのですね。こんにちは」


「あ、こんにちは」


 事情を説明し終えたセレナは、そこで初めてジャックの姿に気が付いたらしく、笑みを浮かべたまま挨拶を口にする。


 対するジャックはと言うと、ぎこちない返事を返していた。


『なんでジャックが母さんに緊張してるんだよ』


『オレ』がそんなことを思っている間にも、会話が進行してゆく。


「ニッシュ、今日はどんだけ打ちのめされたの?」


 セレナの背中にしがみ付いていたらしいシエルが、ヒョイっと顔を覗かせながら問いかけてくる。


 そんなシエルの頭の上には、だんまりを決め込んだテツが座っていた。


「いつも通り、100連戦して、100連敗だよ」


「これだけ鍛錬しても、まだ1勝もできないのね」


 呆れ顔でそう告げるシエルを意図的に無視した俺は、スクワットのノルマを終えて、そのまま座り込む。


 全身から噴き出してくる汗と、疲労感に、そのまま眠ってしまいたい衝動に駆られるが、そういう訳にもいかない。


 そっと母さんから差し出された水を、一気に飲み干した俺は、思い出したように口を開いたのだった。


「で、ジャックは毎日何をしに来てるんだ?」


「べ、別に私の勝手であろう!? 訓練をしに来ているのだ!」

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