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第251話 セレナのハンカチ

「……え?」


 俺の口から、思わずそんな声が漏れてしまった。


 セレナの肩にしがみ付いているシエルも、唖然としている。


 いつもと変わらないのは、黙りこくったままセレナの頭の上に座っているテツの様子くらいだろう。


 ザワザワという声が、俺達を囲んでいる住民達の中にゆっくりと広がりつつあった。


 そんな住民達の様子をボーっと眺めながら、俺は改めて、今セレナに告げられた事実を頭の中で反芻する。


『俺が、エレハイム国王の息子……?』


 ということは……どういうことだ?


 王城でメイドをしていたセレナと、王城に住んでいた国王の子供?


 それを聞いただけなら、なんとなく、何が起きたのか察することはできる。


 簡単に言えば、国王が自らの欲に任せて、城で働いているメイドに手を出した。


 そう言うことだろう。


 そして、王族の血を継ぐ子供が生まれるのは困るから、俺やセレナを排除しようと動く者がいた。


 多分、そんな流れが、当時あったに違いない。


 少し考えれば分かるからこそ、明確な疑問が浮上する。


『だとしたら、なんで俺と母さんは殺されてないんだ? 一番手っ取り早く排除するなら、処刑が早いだろ』


 きっと、その違和感の裏には、何らかの事情があるのだろう。


 そして、それを知る者がいるとすれば、それは母さんに他ならない。


 そんな考えに至った俺は、すぐに母さんの目を見つめると、口を開いた。


「母さん……」


 呼びかけた俺は、そこでふと気づく。


 なんと問いかければいい?


 どうして俺の父さんは、俺達を殺さなかったの?


 どうやって母さんは、俺を連れてゼネヒットまで逃げることができたの?


 ついさっき、母さんに投げかけた質問の残酷さに気が付いた俺は、大きく後悔した。


 しかし、俺がそんな後悔を抱いていることすら見透かしているらしい母さんは、ゆっくりと俺の傍に寄ったかと思うと、力いっぱいに抱きしめて来た。


 優しさと温もりに包まれて、もう少しこのままでいたいと思った俺は、しかし、気を取り直した。


 すると、俺の様子を見て取ったらしい母さんが、俺を抱きしめたまま話を始める。


「本当はね、私も、あなたも、ずっと昔に処刑されるはずだったのよ」


 母さんのその言葉を聞いた俺は、内心やっぱりかと思った。


「だけど、とある人が助けてくれたの」


「助けるって、処刑される予定の親子を、どうやって?」


 未だにセレナの肩にしがみ付いているシエルが、ぽつりと呟く。


 彼女の問いに対してセレナは、昔を思い出すような表情をしながら、答えた。


「私を処刑するはずだった人が、助けてくれたのよ」


「ちょっと待ってください! セレナさん、それはどういう意味ですか? 私はあなたが処刑される予定だったなんて、聞いたことありません」


 セレナの説明に納得できていない様子のジャックが、彼女に食って掛かる。


 そのタイミングでようやく、セレナの抱擁から解放された俺は、ジャックに呆れながら告げた。


「国王からしたら、自分の失敗を国民に知られたくないから、隠したんだろ。だから、母さんと俺の処刑は秘密裏に行われる予定だった」


「そう。ウィーニッシュの言う通りよ」


「で、母さんを助けてくれたのは、誰?」


「フィリップ団長よ。彼は私をゼネヒットまで逃がしてくれただけじゃなくて、ウィーニッシュ、あなたのお産まで手伝ってくれたのよ? 私のメイド仲間と一緒に、一晩中かけて」


「え!? そうなの!?」


 セレナの話を聞いた俺は、ふと、この世界に生まれ落ちた時の事を思い出した。


 言われてみれば、生まれた時に多くの祝福の声を聞いた覚えがある。


『あれはそういうことだったのか……』


 普通ならそんなことを覚えているのは異常なわけだが、生まれた瞬間から転生前の意識を持っていた俺は、やはり異常らしい。


 だけど、だとしたらフィリップはなぜ俺達をゼネヒットに送ったんだ?


 俺の感覚で言うなら、お産まで手伝った親子をそのままゼネヒットには送らない。


 出来るなら自らの元で匿ったり、安全な場所に逃がしたりするだろう。


 これもまた、何らかの事情があるのか。


 そんなことを俺が考えていた時。ジャックがもう一度口を開いた。


「セレナさん。事情は分かりました。ですが、1つだけ分からないことがある。あなたはなぜ、未だにそのハンカチを持っているのですか? それは……」


「これは、私がメイドだった頃、仕事で使ってた物です。だから、このハンカチを見るたびに、色々なことを思い出します」


「だったら……!!」


 セレナに何らかの反論をしようとしたのか、大きな声を上げたジャックは、しかし、口を噤んだ。


 色々なことを思い出すのなら、ひどい目にあわされたことも思い出すのだろう。


 だったら、大切に持っているのはおかしいじゃないか。


 多分、ジャックはそう言いたかったんだろう。


 だけど、きっと彼にはその続きの言葉を口にすることができなかった。


 なぜなら、当の本人であるセレナが、酷く大切そうにそのハンカチを持っているから。


 セレナの、切なげで輝かしい瞳には、手にしたハンカチがどんな風に見えているのだろうか。


 まるで、愛おしい者を見つめるようなセレナの目を見上げた俺は、ふと、とある考えが頭をよぎった。


 まず間違いなく、母さんの握りしめているハンカチには、母さんの想いが込められている。


 それはまるで、俺が今までに見て来た記憶の欠片みたいじゃないか。


 確信は無い。だけど、俺は無性に母さんの持っているそのハンカチのことが気になり始めた。


 だからこそ、母さんに問いかける。


「ねぇ、母さん。そのハンカチ、少し見せてもらえる?」


「? 良いわよ?」


 何の躊躇いもなく差し出されるセレナのハンカチ。


 そんなハンカチを凝視した俺は、ゆっくりと腕を伸ばして受け取る。


 直後、俺の意識はゆっくりと薄れ始めたのであった。

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