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第249話 布切れ

 ウィーニッシュの魔法に引っ張られた私は、そのまま町の食堂前まで運ばれた。


 既に夜のはずなのだが、多くの住民達が建物の外に出てきており、心配そうに通路の方を見つめている。


 そんな中、ゆっくりと地面に降ろされた私は、大きなため息を吐いた。


 肩と足の痛みをごまかす為のため息。


 そして同時に、気まずい雰囲気を払いのけようと吐いた溜め息でもある。


 というのも、私の周囲にいる人々は皆、例の視線を投げかけて来る人々だったからだ。


 助けられたはずなのに、助かった気がしない。


 こんな時、どうしたらいいのだろうか。


 未だに慣れない視線から避けるために、むくりと上半身を起こした私は、左の膝を抱えて俯いた。


 顔を上げれば、彼らの視線を直視してしまう。


 それは出来るだけ避けたいという気持ちが、私の頭を重たくした。


 たとえ、今この場で周りの人々に襲われたところで、まず間違いなく、私が勝つ。


 予測ではなく確信を持ってそう思っている筈なのに、胸を張ることができないのは、酷く滑稽な話だ。


『ジャック……とりあえず、怪我を何とかせねばならんぞ』


 頭の中のアランが、少し気を聞かせたように私に語り掛けてくる。


 言われてようやく、身体の痛みを思い出した私はゆっくりとその場に立ち上がると、痛む左足を引きずりながら歩き出した。


 相変わらず、ねっとりとした視線が私にへばりついて来るが、今はもう、そんなことはどうでも良い。


 取り敢えず傷口を洗ってしまおう。


 そう思った私は、簡素な造りの建物が並ぶ砂利道を、記憶を頼りに進む。


 そうしてたどり着いた場所には、小さな川が流れていた。


 このエリアに元々流れていたらしい川には、幾つかの手製の橋が掛けられている。


 そんな橋の脇に膝をついて、両手で水を汲み取った私は、とりあえず1口だけ水を飲んだ。


 冷たくて旨い。


 戦闘で乾いていた喉を潤し、幾分か気分がマシになったところで、私は傷口に水をかけ始める。


 狼男に食らいつかれたせいで、歯形がくっきりと残っている。


 それらの傷口を洗う度に、ズキズキとした痛みが全身に走るが、無数の視線に刺されるよりはマシだ。


 そんなことを私が思ったその時。


 何か、小さくて硬いものが、私の背中にぶつかった。


 何事かと背後を振り返った私は、1人の少年を見つける。


 石を両手一杯に握りしめているその少年は、足元にウサギの耳を持った獣人型のバディを連れている。


 酷く弱弱しいそのバディに反して、鋭い眼光を私に差し向けて来る少年は、おもむろに手にしていた石を私に投げつけた。


 当然、投げられた石は私の身体に当たると、そのまま地面に落ちて転がる。


 痛みはない。


 しかし、私は腹の底から膨れ上がる怒りを覚えた。


『私がこれほどの怪我を負ってまで、狼男の侵入を防いだというのに。この仕打ちは何なのだ!?』


 目の前の少年も、他の住民達も。私に対する感謝が足りないのではないか?


 怒りに燃やされた疑念が、頭の中を熱してゆく。


 そんな怒りを必死に鎮めるため、大きく深呼吸した私に向けて、少年が叫ぶ。


「どうしてここに騎士が居るんだよ!! 出て行けよ! ここはお前たちの町じゃないぞ!!」


 そう言って再び石を投げようとする少年を目にした私は、思わず一歩を踏み出していた。


 この子供を殴り飛ばしてやる。


 執念にも似た、そんな感情に身を任せて、私は石を放り投げて来る少年に向けて拳を振り上げていた。


 当然ながら、私のその様子を見た少年は、すぐに逃げ出そうとする。


 しかし、彼がその場から逃げ出すことはできなかった。


 ついでに言えば、私も振り上げたこぶしを降ろすことが、できなかった。


 なぜなら、石を投げようとした少年の腕を、とある女性が優しく握り止めたからだ。


「何をしているの?」


 静かにそう告げた女性―――セレナは、少年の手を握ったまま私の目を見つめてくる。


 そんな彼女の背後から、ぞろぞろと住民達がやってくる。


 瞬く間に多くの住民達に囲まれてしまった状況で、しかし、私は周囲の様子に目を向けることができなかった。


 眼前に立つ1人の女性の、セレナの目を凝視する。


 普段は朗らかで、柔らかな光を宿しているその瞳。


 怒った時だけ冷たい光を帯びるその瞳は、どこまでも深く、私のことを見通しているように感じられた。


 見つめれば見つめる程に、とてつもない罪悪感を抱かせる彼女の目に。


 ―――私は見覚えがあった。


 何故だろう。どこで見たのだろう。


 セレナとは、この町で初めて会ったはずなのに。


 私の中に根付いたそんな疑問は、セレナの言葉によって完全に無視されてしまった。


「こら、ハンター君。石を人に向かって投げちゃダメでしょ?」


「でも!」


「ダメなものはダメ。良い? 二度とやっちゃいけませんよ?」


「……ごめんなさい」


 ハンターと呼ばれた少年は、少し不貞腐れながらセレナの背後にできている人ごみの中に消えていった。


 そんな少年を目で追った私は、直後、彼女に目を向ける。


 自然と視線を交わすことになった私に対して、セレナは少し微笑みながら語り掛けてきた。


「ジャックさん……怪我、大丈夫ですか?」


「あぁ……」


 正直、彼女からの問いかけなんてどうでも良い。


 今の私の頭の中は、湧いて出て来た疑問を考える事で一杯だった。


 そんな私が、とあるモノを見て1人の人物を思い出したのと同時に、通路の方からウィーニッシュが飛んできた。


「おーい! 取り敢えず通路を塞いだから、もう安心だぞ! と言うことで、防衛班以外は解散! 明日に備えて寝てくれ~」


 言いながら俺達の元に降り立ったウィーニッシュ。


 それに対し、彼のことなど眼中になかった私は、目の前にしゃがみ込んで私の傷口を拭こうとするセレナの腕を握った。


 そうして、彼女が手にしている布切れを凝視しながら、セレナに尋ねる。


「セレナ……さん? あなたが、あなたがどうして、こんなところに?」

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