第248話 複雑な気分
私の咆哮を聞いた狼男達は、それでも怯むことなく、まっすぐに突っ込んでくる。
そんな敵の顔を右から左へと切り裂くように、私は全力を込めて右腕を振り抜いた。
指先から伸びている鋭い爪が、空気と狼男の肉を引き裂いてゆく。
瞬間的に広がった血液のニオイに、一瞬、歯を食いしばった私は、立て続けに襲い掛かって来る狼男に左の拳を打ち付ける。
勢いよく後方へと吹っ飛んで行った狼男。
しかし、息を吐いている暇は無かった。
次から次へと通路に降り立ってくる狼男達が、途切れることなく私に向かって飛び掛かって来るのだ。
それらの敵を、私は右に左に腕を振り回して撥ね退け続けた。
『ジャック、キリがないぞ!! こいつら、どれだけいるのだ!?』
『アラン、油断するな!! こいつらはあくまでも奴の駒でしかない!! 本命がどこかで、私達の隙を伺っている』
『奴? それは、さっき天井に貼りついてた珍妙な奴か? それなら儂が……居ない!?』
頭の中でアランがそう叫んだことで、私は確信した。
今、通路に入り込んできている狼男達は、間違いなく先ほどの魔物ウェンディゴの操り人形だ。
奴は自身の戦闘能力がある程度高いにも関わらず、狩りの時は必ず、最初に獲物を弱らせる習性がある。
狡猾な奴だ。
どうやっているかは分からないが、奴の声には特殊な効果があるらしく、魔物を思い通りに操れるらしい。
今に至るまで、その原因を解明できた者はいない。
と言うか、ウェンディゴと接敵して、生還したものは少ない。
必然的に、まず間違っても、学者が近づけるような相手じゃないのだ。
「どこに消えた!? アラン、奴を探せ!! まだこの近くにいるはずだ!」
『やっている!!』
止めどなく襲い来る狼男達は、私の攻撃に怯む様子を見せない。
まさに、死を恐れずに飛び込んでくるその様子は、見ているだけでも私の精神を削り始めていた。
凶悪に開かれた大きな口で、私の腕に噛みつこうとしてくる狼男達。
そんな彼らの頭を鷲掴みして、壁や床に打ち付けながら、私はゆっくりと後退していった。
出来れば後退するべきじゃないのだが、そうもいっていられない。
こちらは1人に対して、奴らは既に10体以上いるのだ。
ここがもし、狭い通路じゃなくて広い場所だったら、間違いなく取り囲まれて一瞬で決着がついていただろう。
それなら、取り囲まれないようにしながら時間を稼いで、増援が来るのを待つしかない。
そこまで考えた私は、ふと思い至った。
増援は、来るのだろうか……?
ここ1か月もの間に見て来た光景が脳裏をよぎる。
まず間違いなく、さっきの私の咆哮は町にまで届いているはずだ。
きっと、ウィーニッシュ達が助けに来てくれる。
そんな淡い希望は、ゆっくりと色を失っていき、終いには消え去ってしまった。
最悪の場合、この町の奴らは私のことを見限って、通路を塞いでしまえばいいのだ。
そうすれば、魔物の侵入を阻むことができるし、私と言う厄介者を始末することができる。
色を失った希望が、今度は光を失い、深くて重たい闇へと変貌を遂げてゆく。
このまま踵を返して町に逃げ込んでしまった方が良いのではないだろうか。
必然的にウィーニッシュ達は町を守るために魔物と戦う必要が出てくる。
そうすれば結果的に、私は助かるだろう。
このまま、この通路で喰い殺されてしまうよりは、幾分かマシなんじゃなかろうか。
そう考え、私が踵を返そうとしたその時。
脳裏でアランの声が響いた。
『ジャック!! 何をやっている!!』
直後、私の右耳に、微かな声が届いた。
「けけけっ……ニゲロ」
「っ!?」
ヤバいと思ったその時には、既に遅い。
耳元から聞こえた声と、頭の中のアランの声、そして、踵を返そうとした自らの足。
それらに気を取られた私は、一瞬だけ、動きを止めてしまっていた。
そんな隙を、狼男達が見逃すはずがない。
この時を待っていたと言わんばかりに、3体の狼男が、大口を開けて飛び掛かって来る。
右の壁を蹴って跳んできた狼男の頭を右手で掴んだ私は、勢いよく左の壁に打ち付けた。
その際、天井を蹴って勢いよく落下してきていた狼男を巻き沿いにする。
残すは姿勢を低くして足元に潜り込んで来た狼男だけだ。
すぐに左手でそいつの首根っこを掴もうと身を屈めた私は、直後、右肩に鋭い痛みを覚えた。
「がぁっ!!」
痛みに悶えた私に追い打ちをかけるように、足元の狼男が、私の左足に喰らいつく。
鋭く体中を駆け抜ける痛みに耐えながら、右肩と左足に喰らいついている狼男達を引きはがそうとした私は、眼前の様子を見て絶句した。
既に、3体の狼男が私に向かって飛び掛かってきているのだ。
このままでは、最悪、首筋にまで食らいつかれてしまう。
そうなってしまえば、まず間違いなく逃げられない。
そう感じた瞬間、私はその場に背中から尻餅を付いてしまっていた。
足に食らいつく狼男のせいで、バランスを崩したのだ。
痛みで体も思い通りに動かない。終いには思考まで真っ白になり始めていた。
死ぬ。
魔法騎士としての誇りも、巨大な体も、鋭い爪も。
こうなってしまえば意味を為さない。
視界が狼男達の影で埋め尽くされてゆく中で、私がそんなことを考えた時。
一筋の光が、私の視界を縦に貫いて行った。
まるで、雷のようなその閃光は、バリバリと言う音を立てながら通り過ぎてゆく。
直後、私の視界を埋め尽くしていたはずの狼男達の影が、バタバタと倒れ始める。
一瞬、何が起きたのか分からなかった私は、次の瞬間には、全てを理解していた。
「皆下がれ!! カーズ、俺がジャックを連れてきたら、一気に頼んだぞ!!」
「任せろ」
そんな会話が町の方から聞こえて来る。
もう少しで助けが来るのか、と少し安堵した私は、刹那、通路が明るく光ったことに気が付き、そして、目を見開いてしまった。
一瞬にして、私の傍にウィーニッシュが姿を現したのだ。
頭にある耳とフワフワの尻尾は別として、その姿はまるで、どこかの魔法騎士団長の様子に酷似している。
「ジャック、ちょっと揺れるかもだけど、我慢してくれ!!」
そう告げたウィーニッシュは、そっと俺の胸元を撫でた。
と、そんな彼の腕の動きに合わせるように、私の身体が勢いよく街の方へと引っ張られ始める。
まるで、何か紐のようなもので引っ張られているような感じだ。
そうして、通路の一番奥までたどり着いた私は、深い縦穴を落ちながら見た。
サソリの尻尾を持った男が、ゼネヒットまで続いている通路に向かって炎魔法を放ち始めたのだ。
その他にも、多くの人間が、縦穴の下に待機している。
助かった。
そんなことを実感した私は、少し複雑な気分を味わったのだった。