第244話 淡い希望
お祭り男―――フィリップ団長から受け取った手紙に書かれていた、赤い宝石のこと。
そして、フィリップのバディであるカーバンクルのこと。
最後に、フィリップがかつて、霊峰アイオーンでエイミィから修行を受けたことがある事実。
これらの知識を得た俺は、今しがたヴァンデンスが語った内容を念頭に入れたまま、思考した。
つまり、フィリップが守るようにと手紙で書いていた赤い宝石とはカーバンクルのことで、そのカーバンクルは今、エイミィ達の元にいる。
立てるとしたらそんな仮説だろう。
だとするなら、どうしてエイミィ達は俺達にそのことを教えてくれなかったのだろうか。
それと、俺達はカーバンクルを何から守るべきなんだろうか。
新たに生じた疑問と残された疑問は、多分、今ここで俺達が考えても答えは得られない。
あるいは、ヴァンデンスならまだ何か知っているかもしれないと思った俺は、すぐに質問をした。
しかし、その質問に対する彼の返答は、期待外れなものだった。
「おじさんもその辺は気になったさ。だから、いろいろとドラゴニュートのことを調べて、霊峰アイオーンに1人で登ったんだ。だけど、やっとの思いで山頂にたどり着いた矢先、待ち構えてたエイミィにボコボコにやられてね。そりゃあひどい目にあったよ」
「あの山を1人で登ったのか……しかも、修行を受ける前に」
「そうそう。いやぁ、本当に死ぬかと思ったよね。でも、単独で山を登った根性を認められて、修行をつけて貰えた。結局フィリップ関連の質問には何一つ答えてもらえなかったけど」
「それで、諦めて世界を放浪してたってワケ?」
「シエルちゃんは手厳しいなぁ。まぁ、あながち間違ってないけど。でも、無目的だったわけじゃないんだよ」
そこで一瞬、間を挟んだヴァンデンスは、俺の目を真っ直ぐに見つめながら告げた。
「君を探してたんだ」
「は? 俺?」
「そそ。エイミィにしつこくフィリップのことを聞いてたら、とある神様に呼び出されてね。そんなに気になるなら、エレハイム王国を旅してみろって言われたんだ。その過程できっと、世界を覆す人物に出会えるだろうって。そうしたらほら、国1つを相手取ろうって言うぶっ飛んだ子供に出会ったワケだよ」
「その子供はきっと、師匠に良く似たんだろ」
「なに恥ずかしいことを言っているんだ少年? やめてくれよ、こっちまで恥ずかしくなるだろ?」
「皮肉を言ってんだよ! そもそも、誰が俺を焚きつけたと思ってるんだ?」
「少年のガールフレンドとか?」
「ちょ!? ヴァンデンスさん!?」
「あれ? おじさん、ガールフレンドがマーニャちゃんだなんて言ってないんだけどなぁ」
ヴァンデンスの言葉を聞いて、一気に赤面するマーニャ。
そんな彼女を茶化すように、笑みを浮かべるヴァンデンスを見て、俺は悟った。
これ以上話をしていたら、ヴァンデンスの空気感に乗せられてしまう。
そうなってしまったら、話し合いなんてできる雰囲気じゃない。
俺と同じようにそんな空気感を肌で感じたのか、今まで聞きに回っていたバンドルディアが、ゆっくりと口を開いた。
「ヴァンデンス。今のお主の話が正しいのであれば、バーバリウスもまたカーバンクルが霊峰アイオーンにあることを知っているようだ」
「まぁ、それくらいは知ってても不思議じゃないと思うけど」
「そうだな、だからこそ奴はヘル・ハウンズを結成し、武力を強化し始めた訳か」
一人で納得するような様子を見せるバンドルディア。
そんな彼の様子に疑問を抱いた俺は、バンドルディアに問いかけた。
「バーバリウスは霊峰アイオーンを狙ってたんですか?」
俺の質問を聞いたバンドルディアは、ゆっくり頷くと静かに話し始めた。
「かつてより、霊峰アイオーンには、ドラゴニュート達の守る何かがあると言われていた。その何かに加えて、カーバンクルまであるとなれば、奴は全力で取りに向かうだろう」
彼の言葉を聞いた俺は、猛烈に嫌な予感を覚えた。
だからこそ、俺は彼に尋ねる。
「バーバリウスはカーバンクルを手に入れてどうするつもりなんですか?」
その問いかけに、バンドルディアは静かに目を閉じて応える。
「捕食するつもりだ。カーバンクルだけじゃない。奴が有益と考えるありとあらゆるバディを。初めに言っただろう? 奴は自分に都合の良い世界を作ろうとしている」
バディを食べることで自らの力に変える捕食と言う技術。
その技術を生み出したバンドルディアが言うのだ。まず間違いなく、バーバリウスのやろうとしていることは、理論上可能なんだろう。
そして霊峰アイオーンには、全てのバディを生み出した神、ミノーラの身体が眠っている。
もし。
もし仮に、バーバリウスがミノーラの存在を知っていたら。
もし仮に、バーバリウスがミノーラの身体を捕食したら。
もし仮に、バーバリウスがミノーラの力を手に入れたら。
どうなる?
嫌な考えが頭の中を侵食し始め、必然的に、俺の顔は引き攣った。
そんな俺と同じように、マーニャも愕然とした表情を浮かべている。
「ニッシュ……これって結構ヤバいんじゃない?」
頭の上で呟いたシエルに同調するように、マーニャが俺に視線を投げかけてきた。
この場にいるメンバーの中で、霊峰アイオーンにミノーラの身体が眠っているのを知っているのは、俺とマーニャとシエルとデセオだけ。
ヴァンデンスも知っている可能性はあるが、エイミィとの出会い方やこの話を聞いた時の反応から察するに、多分知らない。
仲間だから、皆には打ち明けるべきだろうか。
頭の中を過るそんな考えを、俺は静かに否定した。
そんなことをすれば、最悪の場合ドラゴニュート達を敵に回してしまうかもしれない。
それに、エイミィ達が守っているのだから、流石のバーバリウスも簡単には手出しできないだろう。
淡い希望に縋り付くような気持で、そんな考えを抱いた俺は、ゆっくりと首を横に振って告げたのだった。
「エイミィ達なら、バーバリウスに負けないさ。その間に、俺達で阻止する方法を考えよう」