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第243話 消えた夜

「ヴァンデンスさん!? ちょっと、まだ動かないでください! 傷が開いたらどうするつもりなんですか?」


「大丈夫大丈夫。アルマとヴィヴィのおかげで、傷はほぼ塞がってるから。それに、当事者を蚊帳の外に放り出すのはやめて欲しいなぁ」


 慌ててヴァンデンスの元に駆け寄り、彼の身体を支える母さん。


 そんな母さんに大丈夫と言ってのけた彼は、その視線をバンドルディアに向けながら告げた。


 対するバンドルディアは、ふんと鼻を鳴らしたかと思うと、片方の眉を上げながら反論を始める。


「その当事者である彼らを、蚊帳の中に入れずに放置してたのはお前ではないのか?」


「心外だなぁ。おじさんはこれでも、少年たちのことをしっかりと見守ってきたつもりだけど。なぁ、少年」


 突然話を振られた俺は、しかし、口げんかをするヴァンデンス達の言葉を聞いていなかった。


 俺の頭の中は、つい今しがたバンドルディアから聞いた情報でいっぱいいっぱいだ。


 幻獣と呼ばれるバディの中に、赤い宝石を持ったカーバンクルがいる。


 そのカーバンクルが、フィリップのバディだった。しかし、カーバンクルは今、世界から姿を消している。


 付け加えるならば、フィリップはバーバリウスに操られていて、カーバンクルの能力は人の心を惑わすこと。


 ここまで考えれば、おのずと1つの仮説を組み立てることができる。


 バーバリウスがカーバンクルを捕食し、その能力を奪った。そして、その力でフィリップや都合の悪い人物たちを操っている。


 この仮説があっているとするならば、俺達が置かれている今のこの状況は、明らかにおかしいと言えるだろう。


 なにしろ、奴に反抗などできるわけがないのだから。


 何かが違う。きっと、俺の立てた仮説はどこか間違っているんだ。


 そして、その間違いを修正するためのキーマンが、ヴァンデンスに違いない。


 考える事に疲れ始めた俺は、そう結論付けると、椅子に腰かけたヴァンデンスを見て問いかけることにした。


「師匠……いや、ヴァンデンス。知っていることを教えてくれ。カーバンクルとフィリップ、そして、バーバリウスの間で何が起きた?」


「……そうだね、そろそろ少年も知っておくべきか。まぁ、いい機会だし、酒でも飲みながら語ろうじゃないか」


「酒が出るわけないでしょ? けが人が何を言ってんのよ!」


 仕方ない、とばかりにため息を吐きながら告げたヴァンデンス。


 そんな彼の言葉に呆れながら声を漏らしたのはシエルだ。


 彼女の鋭い視線に根負けしたらしいヴァンデンスは、周囲から注がれる視線に促されるように語り始める。


「おじさんは、まぁ、皆も知っての通り、堅苦しいのが嫌いだったわけさ。で、貴族間の勢力争いとかがバカバカしくてやってられなかったから、いつも王都の外に出て1人で遊んでたんだ。あ、これはおじさんが20歳になるちょっと前くらいの話ね」


「そんな歳になるまで何やってたんだよ……」


「まぁまぁ、それで、ある時出会ったんだよ。俺よりかなり年下で、堅物のような少年とね。その少年は世間からは神童と呼ばれてて、殆どの魔法を幼いながらに使いこなせるような、少年だった。同時に、人形のような子供だった」


「人形?」


 思わずそう呟いた俺は、以前、記憶の欠片の中で見たフィリップの様子を思い浮かべて、大きな違和感を抱く。


 俺の知っている彼は、人形のような、と形容されるような人物ではなかった。


 と言うことは、子供のころのフィリップと現在のフィリップは、大きく様子が変わったということだろうか。


 そんな俺の疑問を余所に、ヴァンデンスは話を続ける。


「その時の少年が操られていたのかは、おじさんにも正直分からない。ただ1つ言えるのは、少年のバディであるカーバンクルをいつも傍に置いていたのは、おじさんの家にやってきていたバーバリウスだったということだ」


 幼い少年からバディを奪って、自らの傍に置いていたバーバリウス。それだけでも異常なように思える。


 そんなことを考えた俺と、同じ意見を抱いたのか、頭の上のシエルが不思議そうに尋ねた。


「それを見てたんなら、どうしてあんたはバーバリウスからカーバンクルを取り返さなかったのよ」


「おっと、その判断をするのはちょっと早いんじゃないかな? 結果から言えば、おじさんはカーバンクルを元のあるべき場所に返したんだよ?」


「へぇ、やるじゃない」


「まぁ、ちょっと力を拝借しようとしたら失敗しちゃって、仕方ないからフィリップに返したんだけど……」


「あんた……私の賞賛の言葉を返しなさいよ」


「それは置いておいて、カーバンクルを取り戻した少年は、それから見る見るうちに様子がおかしくなっていったんだ」


 そこで言葉を区切ったヴァンデンスは、1つため息を吐くと、一気に言葉を並べ始める。


「王都の街中で激しい喧嘩をしてみたり、夜中に外で大声を上げたり、魔法騎士団に攻撃を仕掛けてみたり。それはもう、おじさんは焦ったね。カーバンクルを返したせいで、奇行に走り出したのかと思ったよ」


「そんな状態だったってことは、バーバリウスもカーバンクルの行方に気づいてたはずだろ? どうして、すぐに取り返しに行かなかったんだ?」


「そりゃあもちろん、バーバリウスはすぐに動いたさ。だけど、奴の作戦は全て失敗した」


「なんで?」


「おじさんが邪魔したからに決まってるだろ? 元々おじさんとアイツは仲が悪かったし、癪に障るやつだったし。どうしても邪魔したくなったんだよ」


「私怨かよ」


「動機なんてそんなもんだ。で、気が付いたら、フィリップは王都から姿を消していた。それも一夜のうちに。王都じゃ、人攫いだとか家出とか、色々と噂が飛び交ってたけど……おじさん、見ちゃったんだよねぇ」


 まるで、何か含みを持たせるような言い方で口を噤んだヴァンデンス。


 そんな彼が続きを話すのを、俺を含めた全員が待ち続けた。


 そうしてようやく、ヴァンデンスがキュッと結ばれた口を開き、簡潔に告げる。


「フィリップが消えた夜、王都の空に、1人のドラゴニュートが来てたんだよ」


 ドラゴニュート。それはおそらく、エイミィの事じゃないだろうか。


 そう考えた俺は、確かめるように呟く。


「それはまさか、エイミィのことか?」


 俺の呟きを聞いたヴァンデンスは、ニヤッと笑みを浮かべたかと思うと、頷きながら告げたのだった。


「そう。そして、その夜から1か月後、フラッと王都に戻って来たフィリップの傍らには、カーバンクルはいなかった」

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