第242話 おじさんのこと
「バンドルディア先生はこれをニッシュに伝えたかったんですか?」
しばし流れた沈黙の中で、俺が物思いにふけっていると、マーニャが不思議そうに口を開いた。
それに対し、グレアムが顔を歪めるが、すかさずバンドルディアが彼を制し、ゆっくりと首を横に振る。
「いいや、ここまでが前提の話だよ」
「前提……?」
思わず呟いてしまった俺に目を向けたバンドルディアは、小さく頷くと、話を続ける。
「そうだ。そしてこれから話すのは、今後ゼネヒットに住む者が直面するであろう敵の話だ」
そこで言葉を区切った彼は、グレアムに目配せをする。
合図を受けたグレアムは役目を理解しているようで、階段の奥にある部屋へと歩いて行った。
そうして、その部屋からアルマとヴィヴィを連れて戻ってくる。
「ここからは彼女達にも話に入ってもらう。本当は他の皆にも話すべきだが、今は忙しいだろうからな」
バンドルディアの言葉を聞いた俺は、外の吹雪のことを忘れかけていた自分に気が付いた。
こうして話している場合じゃないのでは?
俺はそんな考えを無理やり頭の隅に追いやると、目の前のバンドルディアの言葉に集中する。
「ヴィヴィがフェニックスと呼ばれる特殊なバディだということは、お主らも知っているな?」
「はい」
「それでは、そのようなバディを別の名前で何と呼ぶか、知っているか?」
「別の名前……?」
バンドルディアの質問に答えられない俺。そんな俺の代わりにとでも言うように、母さんが小さく呟く。
「……幻獣種」
「その通り。フェニックスのように特殊な力を持ったバディのことを、幻獣種と呼ぶ」
「幻獣って、焔幻獣ラージュとか、雹幻獣ネージュとかの事じゃないの?」
素朴な疑問を呟くシエル。
確かに彼女の抱いた疑問は、俺も引っかかった。
ラージュもネージュも、誰かのバディってわけじゃなく、どちらかと言うと魔物に近いように思える。
それらと同じように幻獣と呼んでしまうのは、混乱を招くのではないだろうか。
そんな風に考えた俺は、今まさに考えた内容が間違いであることを、バンドルディアに突き付けられた。
「その焔幻獣ラージュも、雹幻獣ネージュも、バディなのだと言ったら。どう思う?」
「え? いや、バディって、誰のバディなんですか? もし誰かのバディなのなら、外の吹雪も止めてもらえないですかね」
少し冗談交じりに言った俺の言葉を、バンドルディアは真顔で受け止めた。
少しばかりの気まずさを覚えながら、俺は先を促す。
「それで、どうしてラージュとネージュがバディだと分かるんですか?」
「かつてこの世界に存在したのだよ。あれらをバディとして従えていた者たちが。その者達は捕食に失敗し、今まで世界中で暴れまわっている」
「……それって、いつ頃の話ですか?」
「正確には分からん。数百年か数千年か。はたまた数万年前か。だが、1つだけ分かることがある。それは、ラージュやネージュがまだ普通のバディだった頃に、フェニックスも幻獣として、名を連ねていたということだ」
「はぁ……」
『なんか、話が妙な方向に逸れ始めていないか?』
そんなことを思った俺は、若干バンドルディアの話に開き始めていた。
なんというか、学校で授業を受けている気分だ。
今の俺達が気にするべきことはもっと他にあるような気がする。
かといって、バンドルディアの話を無下にしてしまうのも気が引ける。
どうにか上手く話を切り上げることはできないだろうか。
俺がそんなことを考え始めた時。バンドルディアが短く告げた。
「その名の中に、カーバンクルというバディが、名を連ねている」
「……」
カーバンクル。
どこかで聞いたことのある名前だ。
確か、俺が早坂明として前世を生きていた頃の知識。
それこそ、名前を少しだけ聞いたことがある、程度のその知識には1つのイメージが付属していた。
そのイメージを俺が思い出す前に、バンドルディアが続ける。
「額に真っ赤な宝石を埋め込んだ小動物のような姿のバディ。宝石が放つ赤い光を見た者は心を惑わされ、終いには操り人形となってしまう。そんな風に囁かれるカーバンクルもまた、今この世界に存在している。いや、存在していた……と言うべきか」
赤い宝石。
その単語を聞いた瞬間、俺の思考の中で単語と前世の知識が強く結びついた。
それと同時に、直近の記憶までもが刺激される。
『燃えるような赤い宝石を守ってくれ』
お祭り男から送られてきた手紙の一文。
唐突に結びついてゆく知識に翻弄された俺は、言葉を失ったまま唖然とする。
そんな俺の様子を伺いながら、バンドルディアは話を続けていた。
「カーバンクルを宿した神童が王都に生まれた。そんな話がこのエレハイム王国を賑わせたのはいつの話だったか……その神童は、気が付けば王国騎士団団長にまで上り詰めている。しかし、その傍らにカーバンクルの姿は無い。はたしてどこに姿を消したのやら」
「バンドルディア先生。その話、本当なのですか? 私は、フィリップ団長が周りの人間に敬遠されないようにするために、カーバンクルを隠してしまったのだとばかり思ってました」
そんな問いを投げかけたのは、アルマだ。
バンドルディアは彼女の質問にゆっくりと頷きながら応える。
「間違いない。今のフィリップの傍に、カーバンクルはいない。そして、カーバンクルが消えたのとほぼ同時に、世間から姿を消した者がいる」
そこで一度、口を噤んだバンドルディアは、ふぅと息を吐きながら階段の方へと視線を向けた。
彼の視線に釣られるように、階段を見た俺は、1人の男がそこから降りてきていることに気づく。
自然と注目を浴びることになったその男、ヴァンデンスは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺達を見渡すと、短く告げたのだった。
「もしかして、おじさんのことを話してる?」