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第237話 バカな話

 マーニャ達を引き連れて縦穴を降りた俺は、その先で住民を誘導しているアーゼンと合流した。


 彼は最近、この縦穴から町まで続いている通路の整備を担当している。


 残すところは縦穴の拡張とその先のゼネヒットまでの通路の拡張だけだったが、縦穴の拡張を俺が終わらせてしまった。


 まぁ、もう少し整備は必要だろうから、残りはアーゼンに任せることにする。


 そのまま、マーニャ達の誘導をアーゼンに任せた俺は、踵を返してゼネヒットの方へと駆け戻った。


 まだまだ街中の捜索が終わったとは思えない。


 もしかしたら、建物の中で凍えている人々がいるかもしれないんだ。


「よし、シエル。街に出たら全力で住民を探すぞ。目と耳と鼻の準備をしといてくれ」


『もう準備万端よ! それより、縦穴を上る時に魔法を使わないようにね。ニッシュの事だから、癖で使いそうだし』


「お、気が利くな。今言われてなかったら使ってたかもしれない」


『洒落にならないからね? それ』


 頭の中で呆れて見せるシエルの言葉を聞きながら、俺は幾本もの蜘蛛糸が垂らされている縦穴を見上げた。


 のそのそと降りてきている住民達のせいで、すぐには登れそうにない。


 その様子を見上げながら、俺は心底シエルに感謝した。


 あまりに遅いその降下速度に、俺は若干苛立ちを覚えつつあったからだ。


 とはいえ、一般人の彼らがそんな簡単に縦穴を降りれないのは当然の話だ。


 特に、子供なんかは、ロープがあっても恐怖で降りることができていないようだし。


「これはまだまだ改善が要るな。階段でも作れれば一番速いんだけどなぁ」


 そのためには、爆霧草を全て除去する必要がある。


 色々なやり方はあると思うが、ちょっと危険が伴うから、今すぐにはやめた方が良いだろう。


 そんなことを考えた俺は、一つため息を吐くと、両足を思い切り踏ん張った。


『ちょ? ニッシュ何するつもり!?』


 制止するシエルの声を振り切り、俺は思い切り地面を蹴って、まっすぐ上へと飛び上がる。


 跳び上がった勢いのまま縦穴に突っ込んだ俺は、ロープを伝って降下中の住民達の合間を狙って壁を蹴る。


 そうして、何度か壁を蹴った後に縦穴を通り抜けた俺は、即座に光魔法とジップラインを発動した。


『無茶しすぎじゃない? もし人を蹴ってたらどうするつもりだったのよ』


「そんなヘマ、するわけないだろ? 何年間、ゼネヒットの夜を駆け回ったと思ってるんだ?」


 自信満々に言い切った俺は、住民達の頭上を飛んでゼネヒットの街に急いだ。


 実際、あれくらいの障害なら、魔法を使わなくても何とかできる。


 そう考えると、俺も結構成長したんだなぁ。そんな風に考えていた俺の脳裏に、シエルの言葉が突き刺さった。


『ニッシュ、なんか最近、ヴァンデンスに似てきてない? もう少ししたら、自分のことをおじさんとか言いだしそうだわ』


「んなっ!? 失敬な!!」


『ふふふ。失敬って。完全におじさんじゃない』


 頭の中で笑うシエルに何も言い返せなかった俺は、住民達を助けることが優先だと自分に言い聞かせることで、留飲を下げた。


 思い返してみれば、今の会話をヴァンデンスに聞かれてなくて良かったと思う。


 そんなことはさておき、地下通路から出た俺は、そこでカーズ達とすれ違った。


 彼らは大きく膨れた皮袋を持っている。多分、無事にサラマンダーから素材を取り出すことが出来たんだろう。


 そんなカーズとグレアムが地下通路へと入ってゆくのを確認し、俺は氷の通路の中に飛び込んでいった。


 そこからは、ただひたすらに街中を駆け回った。


 まだ通っていない氷の通路を駆け、住民を探し、地下通路の入り口まで誘導する。


 中には身体が冷え切って弱ってしまっている子供や老人などもいたが、その場所に多くの応援を呼ぶことで対応した。


 そうした捜索が進むにつれて、少しずつ手伝ってくれる住民が増えてゆくことに、俺は気が付く。


 捜索の目が増えるのはありがたいことだ。俺がそんな風に考えて、更に捜索を頑張ろうと意気込んだ時。


 氷の通路の奥から甲高い叫び声が響き渡ってきた。


 咄嗟に声のした方へ向かった俺は、氷の通路の中で尻餅を付いて怯えている人々を見つけた。


 なにやら氷の壁を凝視したまま怯えている彼らに、俺は駆け寄る。


「どうした? 何かあったのか?」


「影が……壁の外に……」


 寒さと恐怖で顎を震わせている1人の男が、氷の壁を指さしながら告げた。


 そんな彼の指さす壁に目をやった俺は、しかし、影のようなものを見ることはできなかった。


「影? それはどんな姿をしていた? もしかしたら、外で壁を作ってくれてるメアリーのものかもしれない」


 怯えている人々の気のせいだろう。


 そう思った俺は、皆を落ち着かせるためにそんな問いを投げた。


 しかし、ブルブルと震えて怯えている女性が、首を大きく横に振りながら応える。


「角が、大きな角が、ありました!!」


「角? それは……メアリーじゃないよな。メアリーのは耳だし」


「背丈も、普通の人間より何倍も大きかったです!!」


「何倍も? そんなバカな……」


 バカな話が、あるもんか。


 そう告げようとした俺は、不意に、視界の端で何やら黒い影が動いたことに気が付いた。


 思わず口を噤んだ俺は、恐る恐る、影の方に視線を動かす。


 鹿の角と細長い手足を持った巨大な黒い影が、壁の外から俺達のことを覗き込んでいた。


 背丈は確かに、成人男性よりも2~3倍はありそうだ。そんな長身の影が、足を折り曲げて氷の壁の中を覗き込んできている。


 驚きのあまり硬直している俺の様子に気が付いたのか、住民達も恐る恐る俺の視線の先を見やる。


 そうして、その場にいる誰かが悲鳴を上げそうになった瞬間。


 その黒い影は一瞬にして姿を消してしまった。


 影が何の前触れもなく姿を消したことで、俺を含めた全員がホッと胸を撫で下ろす。


 直後、背筋が凍るような甲高い声が、耳元で囁きかけてきたのだった。


「けけけけけけけけけけけけけけけけ」

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