第236話 蜘蛛の糸
俺の指令を聞いた皆は、一斉に動き出した。
今手元にある限りの衣類を身に纏い、なるべく防寒対策をした状態で外に飛び出してゆく。
とはいえ、それだけの装備で外に飛び出して無事でいられるのは、カーズなどの火魔法をある程度以上扱える者だけだろう。
そこで俺達は、メアリーの手を借りることにした。
簡単に言えば、建物から建物に移動するための通路を、メアリーに氷で作ってもらったのだ。
通路を通る俺達が吹雪に晒されないように、メアリーが壁と天井を幾つも作ってゆく。
普段の彼女なら、その労力を前にして文句の一つでも垂れるところなんだろうけど、今日の彼女は一味違う。
何しろ、周囲の至る所が冷気で満たされているのだ、彼女からすれば、いつも以上に氷魔法を使いやすい環境だろう。
それを証明するかのように、張り切った様子のメアリーは、涼しい顔でルミーとリンクすると、次々と通路を造り上げていった。
もはや、通路の中を進むしかない俺達では、彼女のスピードに追い付くことができない。
まさに、水を得た魚、雪にまみれるキタキツネのようだ。
「こんなことになるなら、もっと早くにダンジョンとの連絡通路を完成させとけばよかったなぁ……」
「仕方ないわよ、誰もこんなことになるなんて分からなかった訳だし」
俺の呟きを聞いたシエルが、慰めるように告げる。
そんな慰めを聞いて薄く笑みを浮かべた俺は、そこで他の仲間たちと別れることにした。
既にメアリーが作り上げている氷の道が、2手に分かれていたのだ。
そのまた先の通路も2手に分かれていて、というのを繰り返し、気が付けば俺の後に着いて来ているのは、マーニャだけになっている。
不安そうな彼女に軽く笑いかけた俺は、しかし、何も言葉を交わすことなく先を急いだ。
体が冷えてしまうため、なるべく足を止めるべきじゃない。
氷の通路を抜けて、建物の中に入ったら、家中を探索し生存者と使える物を見つけ出す。
取り敢えず使える物のうち、防寒具だけを手にした俺達は、後々取りに戻ってきた時に見つけやすいよう、氷の通路前に荷物をまとめておいた。
そうして、再び氷の通路に入って次の建物を目指す。
これを何度も繰り返すことで、少しずつ街の南に進んだ俺達は、ようやく、目的の建物の中へと入り込んだ。
その建物は、息吹の夜の時に俺達がダンジョンから侵入を果たした、例の建物だ。
そこには既に大勢の人が待機しており、ダンジョンに続く地下道を覗き込んでいる。
「どうした? 先に進めないのか?」
「通路が狭すぎて詰まってるんだよ」
地下道の入り口を覗き込んでいる人々に語り掛けると、誰かしらの返事が返ってくる。
その返事を聞いた俺は、納得しながら頷くと、背後にいるマーニャに振り返り、声を掛けた。
「ちょっとここで待ってて。道を広げて来るから」
「え? あ、うん。気を付けて」
マーニャの言葉に背中を押され、勇気をもらった俺は、躊躇うことなく地下道の入り口に飛び込む。
地下道には既に大勢の人々がごった返している。
そんな人々の頭上を、光魔法とジップラインを駆使して突き進んだ俺は、通路の行き止まりに到達した。
この行き止まりの足元に、ダンジョンに続く縦穴がある訳なんだが。
「これは詰まって当たり前だよなぁ……」
1人ずつしか通れない程の狭い通路を、自由落下に任せて降りなければならない。
普通に数人が通るだけでも、ある程度の時間がかかって当然だ。
それが、街中の人々を通そうものなら、かなりの時間がかかるに決まっている。
「ここを安全に降りれる道を造らなくちゃいけないわけだけど……」
そう呟いた俺は、通路の端の壁に貼りついたまま、改めて周囲の様子を見渡す。
当然ながら、光魔法のせいで煌々と輝いている俺の姿は非常に目立っているらしい。
ほぼ全員が俺のことを凝視しているようだった。
そんな顔の中に、俺は1人の顔を見つける。メリッサだ。
前回の人生で、一緒に東の森で生活した女性。
『確か、メリッサのバディは蜘蛛だったよな……それなら!』
ふと、良い案を思いついた俺は、両手の指先からラインを伸ばした。
ダンジョンに続く縦穴の周囲にラインを潜り込ませ、穴が広がるように調整してゆく。
そこまで終えた俺は、こちらを見ている皆に告げた。
「よし、今から穴を広げますので、全員穴から離れてください。それと、穴を広げる過程で、穴の中で爆発が起きると思いますが、気にしないでください」
そう言った俺は、皆が穴からある程度の距離まで離れたのを確認して、ジップラインを発動する。
直後、宣言通りに穴が広がり始めた途端、縦穴の中で爆発するような赤い炎が立ち上がった。
この縦穴の壁面に生えていた爆霧草が、ジップラインに反応したんだろう。
その炎でもう少し暖を取りたいなと思った俺だったが、今は避難を優先させるべきだと判断する。
予定通り穴を広げ終えた俺は、驚いた表情のまま俺の方を見ているメリッサに視線を向けて、声を掛けた。
「そこのあなた、もしかして蜘蛛のバディを連れてませんか? もしよければ、皆を降ろすのを手伝ってください」
「あ、はい!!」
突然声を掛けられたことに驚いているらしい彼女は、人ごみをかき分けて穴の傍に寄ってきた。
そんな彼女を見ながら、俺はジップラインを駆使して穴の周りに岩で出来た手すりを作る。
「蜘蛛の糸をこの手すりに引っ掛けて、下に垂らしてください。沢山あればあるだけ助かります」
「分かりました」
俺の説明を聞いたことでやりたいことを即座に理解したらしい彼女は、胸元に居た蜘蛛のバディと共に、降下用のロープを作り始めた。
その様子を見ながら、俺は思う。
『一番初めに、ここにシェミーを連れて来るべきだったな……まぁ、こうなったもんは仕方ないか』
シェミーのモフモフに人を詰め込んで、移動してもらえれば、一番安全に降下できるわけだが。
今彼女はここにいない。
息吹の夜の作戦を決行した時は、そうやって、俺達もダンジョンに住んでた住民達も、シェミーに運んで貰った。
『まぁ、今後ずっとシェミーに頼り続けるわけにもいかないし、この際良いか』
ようやく降下用のロープが完成したのを見届けた俺は、一旦下で待つように皆に告げると、マーニャの待つ場所まで戻った。
待ちぼうけていたらしい彼女は、少し体を震わせながら尋ねて来る。
「ニッシュ。上手くいった?」
そんな彼女に、俺は笑いながら応えたのだった。
「もちろん。すぐに皆避難できるさ」