第235話 はた迷惑な奴
この世界に生を受けてから10年と半年。
言われてみれば、俺はまだ冬という季節を経験したことが無い。
あまり深く考えてこなかったし、考える余裕もなかったけど、このタイミングで新しい知識を得ることができた。
この世界には季節という概念が無いらしい。
もしかすればそれは、世界中じゃなくてエレハイム王国のある地域だけなのかもしれないけど、確かに冬も夏も無かった。
その代わりと言ってはなんだが、雹幻獣ネージュという生物が、極寒の季節を運んでいるらしい。
雪がちらつき始めてから数分で、気温が急激に低下してゆき、ついには息が白くなる。
ぺらっぺらのシャツだけでは、どう考えても防寒できていないため、急いで建物の中に入った俺は、絶望した。
部屋の中も、どこもかしこも寒い。
メアリー曰く、雹幻獣ネージュによる極寒は完全にネージュの気分で移動してゆくため、建物の多くは防寒対策がとれていないとのことだ。
短い時は数時間で通過してしまうが、長い時は年単位で居座り続けるらしい。
なんというか、滅茶苦茶はた迷惑な奴だ。
過去の事例として、4年と7か月もの間、1か所に留まり続けたことがあるらしく、その時に極寒に閉ざされた街は、全て壊滅していたそうだ。
人も建物も、ありとあらゆるものが凍り付いてしまい、もはや人の住める場所ではなくなったとか。
不幸中の幸いとして、この極寒の中を魔法騎士達が移動できるわけもないため、この隙にゼネヒットを襲撃しようとする輩はいないだろうとのこと。
「いや、その前に俺たち自身が危ないよな……」
大量の毛布で体を包み込んだ俺は、鼻水をたらしながら呟いた。
いつもなら頭の上に寝転がっている筈のシエルも、寒さに耐えきれないらしく、俺が体に巻き付けている毛布の中に潜り込んでいる。
椅子に座りたくても、椅子が冷たくなりすぎていて、座れない。
そうやって、部屋の中に立ち尽くした俺は、同じように毛布にくるまっている仲間たちを見渡した。
流石のヴァンデンスやアーゼンも、寒さにはあまり強くないのか、毛布にくるまりながらブルブルと震えている。
メアリーやカーズ、そしてアルマとヴィヴィは、それほど寒さの影響を受けていないようだ。
ジェラールに至っては、寒さに震えながらも、うとうとと眠たそうにしている。
彼のバディがトカゲだということが関係あるのだろうか。
そんなことを考えた俺は、ジェラールが完全に寝てしまわないように肩をとんとんと叩いてから、改めて皆に声を掛けた。
「えっと、なんか急に窮地に陥ってるわけだけど、何か対策案がある人いる?」
「急いで暖を取らなくてはなりませんわ」
そんな当たり前のことを真剣に告げたのは、メアリーだ。
更に考えがあるらしい彼女と視線を交わした俺は、ゆっくりと頷いて、続きを促す。
しかし、真っ先に話を始めたのは、メアリーではなくアーゼンだった。
「暖を取るって、どうやってとるんだよ。火を起こそうにも、ネージュの冷気のせいでそもそも火が付かねぇぞ。それに、ネージュの言い伝えが本当なら、そろそろ……」
そこまで話を続けたアーゼンは、しかし、口を噤んだ。
と言うのも、唐突に無数の音が外から聞こえて来たのだ。
バラバラバラ……と、何か塊が落ちて来たような、そんな音。
建物の外から聞こえてくるその音を聞いた俺は、急いで窓の近くに駆け寄り、音の正体を目にする。
「雹か……」
真っ白な雪が右に左にと吹き荒れている中、ひときわ大きな塊が街に降り注いでいた。
薄っすらと見えるそれらの塊が、道や建物の屋根の上に落ちて、音を立てているらしい。
それだけならまぁ、外に出ない限りなんとかなる訳だけど……。
少し安堵しかけた俺は、直後、路地の向かいにある建物の窓が、激しい音を立てて割れたのを目にしてしまった。
十中八九、雹が窓を突き破ったんだろう。
自然と引き攣ってしまう頬を緩めるために、大きな深呼吸をした俺は、息を吐き切ると同時に振り返った。
全員が俺の方を、否、窓の外を見ながら黙り込んでいる。
多分、皆もこのままここに籠るのが得策じゃないと理解したようだ。
同時に、悠長なことをしている時間もない。
そう考えた俺は、漠然と頭の中で抱いていた案を口にする。
「アーゼン、ダンジョンに繋げてる通路はどれくらい広がった?」
「まだ半分くらいだぜ」
「分かった。ヴァンデンス、酒は街にどれくらい残ってる?」
「ん? そうだな、ざっと1か月は持つとおもうぞ? って、少年、もしかして飲むつもりかい? それはあまり感心しないなぁ……」
「いや、最悪の場合、アルコールは燃料になるだろ? そういえばグレアム、武器庫で氷漬けになってるサラマンダーがいたと思うけど、あれって何か使えない?」
「鱗と火炎袋が取れれば、着火剤とかに使えるかもしれん。取りに行こう」
「……燃料」
俺の言葉を聞いたグレアムが、大きく頷きながら応える。
そんな彼の言葉が終わるのとほぼ同じタイミングで、ぼそりとヴァンデンスが呟いている。
酒を燃料に使われるのがよほど嫌なのだろう。
とはいえ、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
改めて状況を整理した俺は、部屋にいる皆に告げたのだった。
「よし、街にいる人間全員で、ダンジョンに逃げ込もう。カーズはグレアムと一緒にサラマンダーの素材を取りに行ってくれ。その他の皆は、燃やせるものと衣類をかき集めながら住民を誘導だ!!」