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第233話 対話

 ゼネヒットが住民の反乱によって陥落した。


 そんな噂がエレハイム王国内に広がったのは、『息吹の夜』から1か月が経った頃だ。


 反乱から1か月もの間、噂が広がらなかったのには幾つかの理由がある。


 その中でも最も大きな理由と言えば、戒厳令が出されたことだろう。


 ゼネヒットから撤退した魔法騎士アンナにより報告を受けた国王は、当然ながら怒り狂った。


 流石のバーバリウスも、国王の怒りを鎮めることはできなかったらしい。


 制止するバーバリウスの言葉は意味を為さず、魔法騎士団による制圧軍が組織されたのが戒厳令が発動してから1週間後のこと。


 そうして、陥落したゼネヒットに向けて出陣した制圧軍は、あっけなく返り討ちに合ってしまう。


 それもそのはず、怒り狂った国王が送り出した制圧軍には、フィリップ団長が含まれていなかったのだ。


 正攻法で攻めても、光速で飛び交う子供と氷結魔法を使うドレス姿の女、そして、サソリの尾を持った炎使いに阻まれた。


 兵糧攻めをしようにも、籠城するウィーニッシュ達にはダンジョンを活用した最低限の自給自足能力があったため、殆ど効果が無かった。


 まるで、あらかじめ対策を練っていたかのようなウィーニッシュ達の対応に、制圧軍は成す術なく追い返されてしまう。


 そうして、数週間にもわたってゼネヒットを攻めあぐねている制圧軍の様子が、外部に漏れないはずがない。


 まるでゼネヒットを中心とする波紋のように、噂が国中に広がってゆく。


 通常であれば耳を疑うようなその噂は、しかし、多くの国民の間ですんなりと受け入れられた。


 理由は簡単だ。


 今回流れた噂の中心に、以前流れた噂の人物がいたのだ。


 ゼネヒットの怪人、ウィーニッシュ。


 まだ子供でありながらも、魔法の才に恵まれた彼が、ついに反乱を起こした。


 良く言えば圧政に対抗する英雄として、悪く言えば独善的な逆賊として。


 ウィーニッシュの名前は国中で囁かれる。


 彼は次に何をしでかすのだろう。半ば期待の籠った噂を余所に、ウィーニッシュは沈黙を貫く。


 王都では制圧軍が返り討ちにされたことで、様々な憶測が飛び交っていた。


 ゼネヒットの軍勢が、仕返しのために王都に攻め込んでくるのではないか。


 もしくは、エレハイム王国軍の隙を突くために、虎視眈々と機会を伺っているのではないか。


 それらの憶測は、王都に住む貴族たちに不安を蓄積させてゆく。


 しかし、結論から言えば、ウィーニッシュ達はその後5年もの間、沈黙を貫くことになる。


 当然、ゼネヒットの様子を調べるために、何度もエレハイム王国軍の斥候が街の中に侵入しようと試みたが、報告に戻った者はいない。


 そして、ウィーニッシュが15歳になった年のこと。


 エレハイム王国の国民はその間にゼネヒットで何が起きていたのかを知ることになる。


 初めに異変に気が付いたのは、商人達だった。


 ゼネヒットの東にある森の付近に、小さな集落が出来上がっているのを目撃したのだ。


 簡素な造りのその集落には、10人を超える人が住み、小さな店を開いていた。


 エレハイム王国から、ゼネヒットに近づくのを禁じられていた商人たちは、しかし、その集落に興味を抱かずにいられない。


 そうして、数人の商人が国の命に背いて集落の店と取引を始める。


 そこで売られていた食物や衣服などは、他の街に比べて異常に安い金額で売られており、かつ、品質も高かったのだ。


 つまり、格安で仕入れたそれらの商品を、他の街で通常の価格で売れば、差額が商人達の利益になる訳だ。


 このことに気が付いた商人達は、人知れずこの集落に通い詰め、何度も取引を繰り返した。


 その過程で、商人達はもう一つの事実を知ることになる。


 その集落で使われている通貨が、エレハイム王国の通貨と異なるのだ。


 薄っぺらい紙を通貨として使用している彼らのことを、商人達は半ば馬鹿にしていた。


 紙の通貨に価値などあるものか。という言い分で、エレハイム王国の通貨でのみ、取引を繰り返した商人達は、後々になって気づく。


 銅や銀、そして金が枯渇し始めたのだ。


 必然的に、国内でも採れる量の限られているそれらの金属の価値が、爆発的に跳ね上がった。


 結果、1年で国中が混乱し、国は原因がゼネヒットにあると知る。


 エレハイム王国はすぐにゼネヒットと交易をしていた商人達の捜索を始める。


 しかし、まるでタイミングを見計らったかのように、とある事件が発生した。


 約6年ぶりに、ウィーニッシュがゼネヒットの外に姿を現したのだ。


 雲一つない快晴のその日、突然、王都の正門前に1人の青年が姿を現す。


 どこからともなく現れたその青年は、リスのような尻尾と猫の耳を携えており、門兵はそれがウィーニッシュだと一瞬で気づいたという。


 そんな彼らを無視して、ウィーニッシュが高らかに声を上げる。


「王都ネリヤに住まわれています貴族の皆々様! 魔法騎士の皆様! そして、ニコラ・ド・エレハイム国王! ウィーニッシュでございます。少しお話がしたくて伺いました。よろしければ、平和的に対話できないでしょうか?」


 空気を低く響かせる彼の声は、王都ネリヤの隅々にまで届いた。


 しばらくして、開かれた正門から出てきたのは、魔法騎士のアンナと、フィリップ団長の2人。


 剣を携えている2人を見たウィーニッシュは、小さくため息を吐くと、笑顔を零したのだった。

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