第232話 お祭り男
息吹の夜が明けてから、俺が一番初めに向かったのは、バーバリウスの屋敷の地下だ。
俺が塔を作ったせいで、地下の通路の一部が崩れてしまっている。
そんな通路を半ば強引にほじくり返した俺は、ようやく地下通路を見つけて、中へと足を踏み入れた。
同伴しているのはカーズと、そしてグレアムという老人だ。
この老人はカーズの過去を知っている数少ない人物として、俺の中で印象に残っている。
特に、シェミーがカーズのバディじゃないと聞かされたときは、かなり驚いた。
そんな俺達の目的はもちろん、地下牢に捕まっていた老人を助け出すことだ。
囚われている老人のことを話した途端、グレアムが血相を変えて、すぐにそこに連れて行くように要求し始めたんだ。
何か心当たりでもあるのだろうか。
そんなことを考えながらも、暗い通路を松明で照らしながら進んだ俺達は、目的の場所へとたどり着く。
ひんやりとした空気と沈黙が充満しているその通路に足を踏み入れた俺は、扉をくぐってすぐの牢屋に目を向けた。
そこには、あの老人がいて、横になったまま俺達の方を睨みつけてきている。
「おじいさん。助けに来ましたよ。大丈夫ですか?」
取り敢えず、そんな風に声を掛けた俺は、横たわったままの老人の反応を伺った。
しかし、老人は何も言葉を発することなく、俺達に視線を投げつける。
と、その時。
俺の後から扉をくぐったグレアムが、とんでもない言葉を呟いたのだった。
「バンドルディア先生……」
「え?」
その名前を聞いた俺は、思わず声を漏らしてしまう。
バンドルディアといえば、カーブルストンのダンジョンで手に入れた学術書の著者の名前だ。
確か、魔法とかバディの研究をしていた有名な学者だと、アンナが言っていた。
そんな彼がどうして、こんな牢屋に居るんだろう。
ふと胸に沸いた疑問を、俺は口にすることができなかった。
なぜなら、鉄格子を握りしめたグレアムが、その場にうずくまりながら嗚咽を漏らし始めたからだ。
グレアムとバンドルディアがどんな関係だったのか、先ほどの言葉から推察できる。
その様子を見ていた俺は、ふと、今しがた抱いた疑問の答えに思い至った。
カーズから聞いていたヘル・ハウンズと、アーゼンから聞いたライト兄弟の話。
そんな強力な戦力を、ハウンズが保持できていたカラクリに、バンドルディアが関わっているに違いない。
更に言えば、シェミーの捕らえられていたという研究所などにも、何らかの関わりがあるはずだ。
逆に、なぜ今の今までその考えに至らなかったのか、自分の愚かさを嘆いた俺は、大きなため息を吐く。
そして、カーズが牢屋を開けているところを眺めながら、俺は昨晩のことを思い出した。
バーバリウスが撤退し、魔法騎士達も滞りなく撤退を始めた頃、慌てた様子でアンナが俺の元にやって来たのだ。
彼女は懐から1枚の封筒を取り出すと、俺に投げて渡してきた。
それは、1通の手紙だった。
差出人はアンナじゃない。F・E・Sという名前の人物だ。取り敢えず、お祭り男とでも呼んでおこう。
このお祭り男の正体が誰なのか、なんとなく想像はついてるけど、決めつけてかかるのは危険だしな。
肝心の中身はと言うと、簡潔な1文だけが書かれていた。
『燃えるような赤い宝石を守ってくれ』
意味が分からない。
この手紙を書いたお祭り男が、俺の想像通りの人物だったとして、何が言いたかったんだろう。
燃えるような赤い宝石って?
守るって、何から守るんだ?
色々と考えるべきことが増えた気がした俺は、とりあえず手紙を封筒にしまった。
もしかしたら、バンドルディアなら、何か手がかりを知っているかもしれない。
そう考えた俺だったが、そんな希望が薄れてゆくのを感じる。
「近づくなぁ!! 儂に近づくなぁ!!」
牢屋の中に入って、バンドルディアを連れ出そうとするカーズに対して、彼が叫びまくっている。
まず間違いなく、バンドルディアもバーバリウスの被害者なんだろう。
ようやく大きな仕事を1つ終えたはずなのに、もう新しい課題が生まれている。
それでも俺は、俺達は進むしかない。
せっかく掴んだ居場所を守るために。
全力であがき、守り抜くために。