第230話 後悔なんてしていない
何も見えない闇の中だからこそ、小さくてか細い光が、見えるようになる。
見えているからこそ、耳を澄ましていなくても、その光の発する声が、聞こえるようになる。
これらは、今日この日のために作戦を練り直していた時に、ウィーニッシュが告げた言葉だ。
はじめてその言葉を聞いた時、私を含めて多くの仲間達は、よく理解できていなかったと思う。
だけど、こうして目の当たりにすることで、私は―――マーニャは、彼の言葉の意味をよく理解できた気がした。
ゼネヒットの西と南と北で、それぞれ騒ぎが起きていた間に、私はダンジョンに住んでいた他の仲間達と一緒に、街中を走り回った。
そして、襲撃の騒ぎから逃げるように身を隠している住民達を見つけては、彼らに伝えたのだ。
「もしバーバリウスとか国に文句があるなら、この後、街に闇が降りた時、小さく光る蝶を見つけて空に放ってあげてください。それと、蝶のいる場所には武器が隠されているので、護身用に持っていてくれて構いません」
この言葉を聞いた住民達の多くは、私たちの言葉を聞いて、半信半疑だった。
いや、半分も信じてくれていなかったと思う。
だけど、いざ街が闇に閉ざされると、事態は一変した。
パニックに陥る多くの住民達が、街の中の至る所で光り輝く小さな蝶を見つけたのだ。
闇の中だからこそ、見えるようになる。
ウィーニッシュの言葉が脳裏をよぎった私は、近くにいた蝶を空に放ち、蝶の止まっていた個所に目を凝らした。
レンガ造りの壁に、僅かな隙間がある。
その隙間に指を突っ込んだ私は、レンガを少しだけ動かせることに気づき、隙間を広げた。
そうして、隙間の中から1本の短めの剣を取り出す。
これらの武器と蝶は、5年近く前からゲイリーが仕込んでいたものだ。
毎晩、夜中にゼネヒットの街を騒がすウィーニッシュの陰に隠れて、仕込み続けた彼の所業は、普通じゃない。
元々、この武器を住民達に使ってもらって、反乱を起こすという作戦だった。
蝶はそのための目印で、それ自体に大きな意味は無かった。
しかし、私とウィーニッシュがエイミィ達の住んでいたチュテレールで修行を終えて帰ってきた後。
作戦を練り直す中で、ウィーニッシュが今回のような使い方を提案したんだ。
その時の事を思い返しながら、私は空に視線を上げる。
ヴァンデンスの魔法で真っ黒に塗りつぶされてしまった夜空には、無数の蝶が舞い踊っている。
巨大な群れで帯を為すその蝶たちは、グネグネとうねりながら、北の方角へと飛んでいた。
と、その時、前方に大勢の衛兵たちが姿を現す。
武器を携えて立ち尽くしている私に気が付いた衛兵達は、まっすぐにこちらへと駆け寄ろうとしてきた。
こんなところで捕まる訳にはいかない。
そう思った私は、すぐに携えていた剣を構える。
するとその時、衛兵たちの1人が何かに気が付いたらしい。
北の空を見上げたその衛兵は、驚きながら足を止める。
そんな彼に釣られるように他の衛兵達も足を止めて、夜空に突如として現れた白く輝く巨大な蝶の羽を見上げている。
あまりにも美しいその羽は、街全体を覆い尽くしてしまえそうなほどに巨大だ。
その羽に気が付いたのは、私や衛兵達だけじゃなかったらしい。
先ほどまで建物の中に籠っていた住民達が、ぞろぞろと外に出てきて、空を見上げている。
そのせいで、道と言う道には人が溢れかえっていた。
大人も子供も女も男も。
殆どの人がみすぼらしい格好をしていて、ひどく疲れた様子ではあるが、その目は輝く羽の光をキラキラと反射している。
そんな彼らの手には、様々な武器が握られていた。
すぐにそのことに気が付いたらしい衛兵達が、慌て始めた直後、ゼネヒットの街にウィーニッシュの声が響き渡る。
「バーバリウス!! 見えるか!? 聞こえるか!! これが俺達の声だぁぁ!!」
状況なんて分からない。
まして、声の主なんて私達の居る場所からは見えない。
それでも、夜空を彩る巨大な羽の方角から聞こえて来たその声に、多くの住民達が反応を示した。
絶叫、歓声、怒号。
ありとあらゆる声が、ゼネヒットの街を揺るがしてゆく。
流石の衛兵達も、その空気に圧倒されたらしく、身体を硬直させてしまっていた。
そんな中で、私も大声を上げながら、手に持っていた剣を空に掲げる。
そして、住民達の声が落ち着き始めたのを見計らって、叫ぶ。
「この街は私達のものだぁ!! 出ていけぇ!! バーバリウスも魔法騎士も、出ていけぇ!!」
私のこの叫びは、瞬く間に周囲に伝搬してゆく。
そうして気が付けば、衛兵達の間に撤退の声が響き渡り、そんな彼らを多くの住民が追い立て始めた。
その光景を、路地の隅に寄ってみていた私は呟く。
「ついに始まった……」
そんな私の呟きに、頭の上に乗っていたデセオが問いかけてくる。
「ん? マーニャ、もしかして後悔してるの?」
彼のその問いかけを聞いた私は、小さく笑みを浮かべ、改めて空に見える羽を見上げながら返答したのだった。
「ううん。だって、バーバリウスにこんな文句を大声で言えただけで、気分がスカッとするんだもん。後悔なんてしてないよ」