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第227話 弱虫

 不敵な笑みを浮かべているカートライトを見たわたくしは、隣にいる男に向かって叫んだ。


「来ますわ!!」


「望むところだ!!」


 直後、真っ先に動き出したのはアーゼンだ。


 彼は宙を舞っているカートライトのことを睨みつけて、一直線に駆け出している。


 そんな彼の様子を見て、私は自分の役割を理解した。


「つまり、足元のトカゲは私の相手ですのね!!」


 アーゼンの後を追うように走り出した私は、そう言いながら両手を大きく広げる。


 両の掌から漏れ出る冷気が、一瞬にして氷の槍を形成した。


 それらの槍に触れた私は、勢いよく前方へと打ち出す。


 音もなく飛び出した2本の槍は、アーゼンの両脇を追い越す形でまっすぐに飛ぶと、それぞれ、サラマンダーの腕と身体に命中した。


 しかし、硬い鱗に覆われているサラマンダーには、あまりダメージを与えることができていない。


 それを見て取った私は、直後、右へ90度方向転換をする。


 と言うのも、サラマンダーが今にも火球を吐き出しそうな素振りを見せたのだ。


 同じくその素振りを見て取ったらしいアーゼンは、それでも加速をやめることなく、突き進んでゆく。


 そうして、アーゼンがサラマンダーの目と鼻の先に到達したその時、明滅するトカゲの口から、燃え盛る火球が放たれた。


 その火球を、ギリギリのところで跳躍して避けたアーゼンは、そのままサラマンダーを踏み台にしてカートライトに飛び掛かる。


 私はというと、なんとか火球を躱したアーゼンを見て安堵しつつ、氷の弾を生成していた。


 今度は槍のような形状ではなく、人の頭部くらいの大きさの単純な球体だ。


 サラマンダーの注意がアーゼンに向かっている隙に、死角に入り込んだ私は、そのまま作り出したばかりの球体を頭上に放り投げる。


 硬い鱗に守られている以上、効果のある攻撃はおそらく打撃系だ。


 そう考えた私は、放り投げた氷の球体目掛けて風魔法を発動した。


 ウィーニッシュ達ほどの威力は出せないが、何もしないよりはマシだろう。


 高く投げつけられた氷の弾は、重力と風魔法によって急加速し、狙った個所へと落下してゆく。


 そうして私の狙い通り、氷の弾はサラマンダーの尻尾の先端に着弾した。


 ほぼ直上から氷の弾が落ちてきたことにより、地面との間に挟まれた尻尾は、さぞ痛かっただろう。


 それを証明するように、サラマンダーは着弾と同時に激しく体を暴れさせた。


 人間でいう所の、痛みに悶えていたのだろう。


 尻尾を大きく振ることで、氷の弾を払いのけてしまったサラマンダーは、ゆっくりと私の方に視線を飛ばしてくる。


 と、その時。


 ペタッという音と共に、サラマンダーの眼前に、何やら塊が落ちてきた。


 それを投げた張本人であるカートライトが、アーゼンとの交戦を続けながら声を上げる。


「サラマンダー、ご飯だ! お前の大好物だぞ!! それを食って、その女とこの武器庫を燃やせ!! 燃やし尽くすんだ!!」


「てめぇ!! ちょこまかと!!」


「大ぶりの攻撃が僕に当たると思ってるの? いい加減飽きて来たよ。兄さん!! そろそろ終わらせよう!! こっちに来てくれる?」


 その会話が終わるよりも早く、目の前に落ちて来た塊を目にしたサラマンダーは、躊躇することなくそれに喰らいついていた。


 その様子を見た私は、猛烈に嫌な予感を覚える。


「何なんですの!?」


 塊を食べた直後、突如全身で明滅を始めたサラマンダー。


 明らかにおかしいその様子を、ただ茫然と見ているわけもなく、私は直感的に氷の壁を造り上げていた。


 自分一人が身を隠せる程度の小さな壁。


 その壁から明滅するサラマンダーの様子を伺いながらも、できうる限り壁の厚みを増していた時。


 パッと一瞬、サラマンダーが激しく光を放った。


 直後、武器庫全体を激しく揺さぶるような重たい衝撃と、身体を焦がすような熱風が、全身を襲う。


「くっ……!!」


 そのあまりの熱気と衝撃に、耐え切れなかった私は、氷の壁に身を隠すことしかできなかった。


 呼吸をするだけで肺が熱い。


 指を動かすだけで全身が痛い。


 頭の中でずっと鳴り続けるキーンという甲高い音に意識をかき乱されていた私は、なんとか歯を食いしばって気を失うことを免れた。


 そうして、周囲の様子を見て、私は息を呑む。


 武器庫を半分で分断していた分厚い氷の壁と屋根が吹き飛んでおり、周りは火の海と化していた。


 私がさっき身を隠していた氷の壁も、殆ど溶けて無くなっている。


 何が起きたのか、慌てて周囲を見渡してみても、アーゼンの姿は無い。


 動いている存在と言えば、こうなるであろうことを知っていたらしいカートライトと、彼に呼ばれた兄だろうか。


 頭部が蜂になってしまっている人影が、新たに追加されていた。


 そんな2人の姿を見た私は、しかし、それ以上に驚くべきものを目にして、呼吸を止めてしまう。


 驚くべきもの。それは、爆発の中心点に居たであろうサラマンダーの姿だ。


 つい先ほどまで、四つん這いのトカゲの姿だったサラマンダーの姿が、劇的に変化している。


 一番大きな変化と言えば、背中に生えている巨大な翼だ。


 その翼はメラメラと燃えているようで、猛烈な熱気を周囲にまき散らしていた。


 おまけに、ずんぐりむっくりとしていたその身体も、まるでドラゴンのように引き締まった造形になっている。


 いや、比喩とかではなく、本当にドラゴンかもしれない。


 そんなことを考えた私は、すぐにこの状況が最悪なものだと理解した。


 熱を放ち続ける今のサラマンダーが、ラージュの元に向かってしまっては、封印を破られてしまう。


 そうなってしまえば、作戦が全て台無しだ。


 止めなくてはならない。


 だけど、私の身体は動かなかった。


 頭では、今すぐに動いてサラマンダーだったものを止めるべきだと理解しているのに、私の身体は小刻みに震えるだけで、言うことを聞いてくれない。


『怖い』


 そんな考えが、全身を支配してしまっている。


 と、その時。


 元々武器庫の入り口があった周辺の瓦礫が、激しい音と共に勢いよく吹き飛んだ。


 そうして、瓦礫の下から姿を現したのは、全身に火傷を負っているらしいアーゼンと、彼を支えるロウ。


 そんな彼らは、一瞬私の方に目をくれたかと思うと、何も言わずにサラマンダーを睨みつける。


「おい、まだ終わってねぇぞ!! 俺が相手だぁ!!」


 勇ましく、そう叫んだ彼は、相変わらず一直線に、サラマンダーの元へと突っ込んでゆく。


 しかし、彼らの突進はカートライト達兄弟によって阻まれてしまった。


「もうやめときなって、どうせああなったサラマンダーを止めることなんて、誰にもできないんだから」


 まるで、吹き荒れる風のように飛び交うカートライト達は、手にしている針を駆使して、満身創痍のアーゼン達を翻弄する。


 そうして、ついには兄弟の見事な連携で彼を後方に吹っ飛ばしてしまった。


 まさか、パワーでアーゼンとロウが圧されると思っていなかった私は、その光景を見て茫然とする。


 もう、勝ち目はない。


 そう思った時、私に向けてアーゼンが叫んだ。


「メアリー!! てめぇだけでも逃げろ!! ここは俺が食い止める!!」


 その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが弾け飛んだ。


「……気に入りませんわ」


 呟きながら、私は自分の両手を睨みつける。


 小刻みに震えていた小さな手は、既に落ち着きを取り戻している。


 そのまま、自分の胸元に目をやった私は、未だに頭だけを出している自身のバディ、ルミーに対して告げた。


「私は、いつまでも隠れている弱虫じゃありませんのよ……」


 そう言いながら、私はゆっくりと立ち上がる。


 先ほどの爆発のせいでボロボロになってしまっているドレスを軽く叩き、汚れを落とした私は、スカートの邪魔な部分を破り捨てた。


 そうして、完全に立ち上がると、ゆっくりと歩き出す。


 猛烈な熱気を放っているサラマンダーと、武器庫の一番奥にあるラージュの封印された石の箱。


 そんな2つの間に立った私は、歯を食いしばり、両の拳を握りしめて、サラマンダーに対峙した。


 対するサラマンダーは余裕綽々と言った感じで、私のことを睨み返してくる。


 徐々に熱を強めて、今にも攻撃を仕掛けてきそうなサラマンダーに向けて、両手を前に突き出した私は、叫んだ。


「かかって来なさい、このトカゲ野郎!!」


 直後、サラマンダーは先ほどまでの火球とは比べ物にならない程の業火を、私目掛けて放つ。


 同時に、氷魔法を発動した私は、真正面から、サラマンダーの炎とぶつかった。


 冷気によってパリパリと音を立てる空気が、一瞬にして炎に溶かされてゆく。


 それでも私は、全力で氷魔法を放ち続けたのだった。

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