表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
224/277

第224話 隠している切り札

 俺の言葉を聞いたアルマは、いまいちピンと来ていない様子のまま、呆けている。


 つい先ほどまで、衛兵達による苦痛の時間を強いられていたところに、突然現れたガキ。


 そんなガキが、衛兵を全員倒してしまったかと思うと、突然感謝の言葉を述べたのだ。


 彼女が呆けるのも無理はない。


 アルマからすれば、俺に感謝される覚えはないだろう。


 それでも俺は、謝罪の言葉を取り消したり、取り繕ったりするつもりは無い。


 既に自由になっているアルマの手を取って、牢屋の外に引き出した俺は、改めて2人に向き直り、声を掛けた。


「俺はウィーニッシュだ。よろしく。突然で悪いんだけど、2人を助けに来た。すぐにここから逃げ出そう」


「ま、待って。どういうこと?」


「安心してくれ。俺の仲間が街中で注意を引いてくれてる。全員……」


「そうじゃなくて。どこに逃げるつもりなの? ここに来たってことは、知ってるでしょ? 国中どこにも、逃げ場なんてないはず。ただ闇雲に逃げ出しても、意味なんかないわ」


 アルマの言うことは至極真っ当な意見だ。


 ハウンズを相手にして、国中を逃げ回るのは得策じゃない。


 だからこそ、俺は小さく笑みを溢しながら、彼女の疑問に返事をした。


「誰が、この街から逃げ出すって言った?」


「え?」


 俺の言葉を聞いたアルマが、小さく声を漏らしたその瞬間、先ほど俺が蹴り破った扉から、ゲイリーが駆け込んできた。


 突然の乱入者に驚いたらしいアルマは、ビクッと反応している。


 対する俺は、いつも通り冷静なままの表情を浮かべているゲイリーに視線を送った。


「ウィーニッシュ、敵が来るぞ」


 外で見張りをしていた彼が、急いで俺の元に来た時点で察してはいたが、やはりそうだった。


 まぁ、扉を蹴破ったりと、大暴れしてしまったのでどちらにしても時間の問題だっただろう。


 取り敢えず状況を把握した俺は、アルマとヴィヴィに「話は後でしよう」と告げ、2人を奥に避難させた。


 念のため、ゲイリーに2人の傍にいてもらう。


 そうして、開け放たれた扉の方を向いて待ち構えていた俺の耳が、階段を降りて来る2つの足音を捉えた。


 ズシンと重たく響くような音と、音を消すように歩く音。


 少しずつ近づいて来るそれらの足音は、俺の想像以上にゆったりとしたテンポで響いている。


 近付くにつれ、胸の内に増してゆく緊張を感じた俺は、気を紛らわすために深呼吸をした。


 数秒後、2つの人影が階段に姿を現す。


 俺達の居る部屋の中から、開け放たれた扉越しに見えるその階段は、松明の揺れる灯りに照らされていた。


 その灯りを半身に受けたまま、扉の元まで歩み寄った大柄な男は、躊躇することなく部屋の中へと入ってくる。


 そんな男を見上げて対峙した俺は、全力の怒りを目に込めながら睨みつけ、呟いた。


「バーバリウス」


「ほう。このガキが、俺に逆らう愚か者か」


「そのようです。いかがいたしましょう」


 俺のことを見下ろしながら告げたバーバリウス。


 その隣にスッと並び立ったのは、毛皮を身に纏った女、カトリーヌだ。


 2人は短く言葉を交わしたかと思うと、すぐに視線を俺の背後に移した。


 まず間違いなく、俺の背後にいるアルマとヴィヴィを見ているんだろう。


 俺がそんなことを推測した直後、案の定、バーバリウスがアルマに語り掛け始めた。


「アルマ。逃げられると思ったか? だとするなら、残念だ。お前が未だにそのような間抜けだとは思っていなかったぞ? 既に身に染みておろう? この俺から逃げることは出来ん。観念してそこの牢に戻れ。そうすれば、今日の折檻は無しにしてやろう。俺もカトリーヌも、この愚か者どもの始末で忙しくなるからな」


「……」


 バーバリウスの言葉を聞いたアルマ達は、何か考え込んでいるのか、沈黙している。


 まるで、俺やゲイリーがこの場に居ないかのように、バーバリウスとカトリーヌはアルマ達に視線を注いでいる。


 さっきアルマが言っていた通り。街の外に逃げ場はない。


 それはバーバリウスもカトリーヌも知っているだろう。


 だからこそ、アルマは考え込んでいるはずだ。俺がさっき告げた言葉の意味を。


 一向に返事をしないアルマの様子に、苛立ちを覚え始めた様子のバーバリウス。


 彼が今まさに口を開こうとしたその瞬間を狙って、俺は言葉を挟み込んだ。


「え~っと。俺もこの場に居るんだけど、無視はやめてもらえるかな?」


「黙れ。貴様なんぞが口を挟んで良いお方ではない」


 俺の言葉に即座に反応を示したのは、カトリーヌの方だった。


 明確に怒りを顕わにした彼女は、背中に背負っていた巨大なハンマーの柄に手を添えながら、威嚇してくる。


 そんな彼女を片手で制したバーバリウスは、小さな笑みを浮かべながら告げた。


「落ち着け。このような小童を相手にムキになるな。所詮、身の程を知らぬ子供だ。威嚇しても意味などない。必要なのは適切な教育と恐怖のみ。それ以外は余計な雑音にしかならん」


「失礼しました」


「して、小僧。俺に用事でもあるのか? いい機会だ、聞くだけ聞いてやろう。何もないというのなら、そこで大人しくしておけ」


 言葉とは裏腹に、全身から強烈な威圧感を放つバーバリウス。


 そんな彼の威圧感に、一瞬圧倒されそうになった俺だったが、すぐに気を取り直すことができた。


 カーブルストンのダンジョンで対峙したケルベロスに比べれば、こんなのなんてことない。


 ましてや、俺は閻魔大王とも対峙したことがあるんだ。今更こんなことで怯えない。


 頭の中で自分にそう言い聞かせた俺は、どこか吹っ切れたような態度で、バーバリウスに語り掛けた。


「それじゃあ聞かせて欲しいんだけど。あんたから逃げることができないっていう話の根拠はなんだ? ハウンズの構成員が国中にいるからか? それとも、他にも切り札があるからか? 身の程をわきまえていない俺に、あんたの威厳のなんとやらを、聞かせてくれよ」


「貴様っ!!」


「ははははははっ!! 無駄に肝だけは太い小童じゃないか。おい小僧、なぜそんなことを知りたい?」


 再び怒りの声を上げるカトリーヌと、反して笑い声をあげるバーバリウス。


 両者の反応を注意深く観察した俺は、同時にバーバリウスの問いかけに答えた。


「え? なぜってそりゃあ、あんたの事をそんなにすごい奴だとは思えないからかな。さっきも言っただろ?威厳のなんとやらを見せてくれって。それはあくまでも、もし威厳があるならって意味だからな? どうせないんだろうけど。一応聞いておこうかなって思って」


『ニッシュ、まだまだ足りないわよ!! もっと言ってやりなさい!!』


 わざと仰々しく言って見せた俺は、頭の中に響くシエルの声を聞いて苦笑いを浮かべる。


 対するバーバリウスの表情は、明確に引き攣り始めた。


 背後にいるアルマ達の、息を呑むような音が聞こえる。


 それらを耳にした俺は、次の瞬間、目の前にいた人影の1つが、唐突に動いたのを目で捉えた。


 勢いよく石の床を蹴って俺に目掛けて突進してきたのは、カトリーヌだ。


 飛び出しながら、背中のハンマーを器用に振り上げた彼女は、勢いのままに俺の脳天に振り下ろしてくる。


 そんな様子を見た俺は、即座に対応した。


 全身を包むように光魔法を発動し、同時にポイントジップで右に移動する。


 直後、俺の左肩を掠めるように振り下ろされたハンマーは、空を切って床に打ち付けられた。


 それに伴って、強烈な衝撃が部屋全体を駆け巡り、ハンマーの着弾点を起点に、無数の亀裂が部屋中に走る。


 文字通り、瞬く間に広がってゆく亀裂を、スローモーションのように眺めていた俺は、一歩前に繰り出すと同時に尻尾を帯電させた。


 そうして、ハンマーを地面に打ち付けた状態のカトリーヌに、帯電した尻尾をぶち当てる。


 刹那。


 部屋の中に、眩い光が飛び散った。


 激しく飛び散る火花は、バチバチという音を立てて、カトリーヌの全身を焦がしてゆく。


 その火花から少し距離を取るために、一歩後退した俺は、元の立ち位置に戻ると、尻尾の帯電と全身の光魔法を解除する。


 途端、短い悲鳴を上げたカトリーヌが泡を吹きながらその場に倒れこみ、部屋の中に焦げた匂いが充満し始める。


 そんなカトリーヌの様子を見たバーバリウスは、目を見開いたまま動かなくなった。


 今の光景に、よほどの驚きを抱いたらしい。


 今までに見たことのない彼の様子に、少し満足感を覚えた俺は、バーバリウスを見上げて告げたのだった。


「で? 早く教えてくれないか? あんたから逃げられないって根拠を。隠してる切り札を」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ