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第222話 追憶:胸糞悪い

 それから立て続けに、幾つかの記憶を『オレ』は見た。


 複数の刺客から逃げるために、アルマとヴィヴィを庇いながら逃げ回る記憶。


 カーブルストン跡地に出来たダンジョンを探索している最中に、ケルベロスに襲撃され、命からがら逃げ延びる記憶。


 先ほど見たのと同じように、移動中に賊に襲われる記憶。


 そうして、戦地に赴く記憶。


 1つ1つの記憶は、全てバラバラの時期で、かつ、別々の場所の出来事だ。


 しかし、それらの記憶にはいくつかの共通点があった。


 それは、アルマとヴィヴィ、そしてライト兄弟の存在だ。


 ライト兄弟とは、キールライトとカートライトの兄弟のことを指して、『オレ』が勝手に呼んでいるだけだ。


 前世の記憶もあって、覚えやすいし。


 アルマ達とこの兄弟が、いつも記憶の中に出てくることが、第一の共通点。


 そして、記憶の中ではいつも、アルマとヴィヴィを狙った刺客が現れる。


 そんな刺客たちからアルマとヴィヴィを守るために、俺が怪我を負って、逃げおおせた後に治してもらう。


 そこまでが一連の流れとでもいうように、記憶の中の俺は何度もアルマとヴィヴィに怪我を癒してもらっていた。


 これらの記憶から分かるのはそれだけじゃない。


『オレ』の想像以上に2人は色々な所に移動している。


 てっきりどこかの牢獄に、ずっと閉じ込められているのかと思っていた『オレ』は、どうやらそうじゃないことに気が付いた。


 だからこそ、『オレ』は1つの疑問に思い至る。


 国中に出回っている、ヴィヴィの能力を使って作られた回復薬は、いつ作られているのだろうか。


 そんな疑問の答えを、『オレ』はようやく知ることになる。


 何個目の記憶なのか、数えるのを放棄していた俺は、次の記憶の舞台がゼネヒットのバーバリウスの屋敷だと知る。


 それを知った理由は単純明快だ。


 ここにきて初めて、牢屋に四肢を繋がれたアルマとヴィヴィの姿を見たからだ。


 まさに、記憶の欠片を見始める前に俺がいた、あの牢屋だ。


 その牢屋では、先ほど聞いたようなアルマの悲鳴と、ヴィヴィの苦痛に悶える声が響き続けていた。


 簡単な話だ。


 回復薬の在庫が切れかかったから、ゼネヒットに呼び戻され、補充をさせられているということだろう。


 痛みのせいで零れる涙も、全身から流れる血液も、苦痛のせいであふれる汗も。


 ヴィヴィからあふれる体液を、複数人の男が手際よく集め、体液の出が悪くなると痛めつけられる。


 そんなことを、延々と、数日間にわたって続けられていた。


 見ていられない。


 そう思った『オレ』は、しかし、その光景が目の前に広がっていることに嫌気がさした。


 少し考えればわかることだ。


 この光景を『オレ』が見ている時点で、記憶の中の俺も、同じ光景をただ見ていたということなのだから。


 恐らく、ハウンズから母さんのことで脅しをかけられたせいで、何もできなかったんだろう。


 そう思うことで、『オレ』自身の気持ちを落ち着けようとしたが、そんなことで全ての感情が収まる訳が無かった。


 怒りとか罪悪感とか悲しみが、頭の中でごちゃ混ぜになっていく。


 それは記憶の中の俺も同じだったようで、痛めつけられているヴィヴィの姿を見ながらも、歯を食いしばって耐えていた。


 この光景はいつまで続くのか、早く終わって欲しい。


 そんなことを思い始めた時、唐突に場面が転換する。


 そして映し出されたのは、燃え盛るゼネヒットの街だった。


 何が起きたのか、全く理解できなかった『オレ』は、先ほどまでの光景がようやく終わったことに安堵する。


 だけど、その安堵が長く続くことは無かった。


 燃え盛っている街を見下ろしていた記憶の中の俺は、どうやら城壁の上にいるらしく、呼吸を荒げている。


 そんな俺は、両腕でシエルを胸に抱えており、抱えられているシエルは、気絶しているようだ。


 この様子だと、何者かがゼネヒットを襲撃したんだろう。


『オレ』がそんなことを思った時、記憶の中の俺が口を開く。


「アルマ……やめろ」


 掠れる声でそう告げた俺の視線の先には、城壁の縁に立つアルマの姿がある。


 しかし、彼女の姿はいつもの様子と大きく異なっていた。


『リンクしてるのか……?』


 ヴィヴィと同じような大きな翼を背中に生やしているアルマは、俺に背中を向けたまま、ゼネヒットの街を見下ろしている。


 街を覆い尽くすような炎に照らされているせいか、赤く染め上げられているように見える彼女の姿が、『オレ』には一瞬、悪魔のように見えた。


 そんな彼女は、俺の声を聞いて、ゆっくりとこちらに振り返る。


 端正な顔立ちの彼女の頬に、赤く血塗られたような涙が1筋、線を描いていた。


 その涙を拭ったりせず、悲し気な表情のまま俺を凝視した彼女は、ゆっくりと口を開く。


「ウィーニッシュ……これは……何が起きたの?」


「アルマ……それは……」


 力のない彼女の問いかけに、俺は言葉を詰まらせる。


 そんな俺の様子を見て、アルマは何かを悟ったらしい。


 両目から大粒の涙を流し始めた彼女は、そのうえで小さく笑い始めた。


 悲しさと可笑しさが綯い交ぜになったような、歪な笑い。


 その歪みに彼女自身も気づいているんだろう。小さかった笑い声が少しずつ大きくなるにつれて、徐々に嗚咽が混ざり始めた。


「アルマ……」


 それ以上何も声を掛けられなかったらしい俺は、力なくその場に膝をついてしまう。


 それでも、城壁の縁で笑いながら泣いている彼女のことを凝視していた俺が、不意に呟いた。


「自業自得だ……」


 ぽつり、と。


 一言だけ呟いたことでタガが外れたのか、俺は立て続けに言葉を並べ始める。


「自業自得だ! あいつらが、あいつらがアルマとヴィヴィにあんな仕打ちをしていたから!! だから、天罰が下ったんだ!! 2人は何も悪くないだろ!! 気にすることない!! 絶対に悪くない!! そうだろ!?」


 轟々と燃え盛る街の空に、俺の言葉が虚しく響き渡る。


 俺が叫んでいる間も、一人で泣き、笑い続けていたアルマは、不意に静かになった。


 虚しかったはずの叫びが、彼女にとって励ましになったのかもしれない。


 そんな安直な考えを抱いた『オレ』は、しかし、振り向くことなく告げられた彼女の言葉を聞いて、息を呑む。


「それじゃあ、私がウィーニッシュを殺しても、何も文句は無いよね?」


「……っ!?」


 そっと告げられた彼女の言葉に、絶句する俺。


 対するアルマは、ゆっくりと俺の方に振り向くと、無表情のまま見つめてきた。


 数秒にわたる沈黙。


 その間、身動き一つしない俺とアルマは、じっと互いのことを見つめ合っている。


 このまま、俺は殺されてしまうのだろうか。


 そんな不安が胸の中を渦巻き、ゆっくりと喉元まで登って来そうになったころ。


 ようやくアルマが、口を開いた。


「私、ウィーニッシュの事、好きだったよ。会えてよかった。君が傍にいてくれたおかげでね、私は、私がしていることに意味を見いだせてたの。ただ、搾取されてるだけじゃないんだって。誰かのためになってるんだって。そう思えてたの」


 そこで一度、言葉を切った彼女は、ゆっくりと首を横に振る。


「国中の人を、世界中の人々を、救えてるって。思ってたの」


 燃え盛る街をバックにして、彼女は言う。


 その姿を見た『オレ』は、非常に嫌な予感を覚えた。


 この先に起きるかもしれない、嫌な予感。


 もし、『オレ』の感じている予感が当たったのだとしたら、それは非常に胸糞が悪い。


「ダメだね」


 ぽつりとつぶやくアルマ。


 そんな彼女に、縋るように声を掛ける。


「何が……ダメなんだ!? アルマは、アルマとヴィヴィは、本当に沢山の人の命を……」


「救ってた? 救えてた? だったらなぜ、君はいつも怪我をしてたの?」


 彼女の言葉に、俺は何も言い返せない。


 そんな俺の様子を見たアルマは、改めて俺の方に身体を向けると、ゆっくりと目を閉じる。


 そうして、再び告げた。


「やっぱり、ダメなんだよ」


『待てっ! アルマ、待ってくれ!!』


 急速に増幅してゆく嫌な予感を前に、『オレ』は思わず叫んでしまう。


 しかし、『オレ』の声が記憶の中の彼女に届くはずがない。


 そうして、予感でしかなかった俺の想像が、目の前で、現実へと変わってゆく。


「私は、生きてちゃダメなんだ」


 短く告げた彼女は、まるで眠りへと落ちてゆくように、背中から城壁の下へと姿を消してしまった。


 しばらく後に、遥か下の方から、鈍い音が聞こえてくる。


 いつかの地獄で耳にした、例の音。


 その音を耳にした俺は、数十秒間茫然としていた。


 まるで、今目の前で起きた事を理解できないとでもいうように。


 胸にシエルを抱いたまま、膝をついていた俺は、震える全身を引きずるようにして、城壁の縁へと向かう。


 そうして、縁から城壁の真下を見下ろし、見たくない結果を目の当たりにしてしまった。


 声が出ない。呼吸ができない。


 城壁の縁をギュッと握りしめた両手の甲が、激しい光を放ち始める。


 あまりに眩く光るその光を見つめた俺は、躊躇することなく、光に身を委ねてしまったのだった。

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