第220話 暗くて悲しい
「ゲイリー!」
「先に行け! 後ろは任せろ」
響き渡る女性の悲鳴を聞いた直後、俺とゲイリーはそんなやり取りを交わした。
静かで力強いゲイリーの言葉を聞いた俺は、躊躇することなく扉を蹴破ると、騒がしい声の聞こえる方へと駆け出す。
扉を出て左右に伸びている薄暗い通路には、一定の間隔で松明が設置されている。
それらの灯りを横目で確認した俺は、即座に光魔法を発動した。
同時に、前方にジップラインを伸ばした俺は、一瞬にして通路の突き当に到達する。
その距離は大体20メートルと言ったところか。
危うく頭から壁に衝突しそうになった俺は、ポイントジップで体を回転させると、両足の裏で壁面に着地する。
その瞬間、俺は視界の左端に1つの扉を。そして、視界の右端に階段らしきものを確認した。
鉄でできているその扉からは、かすかな光と、地面と擦れる鎖の音が、漏れ出ている。
先ほどの声は、この扉の奥から聞こえてきた。
そう直感した俺は、扉に向かって伸びる新たなラインを描くと同時に、身体の至る所にポイントジップを発動させる。
直後、ポイントジップの細かな衝撃で体勢を整えた俺は、飛び蹴りの要領で勢いよく扉へと突っ込んでゆく。
思っていた以上に分厚かった鉄の扉を、思い切り蹴り破って中に突入した俺は、吹っ飛んで行く扉が1人の衛兵を巻き込んで壁に衝突したのを目にした。
しかし、そこで呑気に時間を浪費するつもりは無い。
突入した勢いのまま床に着地せず、俺は左足の踵にポイントジップを発動した。
その衝撃で発生した回転力を使って、一番近くにいた衛兵の側頭部に回し蹴りを叩き込む。
「な、なに……!?」
突然の乱入者に狼狽える衛兵。
そんな衛兵の声を聞いた俺は、そこでようやく着地する。
『ニッシュ、右側の牢屋の中にアルマがいるわ。そして、左側にはヴィヴィが居るわよ。ヴィヴィのいる牢屋の中に、1人衛兵が入ってるから、そいつ優先ね。アルマの方には誰も入ってないから!!』
頭の中で響くシエルの声と、周囲から聞こえる音を頼りに、敵の位置関係をざっくり把握した俺は、着地とほぼ同時に左前方に跳んだ。
その先には、開かれた牢屋の扉があり、俺は真っ直ぐに牢屋の中へと飛び込む。
そして、壁を思い切り蹴って方向転換をした俺は、鎖でつながれた状態のヴィヴィの、その傍に突っ立っている衛兵の顔面に拳を撃ち込んだ。
これでヴィヴィは無事だ。
一瞬頭の中でそんなことを考えた俺は、即座に思考を切り替える。
俺の拳を受けて倒れこんだ衛兵を無視して、牢屋の鉄柵を両手でつかんだ俺は、全力で通路側に押したんだ。
そんな俺の様子を見ていた残り3人の衛兵達は、すぐに俺の行動の意図を読み取ったらしい。すぐに逃げ出そうと脚を動かし始める
しかし、動き出すのが少し遅かった。
俺の全力に耐え切れなかったらしい牢屋の鉄柵が、壁に埋め込まれていた枠の部分から破断したのだ。
当然、俺がその時点で力を緩めるわけがない。
自由になった網目状の鉄柵を手にした俺は、そのままその鉄柵を前に押し出したまま、通路にいる3人の衛兵に向けて突撃する。
そうして、アルマの入っている牢屋の鉄柵と、俺の持っている鉄柵の間に挟まれた3人の衛兵達。
必死に逃げ出そうとしている3人を、鉄柵ごと左手で押さえつけた俺は、軽く息を吐いた。
「悪いな。少し眠っててくれ」
そう言いながら尻尾を帯電させた俺は、自身が感電しないように気を付けながら、3人をスタンさせた。
これで残りの衛兵は誰もいない。
耳と目と鼻でそれを確認した俺は、茫然と俺のことを見つめているアルマとヴィヴィを見比べた。
2人とも、手足に鉄の鎖が取り付けられており、その鎖は牢屋の壁に繋がれている。
身に纏っている服もズタボロの状態で、とても丁重に扱われているとは思えなかった。
特にヴィヴィに関しては、現在進行形で腹部から出血している。
多分、つい今しがたつけられた傷なのだろう。
そんな彼女の足元には、大量の血液が入った瓶が数本置かれていた。
俺がこうして彼女の様子を伺っている間にも、ヴィヴィの傷は見る見るうちに塞がってゆく。
「ひどいな……」
思わずそう呟いた俺は、とりあえずヴィヴィの傍に歩み寄り、その四肢を固定している鎖を破壊した。
固定を外されたヴィヴィは、力なくその場に座り込むと、壁に背中を預けながら俺を見上げて来る。
その瞳は、暗く鈍く濁っていた。
「ちょっと待っててくれ、すぐにアルマも助け出すからな」
怯えている様子のヴィヴィの前にしゃがみ込んだ俺は、彼女の目を見つめながらそう呟く。
返事が無いところを見ると、よほど今の状況に困惑しているんだろう。
そう考えた俺は、すぐに立ち上がりアルマのいる方に向き直った。
自然と視線を交わす俺とアルマ。
じっとこちらを睨みつけている彼女の視線に、少し戸惑いを覚えた俺は、とりあえず彼女を解放することにする。
気絶した衛兵3人と壊れた鉄柵をどかし、アルマの入っている牢屋の鉄柵を無理やりこじ開けた俺は、何も言わずに中へと入る。
そうして、アルマの四肢を拘束している鎖を破壊した。
左足と右足と左手。
そうして、彼女の右手を拘束している鎖を破壊するために、その鎖に手を触れた瞬間。
俺は、意識が薄れてゆくのを感じた。
これは、間違いない。
記憶の欠片だ。
『こんな時に!?』
意識を失うのは一瞬とはいえ、このタイミングで敵が来たらヤバい。
俺の懸念などお構いなしに、記憶が頭に流れ込んでくる。
それは、ただただ暗くて悲しい、そんな記憶だった。