第214話 狂気のようなもの
屋根の上に立っているカーズ達3人に対して、魔法騎士はそれぞれバラバラに位置取っている。
そんな騎士達を、カーズはゆっくりと見比べた。
空に浮いたままのアンナ・デュ・コレット。
屋根の上で槍を構えるフレデリック・ド・オーモン。
そして、大通りのど真ん中にいる、ピエール・ル・ブーランジェ。
3人ともかなり腕が立つようで、隙らしい隙は見て取れない。
そうして、互いに相手の出方を伺っていた時、大通りからこちらを見上げてきているピエールが、突然声を張り上げた。
「貴様ら! まさかジャック様に危害を加えていないだろうな!! もしそんなことがあったなら、命はないものと思え!!」
そんな彼に対して、剣を構えたままのアンナが告げる。
「ピエール、落ち着きなさい」
しかし、彼女の言葉はもう一人の魔法騎士、フレデリックによって否定された。
「アンナ様、流石にそれは無理がありますよ」
そう言いながら構えていた槍をギュッと握りしめたフレデリックは、俺達3人を険しい顔つきで睨みつけてきた。
そんな一連のやり取りを黙って聞いていた俺は、魔法騎士達の力関係をなんとなく把握する。
戦闘の技量はどうであれ、この場で最も場数を踏んでいるのは、間違いなくアンナだろう。
つまり、この場を上手く収めるためには、アンナをどうにかするしかない。
そのためにはまず、取り巻きの2人を早々に排除するのが得策だろう。
俺がそんな考えに至った直後、同じ考えに至ったのか、ジェラールがゆっくりと前に歩み出た。
そうして、屋根の上で身構えているフレデリックを凝視しながら告げる。
「カーズ、クリュエル、俺はあの武器職人みたいな奴を片づける。ちょっとばかし因縁があるからよ。残りの二人は任せたぜ」
彼の言葉を聞いた俺とクリュエルは、一瞬視線を交わした後、頷き合った。
その一瞬で、クリュエルも俺の意図を察してくれたらしい。
風魔法でゆっくりと浮き上がる彼女を、視界の端で確認した俺は、視線を下へと落とす。
その視線の先にいるのは、もちろん、ピエールだ。
大通りのど真ん中で、バディであるサイの上に仁王立ちしているピエールは、手にしている大剣をブンブンと振り回した。
「すぐに片づけてやるぜ。なぁ、ライ!!」
「当たり前よぉ!! 徹底的に痛めつけてやろうぜ!!」
荒々しく声を掛け合うピエールとライ。
そんな2人を見た見ながら、俺は屋根の上から飛び降りる。
石造りの道の上に降り立った俺は、両手の指先に意識を集中させながら、身構えた。
途端、先に動き出したのは、ピエール達だ。
ドスドスと胃に響くような足音を響かせたライが、勢いよく突進してくる。
そんなライの上では、ピエールが大剣を構えたまま俺の様子を伺っている。
大方、突進を避けようとする俺の動きを見て、大剣での攻撃を繰り出すつもりなんだろう。
分かりやすいその思惑を、即座に読み取った俺は、右手を前に突き出し、火魔法を発動した。
俺の中にある、轟々と燃え盛る炎のイメージが、腕を伝って指先から空中へと解き放たれる。
そうして、爆発的に広がった炎は、一瞬にしてピエールとライを覆い尽くしてしまった。
眩い光と熱気が、辺りに充満する。
それらを確認した俺は、しかし、気を緩めることは無かった。
なぜなら、ライの足音が途絶えなかったからだ。
即座に右に飛び退いた俺は、振り向きざまに左手を巨大な炎にかざす。
そんな俺の動きを察知していたかのように、激しく明滅する炎の中から、大きな影が飛び出して来た。
全身から白い湯気を立ち上げながら直進したライは、そのまま住宅の壁を突き破ってゆく。
壁の崩れる音と、住民の悲鳴が混ぜ合わさり、周囲には一瞬にして殺伐とした空気が広がった。
そんな光景を視界の端で捉えながらも、俺は全力で気配を探る。
理由は簡単だ。
住宅の壁を突き破っていったライの上に、ピエールの姿が無かったのだ。
既に俺が放った炎は消えているから、身を隠せるような場所は無い。
残されている可能性と言えば、空だろうか。
俺がそんな考えに至ったのとほぼ同時に、ピエールの声が頭上から降り注いで来る。
「遅い!!」
声が聞こえるや否や、全力で前方転がった俺は、直後、背中に強烈な痛みを覚えた。
ドゴッという鈍い音が、骨を伝って頭に響いて来る。
そんな痛みに悶えそうになりながらも、地面を転がった俺は、背後を振り返った。
元々俺が立っていた付近に、大剣を振り下ろした様子のピエールが立っている。
振り下ろされた大剣は、激しく地面に叩きつけられたようで、石造りの道には大きな亀裂が入っていた。
恐らく、先ほど俺が背中に受けた衝撃は、大剣による直接的な一撃じゃなく、衝撃で飛び散った石によるものだろう。
戦闘中にもかかわらず、冷静に状況を分析した俺は、痛みをこらえるために歯を食いしばりながら立ち上がる。
対するピエールも、大剣を堅い地面に打ち付けた反動を受けたのか、両腕にダメージを負ったようだ。
「くそっ。思ったよりもすばしっこいじゃないか。貴様、もうそんなに若くないだからよ。潔くやられろってんだ」
渾身の一撃を外してしまった腹いせなのか、ピエールはそんなことを告げる。
しかし、俺はそんな挑発に乗らない。
それよりも、未だに姿を消したままのライに意識を向けるべきだ。
そう考え、例の足音が聞こえないものかと耳を澄ました瞬間。
俺はピエールの言葉を聞いて、頭が真っ白になってゆくのを感じた。
「まぁ、仕方がないか。貴様らのような人間は、往生際が悪いもんだしなぁ」
そう言ったピエールは地面に突き立てていた大剣を構え直すと、更に言葉を続ける。
「そうだろ? あくまでも自分たちは弱者なんだと、そう思ってんだろ? この外道が。貴様らのような屑がいるから、世の中が悪くなるんだよ。思い通りにならないから、ルールを破って反乱して。大勢に迷惑かけてることに気づかねぇのかよ」
「……」
「良いか! 俺は貴様らのような屑を取り締まるために魔法騎士になったんだ。だから、ここで貴様らを止める義務がある!! そうして、ジャック様に認めてもらうのだ!! 屑は屑らしく、ゴミ溜めの中で燻ってればいいのによぉ。悔しければ、真っ当な方法で俺よりも偉くなることだな!! まぁ、貴様には無理だろう。魔法騎士になるためには、並大抵の忍耐力が必要だからな、フハハハハハ!!」
声高らかに笑い声をあげるピエール。
そんな男の様子を見ていた俺は、ゆっくりと視線を落とした。
それは決して、後ろめたい気持ちを隠したいからじゃない。
ましてや、悔し涙を流しているわけでも無い。
ただひたすらに、意識を集中するためだ。
目を閉じ、周囲の音を遮断し、意識を自分の奥へ奥へと鎮めてゆく。
そうして、胃の底に沈み切った俺は、意識の中で確かに声を聞いた。
『良いのか?』
低く、そして静かに響く声。
俺に向かって問いかけて来るその声は、返事を聞くまでもなく、もう一度問いかけてくる。
『良いよな?』
2回目に聞こえたその声は、喜びとはまた違う、狂気のようなものを孕んでいるように聞こえた。