第211話 分断と封印
アーゼンに担ぎ上げられた私は、見る見るうちに離れてゆく地面を見て、叫ぶことしかできなかった。
どうしてこんなことに?
湧き上がって来るそんな疑問は、全身に襲い掛かって来る浮遊感と、その直後の衝撃のせいで、どこかに飛んで行ってしまう。
武器庫の屋根を突き破り、荒々しく着地したアーゼンの肩で、私は盛大に咳き込む。
「けほっけほっ……もう、最悪」
舞い上がっている粉微塵のせいで、咳が止まらない。
そんな状態でも、何とか地面に足を着くことができた私は、口元を右手で押さえながら周囲を観察した。
どうやら私とアーゼンが着地したのは、武器庫の丁度ど真ん中だったらしい、周りには複数の人がいる。
多分、武器庫の整備をしている人々だろう。
特に武装もしていない彼らは、突然現れた私とアーゼンを凝視したまま、固まっていた。
『まぁ、突然屋根を突き破って人が落ちて来るなんて、誰も想像できるわけがないですものね』
一人納得した私は、右隣でゆっくりと立ち上がったアーゼンに声を掛けた。
「で、これからどうしますの?」
「そりゃあ当然、……決まってんだろ!?」
私の問いかけに、短く返事をした彼は、次の瞬間には全力疾走を始める。
彼が走る先にいるのは、武器を携えた衛兵。
彼らもまた、私達の登場に驚いていたようで、駆け出したアーゼンを見てようやく、慌てだした。
そんな彼の後ろ姿を見送った私は、一人ため息を吐きながら踵を返す。
「まぁ、当初の予定通りではありますけど……今のところ、上手く行っていることが癪ですわね」
武器庫の入り口の方に走って行ったアーゼンは、今まさに彼の仕事を遂行し始めている。
それはもう見たまんま、敵に特攻を仕掛けて、混乱させること。
今頃、外に残ったままのロウもその戦闘に加わって、混乱がさらに深まっているはずだ。
ならば、私は私に与えられた仕事を完璧にこなさなくちゃいけない。
そんなことを考えた私は、周囲で慌てている様子の一般人を無視して、倉庫の中を見渡した。
そうして、すぐに目的のものを見つけた私は、自分の胸元に視線を落とす。
外套の下に着ているドレスの胸元、その胸の谷間のところに、バディであるルミーが身を隠していた。
ルミーは私と目が合ったことを認識すると、慣れた仕草で胸元から這い出してくる。
「さぁ、ルミー。早速始めますわよ」
小さな声で語り掛けた私に対して、ルミーは何度も頷いて見せる。
そんな彼女の様子を見た私は、すぐに視線を上げると、両手を左右に広げた。
直後、私を中心に肌をつんざくような冷気が立ち込め始める。
ゆっくりと広がってゆくその冷気は、私の広げた両手に合わせるように、左右に伸びていった。
そうして、ある程度冷気が広がったことを確認した私は、広げていた両の掌を、グッと握りこむ。
途端、立ち込めていた冷気が瞬く間に形を成し、分厚い氷の壁が出現し始めた。
その壁は、私の足元から生えて来たかと思うと、私を上に乗せたままグングンと背を高くしてゆく。
「まだですわよ!!」
取り敢えずひと段落したことで安堵しそうになる自分を鼓舞するために、そう叫んだ私は、更に氷魔法の出力を上げる。
そして、武器庫を真ん中辺りで分断するような壁を造り上げた私は、そこでようやく魔法を解除した。
これで当分の間は、武器庫の入り口側と奥側の行き来を遮断できた。
後に残されたのは、分厚くて高い氷の壁と、保管されていた数々の武器、そして、目的としていた巨大な石造りの立方体だけ。
ゲイリーの調べでは、この石造りの立方体には焔幻獣ラージュが封じ込められているらしい。
そして、ウィーニッシュによれば、バーバリウスは最悪の場合、このラージュを街に解き放って逃げる可能性があるというのだ。
「そんなことはさせませんわ」
氷魔法で作った階段で、壁の上からゆっくりと降り始めていた私は、次の氷魔法を準備する。
絶対にラージュが解き放たれないようにするため、あの石造りの立方体のまま氷漬けにしてしまおう。
そんなことを考えながら、立方体の方に歩いていた私は、ドンッという地響きを耳にした。
何事かと背後を振り返った私は、先ほど造り上げた氷の壁を凝視する。
「何ですの?」
一瞬にして全身に緊張が走ったことを肌身に感じながら、私は身構える。
と、そうして氷の壁を見ていた私が、真っ先に気が付いた違和感は、氷の色だった。
私の正面の氷の壁の色が、ほんの一点だけ、僅かに黄色くなっている気がする。
氷の壁自体は、内部が白く曇っているから、壁の向こうを透過して見ることはできない。
だから、その黄色くなっている個所がどういった理由で黄色くなったのか、私には分からなかった。
その時は。
直後、その理由を私は知ることになる。
再び、ドンッという鈍い音と共に、今度は右側の方の壁の色が変化したのだ。
白から黄色、橙色を経由して赤色に。
そして、じわじわと広がったその赤色は、大きな岩くらいの大きさになったかと思うと、次の瞬間には、氷の壁を貫通した。
貫通してできた穴からは、メラメラと燃えている火の弾が飛び出してくる。
飛び出して来た火の弾は氷の壁を突き破ったことで勢いを失ったのか、そのままスーッと消えていった。
その様を見た私は咄嗟に、壁に開いた穴に向けて駆けよった。
多分、氷の壁に向かって誰かが火魔法を放ったんだ。
そう考えた私は、しかし、同時に別の可能性も思いついてしまう。
嫌な予感と共に、穴の傍にたどり着いた私は、恐る恐る穴の向こうに意識を集中した。
すると、何者かの声が聞こえてくる。
「うん。これを何度も繰り返してれば、いつか氷の壁も壊せますね。さぁ、兄さん。僕らはこのスキンヘッドがサラマンダーの邪魔をできないように、攻撃し続けましょう!」
「てめぇら!! ちょこまかと飛び回りやがって!!」
そんな会話と共に聞こえてくるのは、何か巨大な生物が歩いているような足音と、ブーンという複数の羽の音。
間違いない。私の嫌な予感は当たった。
直感的にそう感じた私は、一瞬躊躇する。
先にラージュを封じてしまうのが良いのか、それとも、アーゼンを手伝って敵を殲滅した方が良いのか。
とその時、壁の向こうでアーゼンが高らかに叫んだのだった。
「聞いてんだろ!! 良いか! こっちは俺に任せておけ!! お前はお前の仕事をしろ!!」