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第210話 決行

 ゼネヒット近郊に青いドラゴンが姿を現してから、丁度1か月が経った日の深夜。


 今まさに日付が変わろうかと言うタイミングで、その青いドラゴンがゆっくりと空に舞い上がり始めた。


 ドラゴンの背中には、金髪をなびかせている女性が1人、座っている。


 大きな翼を羽ばたかせ、徐々に上昇を始めた青いドラゴンは、そのまま南東の方角へと飛び去ってしまった。


 深夜とはいえ、その光景はゼネヒットの城壁で見張りをしていた、衛兵達の目に留まる。


 当然ながら、そんな光景を目の当たりにした衛兵たちが冷静でいられるわけもない。


 あっという間に広まったどよめきは、報告という形で街の中を駆けずり回り、ついにはバーバリウスの屋敷にまでたどり着いた。


 にわかに湧いて出て来た騒動に気が付いたのは、衛兵達だけじゃない。


 小さな居酒屋で飲んだくれていた男達や、外の騒ぎを耳にして目を覚ました子供達まで。


 まさに、ゼネヒットの街全体が騒然とし始めていた。


 そんな最中。


 街の南に位置する古ぼけた建物の中で、微かな音が響く。


 ズズズッと、何かを引きずるような音に合わせるように、その部屋にある1つの戸棚が、ゆっくりと動いた。


 そうして、戸棚の下に開いた穴から、フード付きの外套を身に纏った8つの人影が、姿を現す。


 彼らは物音1つ立てることなく部屋に這い上がると、身を屈めたまま窓のある壁側へと移動した。


 その様子から鑑みるに、窓の外から身を隠そうとしているらしい。


 互いに頷き合って、合図を出し合った彼らは、まるで示し合わせていたかのように、3つのグループに分かれた。


 グループの構成は3人、3人、2人という構成だ。


 まず初めに動きを見せたのは、2人のグループ。


 やたらと体格の良い人物と、線の細い人物で構成された2人は、物陰に身を隠しながら外へと飛び出してゆく。


 その2人の後を飛び跳ねながら追いかけていったカンガルーは、どちらかのバディだろう。


 一応、皆と同じように外套を着てはいるが、正体を隠せているとは言い難い。


 次に動いたのは、子供のようなシルエットの人物を含んだ3人のグループ。


 彼らは先ほどの2人の後を追うように、建物の外に飛び出していった。


 そうして、最後までその部屋に残った3人は、相変わらず身を屈めたまま動かない。


 しかし、そんな空気感に耐え切れなくなったのか、最も身長が高く、おまけに太い尻尾を持っているらしい人物が、ぼそぼそと話を始める。


「よし、とりあえず俺達はここで待機だな。にしても……本当にうまくいくと思うか?」


 恐らく、他の2人に向けて放たれたであろう男の質問は、華麗に無視されてしまう。


「おいおい、無視するなよ。そんなことじゃ連携とれないぜ? それじゃあ困るだろ? なぁ、クリュエル」


 そんなことを言う男に対して、反応を見せたのはクリュエルと呼びかけられた人物ではなかった。


「ジェラール。もう少し黙っていられないのか?」


 短くそう告げたその男は、懐から黄色のモフモフを取り出すと、それに向かって語り掛け始める。


「シェミー。手筈通り、ここに運んでおいてくれ。俺達は引き続き周辺の警戒を続ける」


「分かったわ。それくらい簡単だし。任せときなさい」


 男の言葉に返事をしたシェミーは、フワッと浮かび上がったかと思うと、戸棚の下に開いた穴に飛び込んでいった。


 そして再び、部屋の中に沈黙が広がる。


 変化があるとすれば、それは窓から差し込んでくる月明かりくらいだ。


 時折、月に雲がかかることで部屋の明るさに変化が生じる。


 そんな、時間の経過を感じにくい緊張感の中で、3人はじっと身構えている。


 時を同じくして、一番初めに建物を飛び出していった2人と1匹のカンガルーは、ゼネヒットの西側に向かって走っていた。


 とはいえ、大通りを堂々と駆けるようなことはしない。


 人の目が殆ど無いような、薄暗い路地を走っているのだ。


 先行する線の細い人影が辺りを警戒しながら、通るルートを決めている。


 そうして、ようやく目的地にたどり着いたらしい2人は、物陰からその建物を覗きこんだ。


「あれが例の武器庫ですわね……」


「そうみたいだな……よし、ここからは俺様の出番だ。行くぞ、ロウ」


 そう言った巨漢が、後ろにいたカンガルーに向かってそう告げる。


 そんな男の言葉に驚いた様子の女は、慌てた様子で声を荒げた。


「ちょ、何を言っていますの!? まさか、正面から突っ込んでいくつもりじゃ」


「んな馬鹿な真似しねぇよ」


「そうですか、少し安心しましたわ。まさか、あなたがここまで頭がわ……きゃぁ!! 何をしますの!? 放してくださいまし!!」


 巨漢の返事を聞いた女が安堵したのもつかの間、彼女は男によって担ぎ上げられてしまった。


 既に身を隠せないほどの悲鳴を上げている女性を担いだ男は、フードの奥でニヤッと笑みを浮かべると、楽し気に告げる。


「正面から行くんじゃねぇ。俺達は空から、あの武器庫に突っ込むんだよ」


「馬鹿ですの!? この脳筋!! 今すぐに私を放しなさい!」


 女性の必死の抵抗もむなしく、身を低く構えた男は、ロウと呼ばれたカンガルーに向けて勢いよく走り始める。


 そうして、ロウに向かって跳躍した男は、直後、ロウの渾身の蹴りを自身の両足の裏で受けて見せた。


 ドンッという低い音と共に空に打ち上げられる2人。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 右肩で発せられている悲鳴を聞きながら、放物線の頂点に達した男は、そのまま武器庫の屋根目掛けて落下を始める。


 落下中、顔を打ち付けるような風のせいで、深々とかぶっていた男のフードが勢いよく取れてしまった。


 直後、彼の頭が月明かりを反射して光り輝く。


 そのまま落下した2人は、男の宣言通り、武器庫の中に突入することに成功したのだった。


 当然、この2人の起こした騒動は、ゼネヒットの街ならどこからでも察知することができたはずだ。


 特に、女性の上げた悲鳴は、たとえ地下にいたとしても耳にすることができるだろう。


「派手にやってんなぁ……」


 そう呟いたのは、今まさにその地下に入るために行動している人物だ。


 子供のような背丈のその人物は、バーバリウスの屋敷を観察できる路地の入り口付近に、身を隠している。


 都合よく積み上げられている木箱の裏に戻った彼は、残りの2人に声を掛けた。


「それじゃあ師匠、それとゲイリー。俺達は最優先で2人を助け出そう。それが上手くいかなかったら、今日の作戦は何も始まらないしな」


「そうだな。この作戦が上手くいって街を奪えたら、酒も飲み放題だし。おじさんも頑張ることにするよ」


「目的が違うけど、まぁいいや。それじゃあゲイリー、頼んだ」


 少年の言葉を聞いたゲイリーと言う男は、何も言わずに1つ頷いたかと思うと、ゆっくりと大通りに向かって歩き出す。


 そんな彼の姿が、見る見るうちに衛兵の姿に変化していった。


 そのままバーバリウスの屋敷の門に近づいた彼は、何やら門兵と話し始める。


 しばらく待っていると、何を話したのか、門を守っていた衛兵たちが、慌てた様子で街の西に向かって駆け出していった。


「よし……」


 様子を伺っていた少年と師匠と呼ばれていた男は、そそくさと門の方に駆けよる。


「ここからは透明化で行こうか。よし、2人ともじっとして……」


 そう言った師匠は何やら魔法を発動したらしい。


 次の瞬間には少年とゲイリーの姿が透明になってしまった。


「それじゃあ、おじさんは持ち場に戻るから。後は2人で何とかしてくれよ」


 そう告げた師匠は、小走りで先ほどの路地に戻ってゆく。


 ついに破られたゼネヒットの平穏は、少しずつ街中を巻き込み始める。


 騒動の結果がどうなるのか、街に住む人々が知る術はない。


 だからこそ、住人達は次々と変化する状況に翻弄される他なかったのだろう。

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