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第208話 俺の宝物

 寂しがるハーシュと別れを告げた俺とマーニャは、宣言通り、その日の午後にはチュテレールを出発した。


 行きと同じように、エイミィの背中に乗せてもらった俺達は、名残惜しい気持ちに引っ張られるように、チュテレールを振り返る。


 そんな俺達に向かって、微笑みを浮かべながら手を振り返してくれるハーシュ。


 彼の姿を見た瞬間、俺は強烈な哀愁を感じざるを得なかった。


 それでも、このままここに留まっているわけにはいかない。


 この1か月間で、ゼネヒットの方でも何か動きがあったかもしれないのだ。


 良くも悪くも、チュテレールで暮らしていた間、俺達は外界との繋がりを強制的に遮断されていたと言える。


 おかげで修行に集中できたし、早めに終えることも出来たんだ。


 そのアドバンテージを、ゆっくり過ごすことで無為にするわけにはいかない。


 エイミィが翼を大きく羽ばたかせ、ゆっくりと上昇を始めていた時、俺はそんなことを考えていた。


 それからしばらく空の旅を楽しんだ俺達は、気が付けば、ゼネヒットの上空にたどり着いていた。


 とはいえ、時間はそれなりに進んでいる。


 多分、まだ光魔法を使えないマーニャに配慮しての速度なんだろうけど、徒歩に比べれば格段に速い。


 そろそろ傾きかけている陽を見た俺は、久しぶりに見る街の姿とダンジョンの穴に視線を移した。


 外から見た感じでは、これと言った異変は起きていないらしい。


 見慣れないものと言えば、約1か月前に見た例の青いドラゴンが大穴の付近で待機しているくらいか。


「皆、元気にしてるかな……」


「大丈夫さ。きっといつも通り元気にやってるよ。むしろ、見張りの必要が無いから、たるんでるかもしれないな」


「ジェラールとか、朝からお酒を飲んでそうだよねぇ~」


「普通にありそうで、笑えないわよ。それ」


 心配そうなマーニャを元気づけようとした俺の言葉に、デセオとシエルが反応する。


 2人の言葉を聞いた俺は、思わずいろいろな光景を想像してしまった。


 朝から酒盛りをするヴァンデンスとジェラールとアーゼン。


 その3人を叱りつけるのはきっと、メアリーと母さんだ。


 叱られてる3人を鼻で笑いながら、しかめっ面をしているカーズや、そんな彼に付き従うクリュエル。


 そして、真面目に畑仕事と道具作りに精を出すイワンと、単独でゼネヒットに諜報活動に向かうゲイリー。


 きっと、何も変わっていない。


 そんな日常を守り抜くために、俺は今日まで頑張って来たんだ。


 ゆっくりと近付いて来る地面を見ながら、俺は今一度、決意を胸にした。


「よし。到着。ささ、2人とも降りて。うん。降りたね。それじゃあ、私も少しだけ君達の町に顔を出していこうかな」


 そうやって急かされた俺達は、エイミィの勢いに圧されるようにダンジョンの中へと入った。


 途中、数人で見張りをしている防衛班の面々に会ったので、既に皆には俺達の帰還が伝わっているだろう。


 久しぶりに歩くダンジョンの横穴と、薄暗い感じを実感した俺は、今になって緊張し始めた。


 そんな俺の緊張が伝わったのか、マーニャの歩みも少しぎこちなくなっている。


 そして、ついに町の入り口を目にした俺達は、思わず感嘆した。


 町を出た時とは比べ物にならないほどの頑強な正門が、出来上がっていたのだ。


 その門はどうやら、ダンジョンの壁や床の岩を魔法で加工して作っているらしい。


 どこかで見たような作りだと思った俺は、少し考えて答えにたどり着いた。


 カナルトスだ。この正門を作るのにつかわれた技術は、多分イワンが持ち込んだものだろう。


 もしかしたら、アーゼン率いるカーブルストンから来た面々も力仕事を手伝ったのかもしれない。


「すごい……」


 感嘆のあまり、マーニャが隣でそう呟く。


 そうして、俺達が門の前で立ち尽くしていると、武骨な門がゆっくりと開き始めた。


 互いに顔を見合わせた俺とマーニャは、そのまま門の中へと足を踏み入れる。


 直後、俺達を待っていたのは、良く見慣れた町の景色だった。


 しかし、チラホラと見たことのない建物や、前よりも広くなった畑などが、俺に新鮮味を味あわせてくれる。


 と、思わず町の様子に見入っていた俺達の元に、ぞろぞろと人が集まり始めた。


 黙ってはいるものの、皆の表情は心なしか明るく見える。


 そうして、全員が集まったことを見て取った俺は、1つ深呼吸をした後、口を開いた。


「皆、久しぶり。元気にしてた?」


 俺の言葉を皮切りに、正門付近に皆の声と笑いが響き渡る。


「よぉ、ウィーニッシュ。少しは成長したんだろうな? それと、嬢ちゃんとの仲は進展したか?」


「ウィーニッシュ、後で畑の様子を見に来ていただけるかしら? 実は、旧エリオット領の小麦の種をゲイリーさんが入手してきて、今育てているところでして……」


「少年、無事生きて帰ってこられたみたいだなぁ~。そりゃあ良かった。ひっく……いや、これは違うぞ? さっきまで吞んでたわけじゃない。今日は朝からしゃっくりが止まらないんだ」


「おいウィーニッシュ。どうしておめぇらはこの町で肉を育てねぇんだ? 俺はもう耐えられねぇぞ!? 酒の肴は肉だろうが!」


 次から次へと話しかけて来る皆に圧倒された俺は、苦笑いを浮かべながら頷くしかできなかった。


 このままじゃあ、落ち着いて近況を話すこともできない。


 どうしたものかと悩みかけた時、なぜか全員が急に黙り込んだ。


 何事かと辺りを見渡した俺は、皆の視線の先にいる人物に気が付く。


 その人物が、こちらに歩み寄って来るのを見て、俺は思わず呟いた。


「母さん」


「ウィーニッシュ。おかえりなさい」


 安堵と喜びの籠ったような表情で告げる母さんを前に、俺は胸に込み上げてくる物を感じた。


 チュテレールで見た記憶の欠片での出来事が、脳裏を掠めてゆく。


 そんな俺の想いを知ってか知らずか、母さんは俺の目の前まで来ると、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


 そして、微笑みを浮かべながら話し始める。


「無事に帰ってきてくれて良かったわ。突然行っちゃうんだもん。殆ど見送りもできなかったから、母さん少し寂しかったよ」


「ご、ごめん」


「ううん。良いの。あなたはちゃんと帰って来るって、信じてたから」


「そりゃあ、ここが俺の家みたいなものだし。もちろん帰って来るさ」


「そうよね。ふふっ。それでね、母さん、ウィーニッシュに渡したい物があるの」


「え?」


 実は俺も。と言おうとした俺は、しかし、何も言えなかった。


 なぜなら、俺が言葉を続けるよりも早く、母さんが告げたからである。


 まるで、その言葉をずっと準備していたかのように。


「ウィーニッシュ、10歳の誕生日おめでとう。こんなに立派になって、母さんとっても誇らしいわ」


 そう告げた母さんは、ポケットから何かを取り出すと、俺に差し出してきた。


 それを両手で受け取った俺は、視線を落として黙り込んでしまう。


 母さんが俺に用意してくれたのは、小さな小さなお菓子が1つ。


 立派になったとか言っておきながら、結局は子ども扱いだよなぁ。


 などと思いながらも、俺は歯を食いしばって耐えた。


 耐えないと、俺はたぶんこの場で号泣してしまう。


 なんでだろう、最近の俺は優しさにめっぽう弱くなってしまった気がする。


「お? ウィーニッシュ、泣くのか?」


 どこかで誰かが、俺のことを茶化す声が聞こえる。


 そんな声をうつむいたまま聞いた俺は、深呼吸することで気分を落ち着けると、目の前の母さんを見つめた。


 そうして、お礼を言う。


「母さん。ありがとう。本当にありがとう。それと、皆もありがとう。今日、俺は改めて、皆に助けられてるなって、実感したよ」


 一旦そこで言葉を区切った俺は、あらかじめ用意していた物を、胸ポケットから取り出した。


 それは、銀色のペンダント。


 取り出したペンダントを母さんに差し出した俺は、戸惑う母さんに告げる。


「これ、俺の宝物なんだ。だから、母さんに持っててほしい」


「宝物……? そんな、母さんが持ってていいの?」


「良いんだよ。だって、俺には沢山の宝物があるんだし」


 そう言った俺は、照れくささを感じながら周囲の皆を見渡した。


 正直に言えば、照れくささの他に小さな罪悪感も覚えている。


 このペンダントが、もっと沢山あれば良いのに。


 だけどそれは、叶わない夢だ。


 きっと、そんな夢を叶えることができるのは、この世に誰一人としていない。


 たとえ、神様であっても。


 だからこそ、俺はもっとしっかりとしなくちゃいけない。


 10歳になったんだ。


 それが何を意味しているのか、少し考えれば自ずと分かる。


 和やかなムードに包まれている周囲を見渡した俺は、温かな気持ちを抱くのと同時に、酷く冷めた考えを抱き始めていた。


 それほど遠くない未来に、ハウンズは動き出す。


 全身でひしひしと予感した俺は、ふと、エイミィに視線を向けた。


 今の今まで黙っていた彼女が、何を考えているのか、知りたくなったんだ。


 対する彼女は、相変わらずの穏やかな表情で、俺のことを見下ろしている。


 エイミィは優しい。


 ハーシュも優しい。


 そして、ミノーラも優しい。


 それは、この1か月間で俺が見て、聞いて、知った事実だ。


 だからこそ分かる。


 その優しさに、分け隔てなど存在しない。


 昨日の夜、俺はそのことに気が付いた。


 ミノーラがバディを作った理由。


 全ての人が寄り添える存在になりたいから。


 その全ての人の中には、当然ながら、奴らも含まれているだろう。


 俺の視線の中に、今までにないものを感じ取ったのか、エイミィが少しだけ笑った。


 その笑みが何を意味しているのか、俺が理解できることは、一生ないだろう。

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