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第207話 仮初めの平穏

 アンナが王都ネリヤを出発したのとほぼ同時刻。


 ゼネヒットにあるバーバリウスの屋敷に、2人の人物がやってきていた。


 1人は、分厚い布で顔を覆っている、若い男。


 その男は完全に顔を布で覆っているため、前が見えていないようで、ふらつきながらも、前に向かって歩いている。


 そんな男を支えるようにして、同じくらいの年齢の男が、付き添っている。


 傍から見ていると、それだけでも目立つのだが、付き添っている男の外見が更に2人を目立たせていた。


「大丈夫、兄さん」


 そう告げる付き添いの男の頭髪は、見ていると目がちかちかとしてしまいそうな黄色い色をしていたのだ。


 金髪とはまた違う、主張の激しい黄色。


 顔立ちだけで言えば、ごく普通の男の子のように見えるのに、頭髪が全てをかき消してしまっている。


 歳は10を少し超えているくらいだろう。


 そんな2人は、バーバリウスの屋敷にたどり着くと、何事もなかったかのように、中へと入った。


 ふらつく兄の足取りに合わせ、階段を上った2人は、そのまま、一番近くの部屋に足を踏み入れる。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 そう告げた弟は、部屋の中を見渡す。


 その部屋には、既に3人の人物が彼らの到着を待っていた。


 1人は2つの鞭を腰に下げている桃色の髪を持った少女。


 その少女は、椅子に腰かけた状態でボーっとしている。


 もう1人は毛皮の衣服を身に纏っている、大人の女性。


 この女性は、窓の横の壁に背中を預けるようにして立っている。


 そして、最後の1人は、少女の対面にある椅子に腰を下ろしている男。


 必然的に、兄弟に背中を向けた状態で座っているその男は、扉が開いた気配を感じ取ったのか、ゆっくりと2人の方を振り返った。


「来たか」


 短くそう告げた男は、ゆっくりと立ち上がると、兄弟の方に向き直った。


 その顔を見た者は、この男を決して忘れることは無いだろう。


 バーバリウス。


 その屈強な体格と腹に響くような低い声は、黄色い頭の少年を怯えさせるだけの威圧感を放っているらしい。


「さぁ、こっちに来て座るんだ」


 元々自身が座っていた椅子を指し示したバーバリウスは、兄弟に語り掛ける。


 そんな指示に従った弟は、兄を引き連れて椅子の元に向かった。


 そうして、ふらつく兄を椅子に座らせる。


 その様子を見ていたバーバリウスは、満足したように口元だけ笑みを溢すと、弟と窓際の女にも座るように促し始める。


 逆らうわけもなく、弟は兄の隣の椅子に腰かけ、女は少女の隣の椅子に座った。


 こうして4人が座った様子を満足げに眺めた彼は、全員を見渡せる位置に移動したかと思うと、ゆっくりと話し始める。


「さて、こうしてお前達4人が集まるのを見るのは、久方ぶりなわけだが……」


 そこで一度言葉を区切ったバーバリウスは、ゆっくりと首を横に振りながら告げる。


「まず初めに残念な話がある。スタニスラスが死んだ。知っている者もいるとは思うが……一応、共有だ」


 彼のこの言葉を聞いて、初めに反応を示したのは黄色い頭の少年だった。


「え……それって、本当だったんですか? てっきり、誰かのデマカセかと思っていました」


 少し残念そうに告げる少年に対して、対面に座っている女が口を挟む。


「事実です。死体は私が回収しました」


「そうなんですね……それは、とても残念です」


 本気で落ち込んだ様子の黄色い頭の少年は、それっきり黙り込んでしまう。


 そのまま沈黙が部屋に漂い始めるかと思われたが、そうはならなかった。


 何事もなかったかのように、バーバリウスが話を続けたのである。


「そのスタニスラスを殺した犯人については、おおよその目星がついている。お前たちも耳にしたことはあるだろう? ゼネヒットの怪人について」


 彼の言葉を聞いた4人は、小さく頷いて見せた。


 特に、桃色の髪を持った少女は、首を激しく縦に振っている。


 よほどの心当たりがあるんだろう。ついに我慢できなくなった様子の彼女は、大きな声で話し始めた。


「ウィーニッシュ。あいつ、次に会ったら絶対に殺すからね。良い!? あたしが殺すんだから!」


「慌てるな、マルグリッド。時期にその機会がやって来る」


 興奮気味の少女、マルグリッドにそう告げた彼は、改めて4人を見渡しながら告げた。


「先日、魔法騎士によるダンジョンへの特攻作戦が実行された。結果は、失敗だ」


「ぶはは、失敗したの!? 弱すぎでしょ! 魔法騎士弱すぎ!!」


「敵を侮りすぎるのも底が知れるぞ、マルグリッド。だがまぁ、これ以上、凡愚共に任せきりにしておくわけにもいかない。そこで、次の特攻作戦の時には、お前達にも作戦に同行してもらう」


「それは、魔法騎士と協力しろと言うことでしょうか? それはさすがに……」


「逆らうつもりか? カトリーヌ」


 よほど魔法騎士との協力に抵抗があるのか、毛皮の女、カトリーヌが複雑そうな顔をする。


 しかし、バーバリウスの鋭い眼光に射抜かれた彼女は、うっすらと微笑みながら呟いた。


「いいえ、逆らうつもりなんてありません。ただ、騎士共を殺したい衝動を、抑えきれる自信がありませんので」


「気の荒い女だ。だが、今回は死ぬ気で我慢しろ。いずれ思う存分暴れる機会をくれてやる」


「分かりました」


 何とか自分を納得させたらしいカトリーヌは、ゆっくりと頷きながら口を閉ざした。


 すると今度は、黄色い頭の少年が口を開く。


「それで、僕たちは具体的にどうしたらいいんですか?」


「そんな難しい話じゃない。魔法騎士共が前回同様にダンジョンに入った後、様子を見ながら奴隷共の元に向かえ。そうして、ウィーニッシュと言う小僧を捕縛しろ。無理に捕まえる必要はない。情報通りなら他の奴隷を人質にすれば、簡単に捕らえる事はできるはずだ」


「はぁ……ですが、ダンジョンの入り口付近にドラゴニュートが居座っていると聞きました。流石の僕らでも、ドラゴニュートの相手は厳しいかと」


「あいつらは基本、こうした揉め事に直接的な関わりを持たない奴らだ。しばらく待てば、姿を消すだろう。その時が、作戦決行の時になる。それまで、お前たちは準備をしておけ」


「分かりました」


 この会話を最後に、バーバリウスの屋敷で行われた密会は静かに幕を閉じた。


 それから約1か月間、カトリーヌ達が準備に勤しんだことは想像に難くないだろう。


 それは、アンナ達魔法騎士やウィーニッシュ達もまた、同じである。


 ゼネヒットの街を包む仮初めの平穏。


 そんな平穏を破ったのは、突如姿を現した金色のドラゴン。


 そのドラゴンは、青いドラゴンの傍に降り立ったかと思うと、一瞬にして姿を消した。


 瞬く間にゼネヒットの街に広がった金色のドラゴンの噂を聞き、多くの者が予感したのだった。


 近い内に、大きな事件が起きるであろうことを。

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