第205話 食後のお茶
記憶の欠片を見て大泣きした後、俺は強烈な睡魔に身を任せて眠りについた。
睡魔の原因は、肉体的な疲労じゃなく、精神的な疲労だと思う。
色々と考えたいことや、マーニャ達に伝えたいこともあったけど、それはまたあとでいいだろう。
そうして、翌日の早朝に目を覚ました俺は、寝ぼけた様子のシエルを頭にのせて、寝室を出た。
「あ、ニッシュ。おはよう」
既に起きていたらしいマーニャが、朝食の準備をしながら挨拶をしてくる。
そんな彼女の視線には、俺に対する気遣いが含まれているようで、どことなく気まずい空気が流れた。
「おはよう。昨日はその……心配させてごめん。でも、もう大丈夫だから」
取り敢えず挨拶を返した俺は、照れ隠しするように頭を掻きながら告げる。
そんな俺を見たマーニャが、何か話し始めようとした時。
隣の部屋からハーシュが現れた。
「おう、もう起きたのか。遠慮せんでも、ゆっくり寝てていいんじゃぞ?」
「あはは、いえ。俺はもう大丈夫ですから。充分休むことは出来ましたし。それに……」
そこで一度、言葉を区切った俺は、昨日のミノーラとの会話を思い出した後、ゆっくりとハーシュに向かって告げた。
「これ以上、ミノーラ様の優しさに頼りきりになってるわけにはいきませんから」
「ふぉふぉふぉ。その分じゃと、色々と話は出来たようじゃな」
どこか嬉しそうに表情を緩めたハーシュが、頷きながら言う。
そんな彼の言葉を聞いたマーニャが、驚きの表情で、俺に問いかけてきた。
「えっ!? ニッシュ、ミノーラ様とお話したの!?」
「あぁ、そう言えば言ってなかったな。記憶の欠片を見た後、いつも話はしてたんだよ。でも、今回は姿まで見ることができたよ。泉の隣で寝てた姿のままだった。それと、思ってた神様のイメージよりも、ちょっとだけ気さくだった」
「えぇ~。良いなぁ。私もミノーラ様と話してみたい」
「それは俺に言われてもどうしようもないなぁ……でも、多分だけど、マーニャの言葉はミノーラ様にも届いてると思うよ」
少し不満そうなマーニャにそう告げた俺は、視線を彼女の頭の上のデセオに向けた。
きっとミノーラは、バディを通して俺達のことを見守ってくれている。
そんな俺の視線に気が付いたのか、マーニャは頭の上のデセオを見上げたかと思うと、小さく微笑んだ。
「……そっか。そうだった。いつも私と一緒にいてくれてるんだもんね。デセオ。いつもありがとうね」
「ん? それって僕に言ってるの? それともミノーラ様? まぁ、僕としてはどちらでも構わないけどね。素直じゃないマーニャが率直に感謝してる姿を見れて、僕は嬉しいよ」
「ちょっとデセオ! それどういう意味? 私、結構素直だと思うけど?」
「それは無いんじゃないかなぁ? 昨日の晩だってほら、ウィーニッシュが眠っちゃった後に、また「わぁぁぁぁぁぁ!!!! 何言おうとしてるのデセオ!!」って、ずっと悩んでたじゃん」
何かマーニャの秘密を暴露しようとしたらしいデセオの声は、残念ながらマーニャの叫びに遮られてしまった。
また……の後は、なんて言ったんだろう。
なんてことを考えながら、口げんかを始めているマーニャ達を見ていた俺に、頭の上のシエルが語り掛けてくる。
「相変わらず仲いいわね、それに比べて、ニッシュは私に対して感謝してるのかしら? 昨日、あれだけ頭を撫でたのに、何もお礼を言ってくれてないけど」
シエルに言われて、皆の前で号泣してしまったことを思い出した俺は、急激に恥ずかしさを覚えた。
このまま、素直にシエルにお礼を言うのは、なんだか癪だ。
そう思った俺は、直後、とあることを思い出して、思わずにやけてしまう。
「いやぁ、シエルには本当に感謝しているよ。いつもありがとう」
「ふふふ、分かってればいいのよ。分かってれば。思えば、ニッシュがここまで育つまで、私がどれだけ……」
「本当だよなぁ。カーブルストンでは自分の命を投げうってまで俺を助けようとしてくれたり。シエルは本当に優しいよ」
「……ニッシュ?」
「おまけに見た目も可愛いもんなぁ。猫耳にリスの尻尾って、マジで可愛すぎると俺は思うぞ? あとあれだ、普段はツンツンしてるくせに、結構心配性だったりもするよな。昨日の、俺を見つめて来る目とか、かなり……」
「ちょ!! ニッシュ、もうやめて! それ以上はやめて!!」
急に俺が褒めまくったせいか、シエルは俺の髪の毛に顔をうずめると、両手でポカポカと俺の頭を叩き始めた。
そんな彼女の背中を、左手でそっと撫でた俺は、とどめと言わんばかりに優しい口調で告げる。
「ありがとな」
「……」
すっかり大人しくなってしまったシエルの様子に、口げんかをしていたマーニャとデセオも微笑みを浮かべている。
そんなことをしているうちに、エイミィがやって来た。
どうやらお腹がすいているらしいエイミィに急かされるように、俺達は朝食の準備を始める。
いつもより豪勢な朝食が食卓に並び、自ずと俺達の表情も明るくなっている気がする。
こうして4人で食事していると、なんだか家族にでもなったような気分になる。
恥ずかしいから、他の皆にはそんなこと直接は言えないけど。
そうして朝食を終えた俺とマーニャが、食後のお茶を堪能していた時。
同じくお茶をすすったハーシュが、穏やかに尋ねて来る。
「それで、2人はいつまでここに残ってくれるのかね?」
彼の問いかけに、思わず顔を見合わせた俺とマーニャは、しばし沈黙する。
その沈黙に流されてしまわないように、意を決した俺は、深呼吸を1つした後に告げた。
「ハーシュさん。本当に名残惜しいんだけど。俺達は今日の午後にでもここを発とうと思ってます」
俺の言葉を聞いたハーシュは、穏やかな表情をほとんど変えることなく、ゆっくりと頷いた。
その直後、彼が放った声が、俺には微かに震えているように聞こえたのだった。
「そうか」