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第204話 追憶:優しい世界

「お久しぶりです。ん~、この場合は“初めまして”になるのでしょうか?」


 真っ直ぐに俺を見つめながら、そんなことを告げた狼―――ミノーラは、下ろしていた腰を持ち上げると、こちらに歩み寄ってきた。


 ゆったりとした彼女の動きに合わせるように、そのフワフワとした尻尾が揺れている。


 その姿はまさしく、チュテレールの例の泉で見たあの狼そのものだ。


「ウィーニッシュ君? 大丈夫ですか? なんだか、ボーっとしてるように見えますけど」


「え? あ、あぁ……」


 記憶の欠片から唐突に場面が変わったことで、茫然としていた俺に、ミノーラが声を掛けてくる。


 既に俺の足元にまで辿り着いている彼女は、口から舌を出したまま呼吸をしている。


 その仕草は完全に、俺の知っている犬のそれだ。


 とはいえ、彼女は紛れもなく狼なので、体格は普通の犬よりも大きい。


 そんな彼女から向けられる眼差しが、獲物を見るそれじゃないことに安堵した俺は、気を取り直して返事をした。


「ミノーラ様、ですよね。初めまして、ですか。声だけは聞こえてましたけど……ん? そう言えば、前回と前々回の記憶の欠片の時は、俺の姿は見えてたんですか?」


「私は見えていましたよ? なんなら、シエルとして、ずっと一緒に居ましたね。生まれた時から」


「あ、そう言えばそうですね。それじゃあ、初めましてってのも、変な話なのか」


「そうですね。まぁ、挨拶はこれくらいにしておきましょう。ようやくウィーニッシュ君との繋がりを確保できましたので。今回はじっくりと話がしたいです」


「俺も、ミノーラ様に聞きたいことが沢山あります」


「それじゃあ、立ち話もあれなので、座って話をしましょう。あ、ちょっと待ってくださいね。いま椅子と机を準備します」


 そう言ったミノーラは、自らの尻尾を地面まで垂らした。


 そんな彼女の尻尾に釣られるように、足元に視線を落とした俺は、辺り一面の床が木で作られていることに気が付く。


 てっきり森の中だと思っていたけど、どうやら普通の森じゃないらしい。


 まぁ、本物の神様と話してるんだから、当たり前か。


 俺がそんなことを考えている間に、地面がボコボコと盛り上がり始めたかと思うと、無駄に装飾の入った椅子と机が姿を現した。


 どちらも木製のようで、多分、床の木を変形させて作ったらしい。


「さ、座ってください。できればお茶も出したいんですが、流石にそんな時間は無いみたいなので、すみません」


「いえいえ、お構いなく」


 思わず丁寧に返してしまった俺は、シュールだなと思いながら椅子に腰を下ろす。


 ミノーラはと言うと、俺の対面にある椅子の上に飛び乗ると、腰を下ろした。


「さて、まず伝えなくちゃいけないのは、さっきまで見てた記憶の欠片ですね。今回の記憶は、1回目の記憶です」


「1回目……」


「はい。この時の私は、ウィーニッシュ君がどんな存在なのか全く知りませんでした。ただ、突然別の世界から放り込まれてきた存在だってことは分かったので、とある人物に君を保護するようにと伝えたんです」


 とある人物。


 ミノーラの言葉を聞いた俺は、少し考えて、その人物が誰なのかなんとなく理解した。


 十中八九、フィリップ団長だ。


 そんな俺の推測を読み取ったかのように、ミノーラが話を続ける。


「予想通り、フィリップ君ですよ。だけど、結果は見ての通りです。本当に情けない結果になってしまって、ごめんなさい」


「いえ、ミノーラ様が悪いわけじゃないですよ」


「ありがとうございます。話を戻しますね。さっき見た1回目の記憶の後、私は世界が分裂したことに気が付いたんです」


「世界が分裂? それって……」


「はい。ウィーニッシュ君が王都ネリヤを壊滅させた後の世界と、ウィーニッシュ君が再度生まれ変わった世界です」


「パラレルワールドってことか……あれ? それってつまり、俺が失敗する度に新しい世界が作られたってことなんじゃ……」


「そうなんですよぉ! 私としては、管理する世界が増えて困ってるんです! もう、閻魔大王はどうしてこんなことしたんでしょうか……あ、ごめんなさい。少し取り乱しました。えへへ」


 俺の言葉に反応したミノーラは、少しだけ愚痴を零したかと思うと、恥ずかしそうに照れ笑いをした。


 なんというか。想像していた神様のイメージと違う。


 違うけど、まぁ、これはこれでいいと思う。


「ま、まぁ、神様にも愚痴の1つや2つはありますよね」


「あ、分かってくれますか? でもまぁ、世界が増える度に私の意識も増えてるので、それほど問題じゃないんですけど……って、そんな話をしてる場合じゃないんです」


 そこで一度言葉を区切ったミノーラは、少し考え込んだ後に告げた。


「とりあえずは、ウィーニッシュ君の質問に答えようと思うのですが、何か聞きたいことはありますか?」


「聞きたいこと……そうですね。色々ありますけど……」


 そう呟いた俺は、とりあえず以前ミノーラから聞いた言葉について聞くことにした。


「前にミノーラ様が言ってた、未来を展望するためには、より大きな羽が必要って話。あれはどういう意味なんですか?」


 俺の問いを聞いたミノーラは、間髪入れずに問い返してきた。


「より大きな羽があったら、何ができると思いますか?」


「……空を自由に飛べる、とか?」


「飛べるようになったら、何ができるようになりますか?」


「いろんなところに自由に行けるようになる」


「それだけでしょうか?」


「他には、遠くのものを見ることができる、とか」


「その“遠く”には何があるのでしょうか?」


「遠くに? それはどういう……」


 口ごもる俺を見たミノーラは、一度目を瞑り、再度目を開けたかと思うと、一息に言葉を並べ始めた。


「ウィーニッシュ君は、空を飛べるようになったら色んなところに自由に行けるって言いましたけど、具体的にどこに向かうんですか? 遠くを見れるようになって、何を見るつもりなんでしょうか?」


 まるで、謎かけのような問いかけを、俺はただ黙って聞いた。


 そして、考える。


 確かミノーラは、もう1つ別のことも言っていたはずだ。


 俺はその時にミノーラが言っていた言葉を思い出していた。


『深淵には、理由があるって意味ですよ! 見えない理由。知らない理由。それはきっと、深くて濃い理由があるんです。だから、まずは見えるものから、知ってるものから、少しずつ視野を広げていきましょう!』


 その言葉を聞いて、今までの俺は何が見えるようになった?


 どんな物事を、知って来た?


 辛いことや悲しいことだけじゃない。


 楽しいことや嬉しいことだってあった。


 それで?


 俺は何がしたい?


「決めましょう」


 考え込んでいた俺に、ミノーラが短く告げる。


「ウィーニッシュ君が目指す場所を、見たいものを、そして、仲間たちに見せたいものを。そろそろ、決めていきましょう」


「見せたい、もの」


「そうですよ。だって、今のウィーニッシュ君は1人じゃないんですから。君が飛べるようになるのなら、仲間たちも一緒に飛んでいるはずです。だって、君が飛ぶために必要な羽は、君だけのものじゃないから」


 ミノーラのその言葉は、上手く説明できないけど、俺の心にすっぽりとはまり込んだ気がした。


 しばらくの間、俺達の間に穏やかな沈黙が流れる。


 その沈黙に浸りそうになった時、俺はふと、もう1つの質問を思いついた。


 そして、何の躊躇もなく、彼女にその質問をぶつける。


「そう言えば、ミノーラ様はどうして、バディを作ろうと思ったんですか?」


「ん? それは……」


 そこで初めて口ごもったミノーラは、1つ深呼吸をしたかと思うと、話し始める。


「私が神様になる前、私を支えてくれた大切な人達が居ました。私が私として存在していられるのは、その人たちのおかげなんです。だから……だから、私は。神様として、全ての人が寄り添える存在になりたいなって、そう思ったんです」


 少しだけ笑いながら告げるミノーラに、俺も笑みを浮かべながら告げる。


「そういう意味なら、この世界に独りぼっちの人なんて存在しないんですね」


「そういうことになりますね」


 互いに小さく笑いながら、ゆったりとした時間に身を委ねる。


 そのままどれだけ笑い合っていたのだろうか。


 俺が気が付いた時には、周囲の情景が一変していた。


 ここは、チュテレールにあるハーシュの家の中。


 食卓の椅子に座って銀色のペンダントを握りしめていた俺は、ふと、周囲を見渡す。


 そこには、俺のことを心配そうに見つめているマーニャとエイミィとハーシュがいた。


 多分、ペンダントに触れてから殆ど時間は経過していない。


 それなのに、全身に疲労感を覚えた俺が、ゆっくりと口を開こうとした時。


 机の上に居たシエルが心配そうに声を掛けてくる。


「ニッシュ……大丈夫?」


「は? 何が……」


 シエルの問いかけに、疑問を投げかけようとした俺は、彼女の心配の理由を理解する。


 口を開いた途端、塩辛い味が、口中に広がったのだ。


 そのことに気が付いた途端、俺は溢れ出す涙を止めることができなかった。


 我ながら情緒不安定だと思いながらも、両眼を手で拭う。


「ニッシュ……」


 そうして、心配そうに呟くマーニャに見守られながら、俺は泣いた。


 泣いている理由も良く分からないままに、泣いた。


 ただ1つ分かっているのは、胸の中にぽっかりと穴が空いたような、感覚だろうか。


 この感覚を、人は空虚感や喪失感と呼ぶのかもしれない。


 こうしている今も、ミノーラは全ての人に寄り添おうとしている。


 現に、シエルは俺の頭の上で俺のことを撫でてくれているんだ。


 そのことに気が付いた俺は、この世界に生まれて初めて思った。


 なんて優しい世界なんだ、と。

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